世界の半導体を支える
見えざる巨人ASML
その牙城は崩せるか?
スマホもAIも、その頭脳であるチップは、この装置なしには作れない。オランダのASMLが手がける1台4億ドルの露光装置は、世界のリソグラフィー装置の約9割を握る。AIブームで高性能チップの需要が急増するいま、その独占はかつてなく重い。巨人に追いつく者は現れるのか。 by Clive Thompson2026.07.07
- この記事の3つのポイント
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- ASMLが1台4億ドルの高NA EUV装置を投入し、AIブームが牽引する先端半導体需要に応える体制を確立した
- 米中の輸出規制を背景に中国が独自EUV開発を急ぐ一方、ASMLの技術的優位は当面揺るがないとみられている
- X線や原子ビームを用いるスタートアップが低コスト代替技術を目指すが、研究室実証から量産への壁は依然高い
ヨス・ベンショップが、はしごを登って最新鋭装置の一番上を目指している。
それは、ちょっとした難行だった。この装置は2階建てバスほどの大きさがあり、精密に切削加工された150トンを超える輝くアルミニウム製の本体が、何千本ものうねる配管や色分けされたケーブル、加圧タンクで覆われている。地上から見上げると、まるで未来的なV8エンジンのようだ。ベンショップとともに最上部まで登ると、高さ約4.5メートルから見下ろすことになり、その下ではクリーンスーツ姿の技術者たちが忙しく動き回っている。
これは200立方メートルを超える巨大な装置で、「数枚のミラーを原子レベルの精度で所定の位置に保持するメカトロニクス装置です」と、その巨大な装置を指し示しながらベンショップは語る。長身で白髪交じりの66歳である彼は、10年以上にわたりエンジニアたちとともにこの装置の設計に携わってきた。それでも、ときどき装置を眺めては、「なんてすごいんだ」と思わず声を漏らすことがある。
ベンショップは、オランダのASMLで取締役兼技術担当副社長を務めている。スマートフォンやAIを支える高性能チップを製造するには、いま私たちが立っているようなリソグラフィー装置が不可欠だ。この装置によって、ますます微細化する回路パターンを形成できる。リソグラフィーとは、シリコンウェーハーに光を照射し、そこから切り出されるマイクロチップのトランジスター、配線、その他の構成要素をパターン形成する技術である。
9年前、ASMLはチップのパターン形成に革新的な新方式を採用した装置の販売を開始した。この装置は極端紫外線(EUV)を利用する。EUVは可視光よりはるかに短い波長を持つ放射線で、溶融した微小なスズ滴に毎秒数万回レーザーを照射して発生させる。16年に及ぶ研究開発と約100億ドルの投資を経て誕生した初期のEUV装置は、13ナノメートルの解像度でトランジスター構造を形成できた。今回の新型装置では、それをさらに8ナノメートルまで高めた。これはシリコン原子約40個分の幅に相当する。現在、この装置は1台4億ドルという驚異的な価格で世界中の半導体工場(ファブ)へ出荷されている。
しかし、チップメーカーは毎年より高性能なチップを投入する激しい競争を繰り広げている。そのためには、より小さな部品を製造し、それらをこれまで以上に高密度に集積できる装置が欠かせない。これは長年にわたり、チップの高速化と省電力化を実現する王道とされてきた。
ASMLの装置は長年にわたり、ムーアの法則を支える重要な役割を果たしてきた。同社の先端リソグラフィー技術がなければ、チップの集積密度や計算性能の向上は、すでに頭打ちになっていた可能性が高い。
AI業界では現在、オープンAI(OpenAI)やアンソロピック(Anthropic)のような企業が、より強力な大規模言語モデルの訓練・運用に必要な巨大データセンターの建設を急いでいる。その結果、これまで以上に高密度なチップへの需要が急増している。ASMLの最新装置は、このAIブームを少なくとも今後10年間支える重要な基盤になると期待されている。
ASMLの最高技術責任者(CTO)であるマルコ・ピーターズはこう語る。「私たちは、お客様がさらに微細なチップを製造できるようにします。それによって、現在AIの分野で目にしている驚異的な可能性がさらに大きく広がるのです。私たちは、まだ氷山の一角しか見ていないのだと思います」。
チップ製造業界で「シュリンク(shrink)」と呼ばれる微細化の追求を続けたことで、ASMLは圧倒的な存在となった。同社は世界の半導体リソグラフィー装置のおよそ90%を供給している。半導体を製造するのであれば、ASMLを避けて通ることはできない。
しかし、この独占的な立場は、一部の企業や各国政府に不安を抱かせてもいる。半導体業界は実質的に、リソグラフィー装置を製造するASMLと、その装置を使って世界のマイクロチップの大半を製造する台湾のTSMCという2社に支配されている。この強力な複占体制(デュオポリー)は、地政学にも大きな影響を及ぼしている。
中国による先端AIの開発を阻止するため、米国政府は2019年、オランダ政府に働きかけ、ASMLによる中国企業への最先端装置の輸出を禁止させた。「半導体は新しい石油です」。そう語るのは『FOCUS ASMLの流儀 半導体市場を牽引する革新者ASMLのイノベーション哲学(Focus: The ASML Way)』(邦訳は2025年、化学工業日報社刊)の著者マルク・ハインクだ。「半導体を失うことは、石油を失うのと同じくらい壊滅的な打撃になり得ます。そして、その比喩で言えば、ASMLはホルムズ海峡なのです」。
リソグラフィーのスタートアップ企業サブストレート(Substrate)の共同創業者兼CEOであるジェームズ・プラウドは、現在の状況は健全ではないと話す。同社はWebサイトで、米国は海外に依存し、しかもコストが上昇し続けるサプライチェーンに「危険なほど依存している」と指摘している。「市場がごく少数の企業に極端に集中しています。そして、サプライチェーン全体のコストも非常に高いのです」。
だからこそ、20年にわたりASMLが築いてきた牙城を崩そうとする企業が現れ始めている。中国はASMLの技術を再現しようと巨額の資金を投じている。一方、サブストレートのようなスタートアップは、ASMLの巨大な装置よりも小型で低価格、しかもさらに高性能なリソグラフィー装置の開発を目指している。果たして成功する企業は現れるのだろうか。
近い将来は依然としてASMLの時代が続くだろう。しかし同社のエンジニアたちが誰より知っているように、光を巧みに操れば、巨人を引きずり下ろすこともできる。
興味深いことに、半導体の製造工程はTシャツのシルクスクリーン印刷によく似ている。シリコンウェーハー上に回路パターンを形成するには、まず回路設計が描かれたレチクル(フォトマスク)を用意する。そこへ光を照射すると、そのパターンがウェーハーへ転写される。さらに光がウェーハー上の感光材料(レジスト)に作用し、回路パターンを固定する。
チップ上に形成できる微細構造の大きさは、装置が用いる光の波長に大きく左右される。波長が短いほど、より微細な回路パターンを形成できる。もっとも、同じ波長でも性能をある程度引き出すことは可能だ。例えば、「開口数(NA:Numerical Aperture)」を大きくする、一般にはより大口径のレンズを用いることで光をより強く集光でき、さらに微細な構造を描けるようになる。しかし、この方法にも限界がある。やがては、より短い波長を持つ新しい光源へ移行しなければならない。
つまり、半導体製造の歴史とは、「波長を縮めること」と「開口数を高めること」を交互に繰り返してきた歴史でもある。まず新しい光源が導入され、その後は開口数を高めて性能を引き出す。そして限界に達すると、さらに波長の短い光源へ移行し、同じサイクルを繰り返す。1990年代初頭まで、半導体メーカーは波長約400ナノメートルの可視光を使っていた。その後、1990年代半ばには深紫外線(DUV)へ移行し、最終的には193ナノメートルまで波長を短縮した。しかし1990年代末になると、DUVにも限界が見え始めた。では、その次は何だったのか。
どの候補にも決定的な課題があった。例えば、波長わずか1ナノメートルのX線を使えば、理論上はさらに微細な回路を形成できる。しかし、X線を精密に集光することは極めて難しい。電子線やイオンビームも同様に高い精度を実現できるが、それらはドットマトリクスプリンターのように一点ずつ描画していく方式であるため、処理速度が遅すぎた。半導体業界が必要としていたのは、1時間に数百枚ものウェーハーを処理できる装置だった。
2001年ごろ、当時まだリソグラフィー業界では新興企業だったASMLは、別の選択肢に賭けることを決めた。それが、X線よりわずかに波長の長いEUVだった。ニコンやキヤノンも同じ技術を研究していたが、途中で撤退した。一方、ASMLだけは開発を続けた。しかし、その構想には未知の課題が山積していた。その光を安定して発生させる方法も、それを集光する方法も、誰にも分かっていなかった。EUVは通常のガラスレンズを透過しない。空気でさえ吸収してしまう。ASMLは、この悪夢のような研究開発を乗り越えるには6年かかると見積もっていた。
実際には、開発には16年と約100億ドルもの研究開発費を要した。しかし、その挑戦は実を結んだ。装置は真空中で動作し、溶融したスズを蒸発させてEUV光を発生させ、その光をミラーで反射・集光する。ドイツの老舗光学メーカー、ツァイス(Zeiss)は、ミラー表面の原子レベルの欠陥をイオンビームで除去するなど、新たな研磨・検査技術を開発しなければならなかった。
「『そんなものは絶対に成功しない』という周囲の声には耳を貸さず、彼らは巨大な技術課題に真正面から挑み続けました」。かつてASMLに勤務し、現在は半導体業界の調査会社セミアナリシス(SemiAnalysis)でアナリストを務めるジェフ・コッホはそう振り返る。「ASMLは徹底したエンジニアリング企業です。『何千人ものエンジニアを投入して、目の前の課題を片っ端から解決していこう』という発想でした。そして実際、それをやり遂げたのです」。
2017年、最初のEUV装置が市場に投入されたとき、その価格は1台1億ドルを優に超えていた。TSMC、サムスン、インテルといった主要メーカーが、本当にこれほど高価な装置を必要とするのか疑問視する声もあった。というのも、EUVの登場を待つ間に、リソグラフィー業界は従来のDUV技術を巧みに改良してきたからだ。例えばウェーハー表面に水を介在させる液浸リソグラフィーによって、光をより強く集光できるようになっていた。そのため、「EUVは当面それほど必要ないのではないか」と考える人もいた。
しかし、ASMLには追い風が吹いた。EUVの登場から数年後、オープンAIがGPT-3、そしてChatGPTを相次いで公開したことで、生成AIは一気に社会へ浸透した。オープンAI、グーグル、メタ、アンソロピックなどの企業は、大規模言語モデルを学習・運用するため巨大なデータセンターを次々と建設し、より高性能な半導体を大量に必要とするようになった。EUVによって、AI向けチップの製造はこれまで以上に容易かつ高速になった。エヌビディア(NVIDIA)はAI学習向けGPUの生産を急拡大したが、1基4万ドルという高価な製品にもかかわらず需要は供給を大きく上回った。AI開発競争が …
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