「ロボット大国だから勝てる」の危うさ、それでも賭ける起業家
「日本はロボット大国だから、フィジカルAIでは勝てる」という論調がある。だが、2026年上半期のヒューマノイドロボットの世界出荷台数では、上位5社すべてが中国企業だ。そうした条件を承知の上で、ハードもAIも全部やるという起業家がいる。 by Motoki Kobashigawa2026.09.11
「フィジカルは絶対、日本が勝たなきゃいけないところだと思っています」。内閣府でAI政策を担当する齊藤大地・企画官は、2026年9月3日に東京都内で開かれたTECHNIUM Global Conferenceの「日本成長戦略セッション Intelligence Tech」で、フィジカルAIについてこう述べた。産業用ロボットがこれだけ強い国で、ここを伸ばさないのはもったいない、とも言う。ただ、勝たなければならないというのは、勝てるという意味ではない。
このところ、「日本はロボット大国なのだから、ようやく日本の時代が来た」という論調を聞く。だが、セッションで交わされていた議論はそこまで威勢のよいものではなく、勝てるから攻めるというより、やらなければまずい、という切迫感のほうが前に出ていたと思う。ちょうど8月に出た『AI白書2026』(角川アスキー総合研究所刊)でも、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の北野宏明教授が次のように述べていた。「(日本のフィジカルAIにおける)優位性は巷で言われるほど高くないと思います。実際は『勝ちたい筋』『勝たなければならない筋』ではないかと思います」。
経済産業省の秋元裕太・課長補佐が日本の出発点として挙げたのは、人口減少と少子高齢化だ。AIでも何でも使って現場の自動化や代替を進めなければ、そもそも産業が回らない。需要は成長への期待からではなく、人が足りないという事実のほうから生まれている。しかも、資金の調達規模も人材の数も米中とは1桁2桁違うのだから、AIの全分野に満遍なく投資するのは投資対効果として無理だという。だから賭け先を絞る。掛け声だけではない。今年7月には、フィジカルAIの開発基盤となる国産のマルチモーダル基盤モデルを開発する「FRONTia(フロンティア)」プロジェクトが、赤澤経済産業相とエヌビディア(Nvidia)のジェンスン・フアンCEOを迎えてキックオフしている。そこでフィジカルAIが選ばれたのは、言語モデルのように学習コーパスが誰にでも開かれた状態での投資規模の勝負ではなく、現場に入れて運用し、そこで得たフィードバックを開発側に返すエコシステムを回せるかどうかの勝負になるからだ。それなら、製造業をはじめとする現場と実装力を持つ日本にも勝ち目がある、という理屈である。
ただ、数字を見ても、楽観できる材料は多くない。調査会社カウンターポイント・リサーチ(Counterpoint Research)によれば、2026年上半期の人型ロボット(ヒューマノイド)の世界出荷台数は2万2000台を超え、前年同期比で約300%増えた。だが、上位5社はアジボット(Agibot)、ユニツリー(Unitree)をはじめすべて中国企業で、この5社だけで86%を占めている。産業用ロボットで日本のメーカーが強いことと、汎用のヒューマノイドで戦えることは、おそらく別の話だ。仮に、ヒューマノイドがフィジカルAIの中心を担うのだとしたら、フィジカルAIが日本の勝ち筋だという根拠は、やや心もとないのではないだろうか。
ハードウェアから切り離した瞬間に競争力が落ちる
だからこそ、その条件を承知の上で、「全部やる」と言っている人の話が、このセッションでいちばんおもしろかった。双腕二足のヒューマノイドAIロボットを開発するアトムの青木俊介・代表取締役だ。青木さんはカーネギーメロン大学で博士号を取得し、在学中はゼネラルモーターズ(GM)の自動運転ソフトウェアの設計・開発にも関わった。帰国後の2021年に国立情報学研究所で研究室を開き、同年、完全自動運転EVを目指すチューリングを共同創業している(MITテクノロジーレビューが選んだ35歳未満のイノベーターでもある)。アトムの設立は2025年11月。今年5月にシードラウンドで30億円を調達し、製造業と物流の現場に入ることを狙う。掲げているのは「日本のGDPを1%上げる」という野心的な目標だ。

写真提供:TECHNIUM Global Conference実行委員会
その青木さんの挑戦の芯は、「切り分けない」という1点。「業界マップを見ると、ソフトウェア側だけ、AI側だけ、ハードウェア側だけと切り分けたくなる。切り分けたくなるんですけど、フィジカルAIに関しては、ハードウェアから切り離した瞬間に競争力がものすごく落ちる」。
根拠として例に挙げたのは、自動運転での経験だった。どの会社も「何にでもいけます」と言いながら、実際には車種を絞り込んでいく。テスラは2車種に絞って自動運転機能を実装し、英ウェイブ(Wayve)は日産の車両に載せる。ヒューマノイドでも品質の高い企業は例外なく両方を手がけ、ポジションを外した企業は上位プレイヤーの下請けに回るのだという。だからアトムは、AI基盤モデルと全体の設計は自社で持ちながら、部品は日本の部品開発力を掘り起こして使う。
「どうする、いつ帰る」
では、それだけの幅を持つ人材をどうやって集めるのか。ここの話が具体的でおもしろかった。青木さんによれば、船井情報科学振興財団や柳井正財団、孫正義育英財団の奨学金を得て10年ほど前に米国に渡った優秀な研究者が、いまオープンAI(OpenAI)やグーグル・ディープマインド(Google DeepMind)で働いているのだという。奨学生のコミュニティは200〜300人程度と小さく、そのぶん結束が強い。集まれば「どうする、いつ帰る」という話をしている。そこに声をかけていくのが、アトムの人材獲得戦略だ。中国が国家規模でやってきた頭脳の還流を、個別に手で回しているようなものだろう。
「意外とそんなに難しくない」と青木さんは言う。給与のレンジで米国企業に勝てるわけではない。だが、10代後半から米国で育った人たちが、これから家族を持つという段になると、「子どもをアメリカで育てて、自分もアメリカで死ぬのか」を一度は考えるのだそうだ。ハードウェア側の供給源は、高専や工学系の大学、それに米国よりも数が多いという各種のコンテストだ。そこで手を動かしてきた層を引いてくれば、AI人材とハードウェア人材が揃う。
それでも、「ハードもソフトも全部やる」という挑戦は無謀に思える。だが、青木さんの見え方は違う。「このAIの先にアプリケーションあるんですか、という議論を日本ではよくする。アメリカではあまりそういう話をしないと思う」。原子力を作る、宇宙に行く、インターネットを作るといった事業は、いずれも作ると決めた上で企業と個人が資金を投じ、人が集まり、結果として産業が出来上がっていった。「(アメリカにしても中国にしても)もう来るのを確定的に決めた上で、逆算してみんな作り始めている。そこは、論理的にそれって必要あるんだっけ、という議論をする場ではないかなと思っています」。
その上で青木さんは、自分の言い分に留保をつけた。「これは、ちょっと頭の悪い言い方だと思うんですよ。宇宙に行く意味あるの、とちゃんと考えるのは、すごく正しいじゃないですか」。
正しく考えた側が勝つとは限らない、ということなのだろう。ここまで並べた数字も懸念も、青木さんから見れば「正しい」議論をしているだけなのかもしれない。
セッションの最後、青木さんは、日本はまだユニコーンの先を作れていないと言い、「めちゃくちゃドーパミンが出る、部活みたいな会社を作っています」と続けた。ホームランを見たいし、自分で打ちたい、とも。アトムの挑戦がどこまで届くのか、追いかけてみたい。

写真提供:TECHNIUM Global Conference実行委員会
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- 小橋川誠己 [Motoki Kobashigawa]日本版 編集者
- MITテクノロジーレビュー[日本版]副編集長
