森田直人:柔らかい翼で成層圏へ、HAPS研究者の新たな離陸
東京大学の研究室で「柔らかいHAPS」の制御技術を磨いてきた森田直人は、2025年にベロシティエアロワークスを共同創業した。CTOとして、翼幅30メートル級の国産機による成層圏への到達を目指している。 by Yasuhiro Hatabe2026.07.08
高度約20キロメートルの成層圏を長時間飛行し続ける無人航空機「HAPS(高高度疑似衛星)」。森田直人は、HAPSの制御技術を研究する航空工学者だ。東京大学の助教として独自のHAPS機体を開発し、2023年に「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。2025年4月には東大を退職し、同年8月にベロシティエアロワークス(Velocity Aeroworks)を共同創業。同年11月にはベンチャーキャピタルから最初の投資を受けた。CEOには研究プロジェクト時代から行動をともにしてきた佐々木悠人が就き、森田はCTOとして技術開発を主導する。
翼をねじって飛ばす、独自の制御技術
HAPSとは、ソーラーパネルで発電しながら高度約20〜24キロメートルの成層圏に長時間滞空し、通信中継や地球観測などのプラットフォームとして機能する無人航空機だ。低軌道衛星(ISSが周回する高度約400キロメートル付近)と比べて約20分の1の高度を飛ぶため、光学センサーの地上分解能は単純計算で20倍になる。またこれらの衛星とは異なり、同じ場所にとどまっての定点観測が可能だ。
HAPSには飛行船型と飛行機型があり、近年はバッテリー技術の向上を背景に飛行機型の開発が盛んだ。飛行機型はさらに高剛性型と柔軟型に分かれる。いずれも空気抵抗を減らして長時間飛行を実現するため、翼は非常に細長い形状になる。高剛性型の代表例はエアバスの子会社アールト(AALTO)が手がける「Zephyr(ゼファー)」で、67日間の連続滞空記録を持つ。ただ、高剛性型では剛性を保つほど機体が重くなりやすく、成層圏に到達するための軽量化には高度な素材・部品技術が必要。ベンチャーが参入しにくい領域だ。
一方、柔軟型は軽量化しやすいが、飛行中に翼が変形する。この変形への対処として、風に従って翼が自然に変形するパッシブな方式と、アクチュエーターで能動的に制御するアクティブな方式がある。森田らが選んだのは後者だ。主翼の前方に小型の翼「カナード(先尾翼)」を取り付け、それを動かすことで主翼をねじり、たわみをリアルタイムで制御しながら飛ばす。さらに翼全体を3つのセクションに分けてそれぞれにカナードを配置するマルチカナード構成を採用している。「この構成で飛行する機体は、私が調べた限り他に例がありません」と森田は言う。
制御を実現するために、機体の各部にひずみゲージや姿勢推定センサーを搭載しており、それぞれの部位のマイコンが自身の姿勢を独立して計算しながら情報を共有し合う。中央のマイコンはその情報を統合して機体全体の姿勢を把握し、「構造がこう変形し、機体はこう進む」と予測しながら、カナードをどう動かすかをリアルタイムで決定する制御アルゴリズムを採用している。
東大の研究プロジェクトで製作した機体「Zephyros(ゼフィロス)」は翼幅4メートル、その後「Flora(フローラ)」では10メートルに達した。起業後に手がける実証機「GrassHopper(グラスホッパー)」は翼幅30メートル級と、さらに3倍の規模になる。GrassHopperでの実証を土台に、量産機「LOCUST(ローカスト)」の開発へと進む構想だ。

国産HAPSが必要だという確信
森田が起業を決断した背景には、技術的な手応えだけでなく、市場の変化もあった。通信中継への活用に加え、防災・防衛の分野では広域の観測・監視への需要が高まっていた。上空からの観測を担う衛星は軌道を周回するため、同じ場所にとどまり続けることができず、観測に時間的な空白が生じる。一方、地上のレーダーは広域を俯瞰できず、情報量に限界がある。こうした衛星と地上の双方の弱点を補う存在として、定点で空から見続けられるHAPSへの期待が高まっていた。
また、国内通信キャリアとの共同研究を通じて、海外の機体では日本環境に対応できないことも明らかになってきた。HAPSの運用性能は緯度・経度・季節によって大きく左右され、偏西風の影響で成層圏の風が特に強い日本には、環境に合わせた国産機体が必要だという確信が強まった。これが起業に踏み切った直接の動機だ。
紙飛行機から鳥人間、そして東大へ
森田は群馬県館林市で生まれ育った。「周囲に工学部を目指す人はほとんどいなくて、航空に関心を持つ人間もいませんでした」。それでも中学2年生の頃から1人で、割りばしを胴体にケント紙で翼を張った紙飛行機を作り続けた。設計図を書き、飛ばし、改良する。その繰り返しを約2年続け、製作した機体は100機を超えた。「塾や学校に飛行機を持っていって奇異な目で見られていた」と笑いながら、「今もその頃の経験が生きている」と話す。
高校では飛行機から離れたが、早稲田大学基幹理工学部への入学後に再び引き寄せられた。新入生向けのサークル紹介で鳥人間コンテストのチームを見かけ、同じ興味を持つ人間がこれほどいると知って「すごくうれしかった」。大学で航空を学びながら鳥人間コンテストのチームに参加し、他大学のチームともSNSを通じて交流を深めた。より専門的な環境を求めて東京大学大学院の航空宇宙工学専攻に進み、土屋武司教授のもとで自由に機体を設計し飛ばせる環境を得た。
設計から製造まで、一貫して自分たちで
「設計する側と製造する側、両方の人間でありたい」。鳥人間コンテストで設計に没頭するあまり、製造側から「作る側のことを全然わかっていない」と指摘された経験が原点にある。
主翼の素材には、森田が鳥人間コンテストで使い慣れた、建築の断熱材にも使われる押出発泡ポリスチレンを採用している。設計データをもとに4軸CNC(熱線NC)が翼の形に切り出し、炭素繊維複合材料のパイプを骨格として組み合わせる。設計から製造まで一貫して社内で完結できる体制を整えており、外注と比べてコストを大幅に抑えられる。
日本では、鳥人間コンテストに向けて毎年数十機もの人力飛行機が作られてきたが、その技術は産業につながってこなかった。「人力飛行機で培った技術を、無人機と掛け合わせて産業につなげていく」。森田はその実践をこの会社で始めている。
成層圏を、誰もが使える空に
現在はグラスホッパーのサブスケール実証機での試験飛行を重ね、新開発のカナード技術の実証を進めている。その先に控えるのが、実機による成層圏到達という本命の課題だ。成層圏では気温がマイナス40度を下回り、着氷も起きる。それを防ぐためにヒーターを使えばその分エネルギーを消費し、飛行に使えるエネルギーが目減りする。さらに高度10キロメートル付近には、秒速70メートルにも達する強風帯が待ち構える。少しずつ高度を上げながら、技術課題を1つずつ解いていく開発方針を選んでいる。計画では、2026年の夏〜秋頃に150メートル以下の低高度飛行を実施し、翼幅30メートル級の実機が飛ぶことを実証する。その後、2027〜2028年に成層圏到達を目指す。
「超小型衛星が中高生にまで宇宙を開いたように、HAPSも航空宇宙の裾野を広げる存在になると考えています」と森田は言う。衛星を打ち上げるよりはるかに低いコストで誰もが自作のペイロードを成層圏で試せるようになれば、航空宇宙に関心を持つ人たちは確実に増える。「日本のHAPS開発といえばこの会社だと認識されるくらいの存在になりたいですね」。
年齢を重ねても若い世代に飛行機の楽しさを伝える教育者でありたいとも願う。現在も東京大学で非常勤講師を務め、学生に小型の飛行ロボットづくりを教えている。紙飛行機を1人で飛ばしていた少年は、いま仲間とともに成層圏を目指している。
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この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。
