KADOKAWA Technology Review
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完全に「グーグルAI」だった2023年のグーグルI/O
Mat Honan
That wasn't Google I/O — it was Google AI

完全に「グーグルAI」だった2023年のグーグルI/O

グーグルの開発者向け年次イベント「グーグルI/O」が5月10日に開催された。MITテクノロジーレビュー編集長のマット・ホーナンは現地でこのイベントをどう見たか。 by Mat Honan2023.05.16

5月10日のグーグルI/Oは、ステージ上にアヒルが登壇した開始早々から奇妙なものだった。

この日のイベントは、「ダン・ディーコン(エレクトロ音楽アーティスト)とグーグルのミュージックLM、フェナキ(Phenaki)、バード(Bard)による生成AI実験」と称する音楽パフォーマンスから始まった。どこまでが機械によるもので、どこまでが人間によるものなのか? 正確なところはよく分からない。唇のあるアヒルとの出会いについての、長くとりとめもない叙情的な話が終わると、ディーコンは「私たちは皆『チップチューン』というバンドの一員なのだ」と聴衆たちに伝え、さまざまなチップチューン音楽のリフを重ね合わせた歌を始めた。その後、ディーコンはオーツミルク(?)についての歌を披露した。歌詞はおそらくすべてAIの生成によるものだろう。口紅を塗ったアヒルの着ぐるみをまとった人が登場し、ステージの上で踊っていた。すべてがとても混乱していた。

とはいえ、AI時代の生活というものは、どれも多少混乱させられる、奇妙なものだ。そしてこれは間違いなく、AIのショーだった。グーグルAIとしてのグーグルI/Oだった。ツイッター上には次々と 「#GoogleIO」のハッシュタグで不満が書き込まれた。AIの話ばかりせずにさっさと進めて携帯電話の話題に移るように人々は促したのだ(折り畳み式のスマートフォンの新製品「ピクセル・フォールド」に熱い期待が寄せられていた)。

だが、かつてアンドロイド(Android)事業を指揮していたグーグルのサンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)が登壇した際に触れたのは、携帯電話ではなくAIの話だった。ピチャイCEOは真っ先に、AIがいかにグーグルのあらゆる取り組みにおいて活用されているかを語った。生成AIによって、「検索エンジンを含む当社のすべての中核製品を刷新している」と語ったのだ。

それが完全に正しいとは、私は思わない。

2023年のグーグルにおいて、AIそのものが中核製品となっていることは、極めて明白なことに見えるかもしれない。少なくとも、製品のバックボーンであり、さまざまな形で姿を現す重大要素である。編集部のメリッサ・ヘイッキラ記者が書いたレポート記事「グーグルが生成AIに本腰、製品投入でMS/オープンAIに対抗」で指摘したとおりだ。

それをグーグルは、この日の午前中いっぱいかけて、さまざまな実演によって強調した。Gメールについての実演では、航空会社から払い戻しを受けるために、生成AIがいかに巧みな電子メールを生成できるかを紹介した。グーグル・フォトの新たなマジックエディター(Magic Editor)では不要な要素を取り除くだけでなく、写真の中の人物や物の位置を変更したり、空を明るく青くしたり、写真の光の加減を調整したりして、あらゆる写真加工を自然に仕上げられることをアピールした。

グーグル・ドキュメント(Docs)では、AIがいくつかの単語を元に完全な職務記述書を作成してくれるし、スプレッドシートも作成してくれる。グーグル検索ではAIが休暇の計画を立てる手助けをしてくれるし、テキストメッセージをプロっぽくしたり(もしくはより親しみやすくしたり)してくれる。グーグル・マップでは「没入型ビュー」が提供され、電子メールを要約したり、プログラムのコードを書いたり、口パク動画を違和感なく翻訳したりもする。グーグルのリック・オステロ上級副社長はG2チップの説明の中で、AIはオペレーティング・システム(OS)のアンドロイドだけでなくハードウェアにも深く深く組み込まれていて、グーグルは今「AIを中心に据えた唯一の携帯電話」を作っていると紹介した。もういいだろう。

グーグルI/Oはとても入念に準備されたイベントだった。グーグルはここ数か月にわたって、AIへの取り組みが、オープンAIのチャットGPTやマイクロソフトのビング(Bing)などの後れをとっているとの批判にさらされてきた。警鐘は社内でも鳴らされていた。長期にわたって準備されてきた答えが今、示されたようだ。要するに、数々の実演はある種の見せびらかしのような印象を与えた。自社が何を秘めているか、そのテクノロジーを絶大な人気を誇る既存製品を通していかに活用できるかを示したのだ(ピチャイCEOはグーグルには20億人以上の利用者がいる製品が5つあると述べている)。

しかし同時に、グーグルは明らかにバランスをとろうと努めており、何ができるかを誇示する一方で、人々にショックを与えないやり方を選んでいる印象も受けた。

3年前にグーグルは、AI倫理チームの共同リーダーだったティムニット・ゲブルを解雇した。大規模言語モデルの危険性を懸念する論文が原因だったとされる。以来、ゲブルの懸念は大多数の人々が共有するものとなった。ゲブルの退社とその余波は、歯止めの効かないAIの危険性についての議論における転換点となった。グーグルがこの件から、そしてゲブルから学んだと期待したいものだ。

そしてつい先日、ジェフリー・ヒントンがグーグルからの退職を発表した。AIの急速な進歩がもたらす悲惨な結果について、警鐘を鳴らす自由を得るためというのが大きな理由だ。ヒントンは急速な進歩により、まもなくAIが人間の知能を凌駕する可能性を懸念している(あるいは、ヒントンが述べたように人類が知能の進化における通過点にいるに過ぎないというのは、十分に考えられる)。

そんなわけで、2023年のグーグルI/Oは2018年のものとはまったく様相が違っていた。2018年のI/Oでグーグルは意気揚々とデュープレックス(Duplex)を実演し、グーグル・アシスタントのAIがいかに電話に出た人に気づかれることなく、中小企業への自動電話をかけられるかをアピールした。それは驚嘆すべき実演だった。そして、多くの人々に大きな不安を与えた。

今年のI/Oでは、「責任」についての言及が何度も繰り返してなされた。グーグルでテクノロジー・社会プログラムをリードするジェームズ・マニーカは、タンパク質の折り畳みに関する取り組みなど、AIのすばらしい成果について語り始めたものの、すぐに自社の誤情報に対する考えに話を移した。生成画像にウォーターマーク(電子透かし)を入れる方法や、不正使用を防止するためのガードレールについて言及した。

グーグルが誤情報に対抗するために、画像の出どころをどのように扱っているかを示す実演もあった。画像が画像検索に最初にインデックスされた日時を示すことで、誤情報を効果的に暴けることをアピールした(壇上では、月面着陸はでっち上げであることを示すものと主張された偽造写真が一例として用いられた)。畏怖と驚嘆にあふれた話が次々と展開される中では、少し地に足がついたような感覚だった。

そして—— ついにスマホの登場だ。新たなグーグル・ピクセル・フォールドはその日一番の称賛を浴びた。みんなガジェットが好きなのだ。

グーグル初となる折りたたみ型スマホだが、この日の発表の中では私にとってもっとも驚きの少ないものとなった。そして私は心の中で、別のことについて思いを巡らせていた。マジックエディターの実演に登場した丘陵と滝の前に立つ女性の写真のことだ。

マジックエディターが女性のリュックサックのストラップを消した。すごい! 曇り空をすっかり青くした。風船を持ってベンチに座る子どもが映った別の写真では、マジックエディターがまたもや天気を良くして、日光が自然に見えるよう写真全体の光の加減を調整した。現実よりリアルだ。

我々はどこまでを望んでいるのだろうか。何を目指しているのだろうか。最終的に、皆で休暇に行くのなどやめて、とびきり見栄えのいい写真を作成するようになるのだろうか。過去の思い出を、もっと天気が良くて、もっと理想的なものに書き換えられるのだろうか。現実をもっと良くしているのだろうか。すべてがより美しくなるのだろうか。すべてがより良くなるのだろうか。そういったことすべてがとてもすばらしいことなのだろうか。それとも他の何かがあるのだろうか。 まだ我々が気づいていない何かがあるのだろうか。

 

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マット・ホーナン [Mat Honan]米国版 編集長
MITテクノロジーレビューのグローバル編集長。前職のバズフィード・ニュースでは責任編集者を務め、テクノロジー取材班を立ち上げた。同チームはジョージ・ポルク賞、リビングストン賞、ピューリッツァー賞を受賞している。バズフィード以前は、ワイアード誌のコラムニスト/上級ライターとして、20年以上にわたってテック業界を取材してきた。
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