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中国テック事情:AI生成インフルエンサーで世界進出を狙う中国企業
Stephanie Arnett/MITTR | Midjourney (woman)
The deepfake avatars who want to sell you everything

中国テック事情:AI生成インフルエンサーで世界進出を狙う中国企業

ライブコマースで大きな利益を上げている中国企業は最近、AIで生成した本物そっくりのインフルエンサーを使い始めた。AIが生成したインフルエンサーは多言語を話せるため、中国企業の宿願だった世界展開が加速する可能性もある。 by Zeyi Yang2023.10.04

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

中国についての記事を書いていると、よく聞かれることがある。中国では普及しているが、欧米には浸透していないテクノロジーは何か?  という質問だ。そこで私が決まって挙げるのが、ライブストリーミング形式のeコマース(ライブコマース)だ。

ライブコマースが中国でどれほど盛んなのか、中国以外の人が実感することはなかなか難しいだろう。中国では5億人以上がライブ配信を定期的に視聴しており、2022年のライブ配信経由の売上高は4兆6000億ドルに上った。中国のオンライン・ショッピングの4分の1以上がライブ配信経由ということになる。

テック企業各社が中国国外にもこのような収益性の高いビジネスを展開しようとするのは、当然のこととも言える。私はこの動きについて、2020年にいち早く取り上げている。アリババの海外部門であるアリエクスプレス(AliExpress)は当時、ライブコマースを英語やロシア語などの他言語でも展開しようと外国人クリエイターを募集していた。しかし、中国企業の度重なる努力もむなしく、このアイデアは他国の一般視聴者に受け入れられていない。

直近では9月12日にティックトック(TikTok)がライブストリーム・ショッピング・サービスを米国で正式に開始すると発表した(この動きにも既視感が否めない。ティックトックが以前(中略) それこそ2021年頃から、開始予定だと何度も言い続けてきたことなのだから)。

とはいえ、米国ではライブストリーム・ショッピングに対する需要はまだ存在しないと言っていいだろう。データ分析企業「マーケットプレイス・パルス(Marketplace Pulse)」を設立したeコマース・アナリストのユオザス・カズカナスは、最近投稿された「ティックトック・ショップは、アプリ全体を台無しにした。最近はくだらない短い動画ではなく、広告とレビューばかりになっている」というツイートを引用して、ティックトックの熱狂的なユーザーですら、このサービスにはそれほど乗り気ではないとツイートしている。

そうは言っても、中国のライブ配信者たちは今、かつてないブレイクの機会を手にしている。そう、人工知能(AI)の力を使ってだ。

MITテクノロジーレビューでは最近、安価で手軽なAIツールによって、中国のeコマース・プラットフォームで無数のディープフェイク配信者を生み出すことが可能になったという記事を掲載した。開発者が「配信者」の訓練に必要とするのはわずか1分の動画であり、約1000ドルを払えば、カメラの前で(おおよそ)本物の人間のように話したり振る舞ったりできるAIアバターを生成できる。こうしたAIアバターはすでに何千本ものライブストリーム・ショッピングの動画で導入されている(全文はこちら)。

これは、中国式のライブストリーム・ショッピングを国外で展開する際の最大の障害となっていた、外国人クリエイターの不足という問題を解決する糸口となるかもしれない。クリエイターたちは、ライブコマースの仕組みを理解し、カメラの前で自然に振る舞い、お決まりのルーティンに従って毎日何時間も苦も無く話し続けることが要求される。中国には、こうした活動に特化した配信者養成学校まであるが、同様のエコシステムは他国にはまだ存在しない。

中には、人材不足に対処するために革新的な方策を採るeコマース企業もある。中国のAI配信者マーケティング会社「クァンタム・プラネットAI(Quantum Planet AI)」のチェン・ダン最高経営責任者(CEO)によると、ある中国系Bluetoothヘッドフォンのブランドでは、タイ語を話す声優を雇って音声を録音し、その音声を製品を紹介したり試したりしている手元だけの映像に重ねて再生することで、製品を紹介する人物がタイ語も話しているかのように演出しているという。

しかし、大規模言語モデルとテキスト読み上げ技術を使えば、AI配信者に望むことを何でも言わせることができる。つまり、他言語で話させることもできるのだ。

つい先日、AI翻訳の新製品がソーシャルメディアを賑わせた。ロサンゼルスを拠点とする企業「ヘイジェン(HeyGen)」が、動画を7カ国語に翻訳し、発話者の声をコピーして唇の動きと同期させることで、違和感のない翻訳動画を作成できるツールを発表した。その出来栄えは、(現在提供されているなかで唯一の非西洋言語であるヒンディー語への翻訳も含めて)実に見事だ。

このようなツールがあれば、もはや現地でライブ配信用のクリエイターを探す必要はない。「(人間と比べて)バーチャル配信者の利点は、実は言語力にあります。私たちの顧客の多くは、東南アジアでの越境eコマースに関心を寄せています。需要は極めて高いのです」。中国のAI企業シャオピン(Xiaoice:小冰)でバーチャル・インフルエンサー・ライブ配信事業担当役員を務めるフアン・ウェイは語る。

シャオピンとクァンタム・プラネットAIは現在、こうしたAI配信者を中国の顧客に売り込もうと連携している。両社が手がけるバーチャル配信者は、英語のほか、ベトナム語、タイ語、インドネシア語などの東南アジア諸国の言語を含む129カ国語で話せる。

両社は今年3月、タイ語を話すAI配信者を初めて導入し、中国企業の家具を販売した。わずか1時間で2000ドル相当の商品を売り上げたという。タイ語が母国語の人に動画を見てもらい、AIのクオリティを評価してもらったところ、とても自然なイントネーションであり、吹き替え音声と錯覚しそうになったそうだ。

英語版のデモを以下に掲載する。中国語版やタイ語版にはかなわないだろうが、読者自身で判断していただきたい。

シャオピンが作成した、英語を話すライブ配信インフルエンサーのデモ動画。

もちろん、AI配信者は人間の配信者のように何でもできるわけではない。特に、人間のように視聴者の質問に応えてリアルタイムで製品を試したりはできない。だが、新規市場に進出したいものの、リスクの高い事業には大金を費やしたくない企業にとってはうってつけの方法となる。中国系メディア「虎嗅(Huxiu)」が報じているように、インドネシアの現地配信者の月給は、AI配信者をカスタマイズするコストとほぼ同額で、長期的に見れば、生身の人間を雇い続けるよりもAIを繰り返し利用する方がコストを抑えられる。しかも、その仕上がりは多くの人が期待する以上にいい。

このことは、ライブコマースがついに中国国外でも普及していくことを意味するのだろうか? 私は非常に慎重な見方をしており、おそらくすぐにそうなることはないと考えている。だが、AIによって言語や文化の壁が取り払われ、中国企業がグローバルに展開できるチャンスが広がる可能性はあると思う。いずれにせよ、合成メディア・テクノロジーが驚くべきスピードで進化していることは明らかで、中国のeコマース企業がこうしたテクノロジーを活用して、最終的に利益を上げるようになるのは時間の問題かもしれない。

中国関連の最新ニュース

1.バイデン政権のバイラル系ソーシャルメディア企業に対する強硬姿勢が多くの米国国民の不評を買ったことを受け、米国政府とティックトックが再び交渉の席についた。(ワシントン・ポスト紙

  • アフリカの2カ国は8月、治安とモラルを守るためだとしてティックトックを禁止した。さらに3カ国がこの動きに追随する可能性がある。(レスト・オブ・ワールド

2.ティンダーは出会い系プラットフォームとしては期待外れかもしれないが、中国では若者が仕事上の人脈や、職業を斡旋してくれる人を探すために利用している。(シックス・トーン

3.中国のAI産業は、成功を狙う新規参入者でひしめき合っているが、こうした熱狂は徐々に薄れつつある。(ワイアード

4.データ・アノテーションへの需要が高まる中、中国の職業訓練学校はアノテーション企業と協力し、学生に最低賃金以下の給与で労働集約型の作業をさせている。(レスト・オブ・ワールド

5. 米国と中国は、対立国の指導者の考え方や軍事能力についてより多くの情報を収集しようと、スパイ活動用のAIツールの開発にしのぎを削っている。(ニューヨーク・タイムズ紙

  • 米統合参謀本部議長のマーク・ミリー大将は、今年初めに目撃された中国の奇妙なスパイ気球は、搭載センサーが作動しなかったため、諜報データの収集に失敗したと述べた。(CBSニュース

6. 李錄(リー・ルー)の半生は、1989年の天安門事件を逃れた反体制派の学生時代から始まり、中国企業に投資する最高の投資家のひとりとしてキャリアを積むに至るまで、過去30年にわたる米中関係の盛衰と深く関わっている。(フィナンシャル・タイムズ紙

7. 映画『バービー』では、あらゆる小道具を検証チームがチェックしていた。にもかかわらず、作中に登場する漫画チックな地図が、中国の海洋領有権問題をめぐる論争を巻き起こすことは想定できなかった。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙

アップル税回避、再び失敗

中国系大手モバイルゲーム開発企業は8月、アップルの高額な手数料を免れるために代替的なマイクロペイメント・システムを2度立ち上げようとしたが、いずれも失敗に終わったようだ。

「ミホヨ(miHoYo)」は、世界的ヒットとなったゲーム「原神」の開発企業だ。このゲームは、プレイヤーがキャラクターやアイテムに課金できるシステムを採用しており、世界有数の売上を上げている。このゲームのプレイヤーはアップルのアップストア(AppStore)経由で総額数十億ドルもの金額を支払っていることになるわけだが、そのうちアップルは決済ごとに30%もの手数料を徴収している。

中国のゲーム情報誌「コアeスポーツ(Core Esports)」によると、ミホヨは8月、同社のコミュニティ・フォーラム用アプリと、中国のデジタル・ウォレット・アプリ「アリペイ(Alipay)」のサブプログラムを通じて、新たな決済ルートを設けようとした。1つ目のアプリはすぐさまアップストアから削除され、2つ目のアプリはわずか13日でアイフォーンから使用できなくなった。アップルに支払う収益分配を減らす試みが失敗したことで、アップルがモバイル・ゲームのエコシステムにおいて影響力を維持し続けている状況が浮き彫りとなった。しかし、アップルもまた、サードパーティの支払い方法を巡る規制の圧力に直面しており、その点において、大手ゲーム開発企業は独自の対抗力を持っている。ミホヨにとっての3度目の試みは成功するのだろうか?

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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