KADOKAWA Technology Review
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まるで広告? スペースXの民間人宇宙飛行を描くネトフリ作品
Inspiration4 / John Kraus
Netflix's SpaceX docuseries misses the mark on Inspiration4

まるで広告? スペースXの民間人宇宙飛行を描くネトフリ作品

ネットフリックスのドキュメンタリー作品「宇宙へのカウントダウン」が現在配信中だ。史上初の民間人だけによる宇宙飛行に迫る作品で、スペースXの広告ような内容だが、見どころもある。 by Neel V. Patel2021.09.10

スペースX(SpaceX)のミッション「インスピレーション4(Inspiration4)」を題材にしたネットフリックスの新作ドキュメンタリー・シリーズは、未完成の感が否めない。このミッションは、打ち上げを9月15日に(フロリダ州のケネディ宇宙センターから)予定していて、まだ実施されていないからだ。インスピレーション4は民間人の搭乗者のみで実施する史上初の軌道ミッションとなる。政府の宇宙機関から訓練を受けた宇宙飛行士は参加しない。民間人が、民間の宇宙船で宇宙へ行き、数日間滞在した上で地球に戻って来る。この番組は現在2話まで配信されており、3話と4話は9月13日に配信される予定。最終回は9月下旬のミッションが完了した後に配信開始となる。

この配信予定を覚えておくことは大切だ。「宇宙へのカウントダウン:ミッション・インスピレーション4」の1話と2話では、視聴者にこれからものすごいことが起こると確信させるために多くの時間が費やされるからだ。そうする中でこの作品は、難しい問いを投げかけたり、懐疑的な見方をする人たちを納得させるよりも、まるでスペースXの広告のような印象が強くなってしまっている。タイムスタジオ(TIME Studios)が制作を手掛けたこの番組は、多かれ少なかれ(それが実際に正しいかはともかくとして)、視聴者は宇宙と宇宙旅行が好きで、わざわざこの番組を見るのはスペースXに声援を送るためだ、ということを前提としているらしい。スペースXのすばらしさを再確認したいなら、その欲求は最初の2話で十分に満たされるだろう。

ここでインスピレーション4の背景について長々と詳細を語って読者を辟易させることは避ける(このミッションに関する過去の記事はこちら)。ただ、このミッションと新作ドキュメンタリーは、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソンとアマゾンのジェフ・ベゾスの億万長者2人が、宇宙(あるいは宇宙に近い場所)へと飛び立った直後に登場した。インスピレーション4に登場する億万長者、ジャレッド・アイザックマンはオタクっぽく、画面越しにはあまりカリスマ性を感じられないが、エゴを抑制した控えめな物腰で、ブランソンやべゾスよりもずっと親しみをもって見ることができる人物だ。

ブランソンとベゾスがこの夏に直面した批判や、世界が崩壊しつつあるように感じられる中で、なぜ一般の人々が宇宙に関心を持たなければならないのか? この疑問に対して、アイザックマンとスペースX創業者のイーロン・マスクCEOが返答を求められるのは90分間でたったの1度だけだ。マスクCEOは、地球を超えた先の人類の未来について考えるとわくわくするし、わくわくする気持ちが人生を刺激的なものにしてくれると語り、アイザックマンは、セント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)と提携してミッションに募金部門を設けた理由の一つは、こうした特権(宇宙に行くという特権)を相殺し、良い行いをするためだと語る。どちらも悪くはない答えだが、莫大な富と影響力を持つこの2人の胸のうちにさらに迫るような展開はない。彼らのモチベーションはあくまでシンプルなものとして描かれ、最初の2話では、2人の人物像も自らの財産を宇宙につぎ込む理由もほとんど分からない。

このドキュメンタリーが面白くなるのは、搭乗者のヘイリー・アルセノー、シアン・プロクター、クリス・センブロスキが紹介されるところからだ。アルセノーの話では子どものころに骨肉腫と闘った過去を紹介し、特に緊迫感があり感動的だ。それは同時に回復と、そしてもちろん希望についての素晴らしいストーリーでもある。アルセノーの若さとエネルギー(彼女は29歳だ)を見ていると、こちらまでちょっと熱い気持ちになる。アルセノーは宇宙に関してはまったくの素人で、インスピレーション4への参加チケットを受け取ったとき、彼女が真っ先に発した質問は「月に行けるかどうか」だった。「どうやら月にはここ何十年も行っていないようですね」。アルセノーは照れくささを笑い飛ばしながら言った。

インスピレーション4を応援する気持ちが沸いてくるのはこのあたりからだ。アルセノーやセンブロスキは我々と同じように、これまで宇宙へ行く予定など一切なく、その機会があるとも思っていなかった人物だ。プロクターの経歴と、航空と宇宙に対する双子のような熱意は、彼女が常にこのような機会を待ち望んできたことを意味する。かつては、こうした人たちが宇宙へ行けるチャンスはほとんどなかった。それが今や、文字通りこの世のものとは思えないような好機を目前にしているのだ。

このミッションが私たちの知っている宇宙の未来を一変させるという「宇宙へのカウントダウン」の言い分が正しいということではない。少なくともあと1世代か2世代の間は、宇宙旅行は世界でもごく少数の大国やほんの一握りの富裕層が支配し続けるだろうし、特別なことでもなければ一般人がこのような機会を得ることはないだろう。しかしこのミッションは、私たちがどのような未来を目指しうるかを垣間見せてくれる。

9月17日23時30分更新:ヘイリー・アルセノーの年齢を当初、19歳と記していましたが、正しくは29歳でした。訂正します。

 

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MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。
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