KADOKAWA Technology Review
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「2匹の父」を持つマウスが誕生、中国チームがCRISPRで
Courtesy of the Researchers
Mice with two dads have been created using CRISPR

「2匹の父」を持つマウスが誕生、中国チームがCRISPRで

中国の研究チームは遺伝子編集技術「CRISPR」を用いて、2匹の雄マウスのDNAを持つ「二父性」マウスを作り出す方法を発見した。この方法で誕生したマウスの一部は成体になるまで生きたが、ヒトへの応用は今のところ不可能だ。 by Jessica Hamzelou2025.01.30

この記事の3つのポイント
  1. 中国の研究チームが2匹の父親を持つマウスを作製した
  2. 遺伝子編集技術CRISPRを用いインプリンティング遺伝子を破壊
  3. ヒトへの応用は不可能だが基礎研究としては意義がある
summarized by Claude 3

中国の研究チームによる一連の複雑な実験の結果、2匹の父親を持つマウスが誕生し、成体になるまで生き延びた。

北京にある中国科学院のリー・ジークン(李治琨) 博士らは、CRISPR(クリスパー)を使用し、通常であれば雄と雌の両方の親から受け継ぐ必要のある遺伝子をターゲットにする新しいアプローチでマウスを作製した。李博士らは、同じ手法を用いて2匹の父親を持つ霊長類を作製することを目指している。

ヒトへの応用は今のところ不可能だが、この研究は「インプリンティング(刷り込み)」として知られる、奇妙な生物学的現象の理解を深めるのに役立つものである。インプリンティングとは、特定の遺伝子の発現が、雄と雌のどちらの親から受け継いだかによって異なるという現象だ。これらの遺伝子については、動物はそれぞれの親から「用量」の一部ずつを受け継ぎ、その2つが協調しなければ健康な胚を作ることができない。両親から受け継がなければ、遺伝子はうまく発現せず、結果的に胚に異常が生じる可能性がある。

このことは、研究者たちが過去に2匹の父親を持つマウスを作ろうとした際に明らかになった。1980年代、英国の科学者たちは、受精卵細胞に精細胞のDNAを含む核を注入することを試みた。その結果、胚は2匹の雄のDNAを持つことになった(卵細胞の細胞質には少量の雌のDNAも含まれていた)。

しかし、これらの胚を代理母となる雌マウスの子宮に移植したところ、いずれの胚も健康な出産には至らなかった。胚の発生には父方と母方の両方のゲノムのインプリンティング遺伝子が必要であることが原因であるようだった。

李博士らの研究チームは別のアプローチをとった。同チームは、遺伝子編集によって、インプリンティング遺伝子をことごとくノックアウト(破壊)したのである。

マウスの遺伝子のうち約200がインプリンティング遺伝子である。李博士の研究チームは今回、胚の発生に重要であることが知られている20の遺伝子に的を絞った。

2匹の雄の「父親」のDNAを使って健康なマウスを作るため、研究チームは一連の複雑な実験をした。まず、研究チームは精子のDNAを使って細胞を培養し、実験室で幹細胞を収集した。その後、CRISPRを使い、ターゲットとする20のインプリンティング遺伝子を破壊した。

そして、これらの遺伝子編集した細胞を、他の精細胞とともに、核を取り除いた卵細胞に注入した。その結果、2匹の雄マウスのDNAを有する胚細胞が得られた。そして、これらの細胞は、胎盤を作るのに必要な細胞を提供する、研究用の「胚の殻」の一種に注入された。こうしてできた胚は、雌マウスの子宮に移植された。

この方法は、ある程度成功した。胚の一部は生きた子マウスに成長し、成体まで生きた。研究結果は、米科学誌「セル・ステムセル(Cell Stem Cell)」に掲載された

ペンシルベニア大学の発生生物学者で、この研究には関与していない佐々木恒太郎助教授は、「非常に興味深い研究成果です」と話す。李博士らの研究チームは、一連のインプリンティング欠損を回避できただけでなく、2匹の雄のDNAを使ってマウスを作製するアプローチにおける2つ目の方法を発見したのである。

今回の発見は、現在は大阪大学の教授である林克彦らによる研究を基盤としたものである。数年前、林教授の研究チームは雄の成体マウスの尻尾から細胞を採取し、未熟な卵細胞に変える方法を発見したというエビデンスを発表した。この卵細胞を精子と受精させることで、二父性胚を作ることができる。その胚から生まれたマウスは成体に達し、自身の子孫を残すことができると林教授は述べている。

李博士の研究チームのより複雑なアプローチは、これほど成功しなかった。第一に、生き残ったマウスはごく一部であった。研究チームは164個の遺伝子編集胚を移植したが、生まれたのは7匹だけであった。しかも、生まれた子マウスも完全に正常というわけではなかった。未処置のマウスよりも大きく成長し、臓器は肥大していた。通常のマウスよりも短命で、不妊となった。

ヒトの細胞や胚を使ってこのようなリスクの高い研究をすることは非倫理的である。「ヒトの20のインプリンティング遺伝子を編集することは容認されないでしょうし、健康でない個体や生存能力のない個体を作り出すことは、決して許されることではありません」と李博士は話す。

「多くの問題があります」と佐々木助教授は言う。まず、今回研究チームが使用した技術的実験手順の多くは、ヒトの細胞に対しては確立されていない。たとえそれが確立されていたとしても、このアプローチは危険である。ヒトの遺伝子をノックアウトすれば、計り知れない健康被害がもたらされる可能性がある。

「ハードルは山ほどあります」と佐々木助教授は話す。「ヒトへの応用はまだかなり先の話です」。

とはいえ、この研究はインプリンティングという謎の多い現象を解明する手がかりになるかもしれない。これまでの研究では、2匹の母親を持つマウスは小さく見え、予想よりも長生きすることが示されているが、今回の研究では、2匹の父親を持つマウスは大きくなりすぎ、より早死にすることが示されている。おそらく父方のインプリンティング遺伝子が成長を支え、母方のインプリンティング遺伝子が成長を制限しており、動物が健康的な大きさになるためにはその両方が必要なのだろう、と佐々木助教授は言う。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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