KADOKAWA Technology Review
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未来の職種:糞便移植で命を守る「マイクロバイオーム・バンカー」
JOSH CAREY
Jobs of the future: Stool bank manager

未来の職種:糞便移植で命を守る「マイクロバイオーム・バンカー」

消化器専門医のニヒル・パイ准教授は、腸の細菌感染症の治療に役立てるために、カナダ初の小児糞便バンクを設立した。同バンクの運営と並行して経口「クラプセル」を開発しており、いずれは細菌感染症治療に利用したいと考えだ。 by Simon Spichak2025.01.06

この記事の3つのポイント
  1. 米国では年間50万人がクロストリジオイデス・ディフィシル感染症と診断される
  2. 糞便微生物叢移植は効果的だが利用は限られ子どもへの適用は特に困難である
  3. カナダ初の小児糞便バンクが設立され経口カプセルの開発も進められている
summarized by Claude 3

毎年、およそ50万人の米国人が、大腸の一般的な細菌感染症であるクロストリジオイデス・ディフィシル感染症と診断される。抗生物質も、一部の患者にしか効かない。患者の約20%がこの感染症を再発し、年間約3万件の感染例で死亡に至っている。

だが、非常に効果的で型破りな治療法がある。健康な便を患者の腸に移植する「糞便微生物叢移植(FMT:fecal microbiota transplantation)」である。FMTは多くの国で承認されているが、利用はまだ限られている。たとえば欧州では、再発性のクロストリジオイデス・ディフィシル患者の10人に1人しか、FMT治療を受けることができていない。

子どもがこの治療法を利用するのは、特に困難である。ほとんどのバンクは成人からしかサンプルを収集していないため、子どもへの移植は望ましくない副作用を引き起こす可能性がある。マクマスター小児病院(McMaster Children’s Hospital)の小児消化器専門医で、マクマスター大学の准教授でもあるニヒル・パイは、こうした状況を変えようとしている。2022年、パイ准教授は、カナダ初の小児糞便バンクを設立した。それ以来、このバンクは150以上のサンプルを貯蔵し、子どもへのFMT処置を5回完了している。パイ准教授は現在、他の研究者たちと協力して、治療をより容易にするための経口「クラプセル」(便カプセル)の設計に取り組んでいる。

糞便バンクの運営:パイ准教授らのチームは、このバンクを運営し続けるために複数の役割を担っている。ドナーの募集と選別、サンプルの目録作成、-80℃の冷凍庫での保管、そしてこの活動を維持するための資金集めなどである。また、このバンクは、他の病気の治療法としてFMTをテストする研究者たちにも便を提供している。「このようなことができるように、私たち多くのさまざまな役割を担ってきました」と、パイ准教授は言う。

ドナー募集から治療まで:このバンクは、マクマスター小児病院中でドナーを募集しており、患者の健康な兄弟姉妹や、病院職員の子どもたちが、熱心に協力してくれている。「非常に強い市民意識があり、それがボランティアをしたいという子どもたちの気持ちにつながっています」と、パイ准教授は言う。

便が健康であることを確認するため、ドナーは質問票と血液検査を通してスクリーニングされる。ドナーの便は、HIV、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、肝炎などの感染症の検査もされる。新たな患者は、それぞれ同じ年齢・性別のドナーの健康な便とマッチングされ、治療は浣腸によって実施される。パイ准教授によれば、1回の治療で80%の成功率があり、2回目の治療後は90%以上になるという。

利用の容易化: 患者が遠くまで出向かなくても治療を受けられるようにするため、糞便バンクに資金を供給することが重要であると、パイ准教授は言う。そして、経口クラプセルによって患者の生活をより楽にしたいと考えている。経口クラプセルであれば、患者は浣腸や内視鏡検査を受けるために専門スタッフがいる病院へ赴く必要がなく、他の錠剤と同じように服用できる。いつの日か、この治療法は、他のさまざまな薬物耐性菌感染症や腸の病気にも適用が拡大されるかもしれない。

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サイモン・スピチャック [Simon Spichak]米国版 寄稿者
トロントを拠点に活動するフリーランスの科学、健康、テック系ジャーナリスト。
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