KADOKAWA Technology Review
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基礎研究に150億ドル投資
アリババの「中国式AI」は
世界を席巻するのか?
Alibaba Group
カバーストーリー Insider Online限定
Inside the Chinese lab that plans to rewire the world with AI

基礎研究に150億ドル投資
アリババの「中国式AI」は
世界を席巻するのか?

中国の巨大テック企業のアリババは、もはや単なる電子商取引の企業ではない。巨額の資金をAIをはじめとする基礎技術の研究・開発に投資しており、クラウド向けの独自の深層学習ツールも開発している。政府の後押しもあり、世界のAIの発展に深く関わってくることは間違いない。 by Will Knight2018.04.13

人でごった返す上海の地下鉄駅の切符販売機は、自分の意思を持っている。

切符販売機に近づいて行き先を言うと、おすすめ経路を自動的に示して切符を発行する。中国では通常必須の手順であるIDカードを見せる必要すらなく、顔を見せるだけで済む。ラッシュアワーの殺到を緩和するために、販売機のボタンを押したり駅員と話したりしなくても、乗客が情報を見つけて切符が買えるようになっているのだ。

もっと印象的なのは、すべての手順が混雑して雑音の多い駅の真っただ中で成し遂げられているということだ。切符販売機は、機械に向かって話しかけているのが誰なのかを理解し、人混みの中で購入者の声を聞き分け、文章に変換し、構文を解析して意味を理解する。さらに、購入者の顔を巨大な写真データベースに突き合わせて誰なのかを割り出す。これらすべてを数秒のうちに実行するのだ。

切符販売機には最先端の機械学習アルゴリズムが何種類も使われている。ただし、本当に面白いのはアルゴリズム自体ではない。アルゴリズムがどこで実行されるかなのだ。画像処理と音声認識はすべて、アリババ(Alibaba)が所有するクラウド・コンピューティングによりオンデマンドで実行されている。アリババは、電子商取引の超巨大企業で、中国でもっとも成功した企業の1つである。

アリババはすでに人工知能(AI)と機械学習を使って、サプライチェーンの最適化、ユーザーに個別化した推奨の表示、アマゾン・エコー(Amazon Echo)に似た家庭用機器である「Tモール・ジーニー(Tmall Genie)などの製品開発をしている。中国のテクノロジー界の他の超巨大企業2社、テンセント(Tencent)とバイドゥ(Baidu)もまた同様に、AI研究に巨額の資金を投入している。中国政府は2030年までに約1500億ドル規模のAI産業を構築しようと計画しており、それまでにAI分野で他国より優位に立つよう中国の研究者たちに要求しているのだ(国家レベルでAIに賭ける中国から何を学ぶべきか」を参照)。

アリババの野望は、クラウドベースのAIの提供でトップに立つことだ。ドロップボックス(Dropbox)などのクラウド・ストレージや、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)などのクラウド・コンピューティングと同じように、クラウドAIは、コンピューターとインターネット接続さえあれば誰でも安く、すぐに、強力なリソースを使える。それによって新たなビジネスが成長できるようになる。

AIにおける中国と米国の本当の競争は、両国の巨大クラウド企業の間で起こるはずだ。つまり、企業や自治体がAIを利用しようと思ったときに、中国と米国のどちらのプロバイダーが選ばれるかを競うことになる。アリババの動きから察するに、中国の巨大テック企業はグーグルやアマゾン、IBM、マイクロソフトと競争し、AIをいつでも使えるようにする準備ができている。どの企業がAI業界で優位に立つかは、AIがどう発展し、どう使われていくかに極めて大きな影響を及ぼすだろう。

広い視野で考えよ

ジャック・マー(馬雲)は中国の東海岸、杭州市の自分のアパートで1999年に簡単なインターネット販売サイト「アリババ・オンライン(Alibaba Online)」を作った。2018年1月に訪問したアリババの本社は、いくつもの大きなビルがあり、何万人もの社員が働いている。正面入り口は、同社のオレンジ色のアニメ風マスコットの巨大オブジェがしっかり護衛している。

アリババのビジネスの中核は、今でも商品の販売と、企業間売買のプラットフォームの提供だ。ただしここから、物流管理や発送業務のプラットフォーム、広告ネットワーク、クラウド・コンピューティング、金融サービスなどの利益の上がる事業が生まれている。中国で普及しているアリババのモバイル決済アプリ「アリペイ(Alipay)」は姉妹会社のアント・フィナンシャル(Ant Financial)が運営しており、同社もスマホ経由の融資、保険、投資を提供している。

2017年の「独身者の日(Singles Day:アリババが考案した11月11日のショッピング・イベント)」に、アリババは250億ドル以上の商品を販売した。これに対し、昨年の米国最大のオンライン・ショッピングのイベント「サイバー・マンデー(Cyber Monday:11月27日)」の売上は、すべての小売業者を合わせても65.9億ドルだった。

アリババの成功により、杭州市に活気あるテクノロジー・シーンが形成されることにもなった。杭州市には、政府からの補助金を資金源の一部とするインキュベーター企業が何十もあり、そうした企業は以前アリババで働いたことのある起業家たちで溢れている。

波乱万丈の経歴を持つアリババの創業者は、どうもこれらのことを一切当たり前だとは思っていないようだ。「ジャック・マーは、アリババの成功の理由はビジネスモデルと勤勉なチーム、そして運営にあったと考えています」というのは同社の技術開発担当取締役、シャンウェン・リウだ。「次の時代の企業間競争では、アリババのような巨大企業はビジネス・モデルだけでは成功できないとジャックは考えています。彼が信じているのはテクノロジーです」。

2017年10月にマー会長は、アリババが今後3年間で「DAMOアカデミー(DAMO:discovery=発見、adventure=冒険、momentum=勢い、outlook=展望)」 …

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