MITテクノロジーレビュー[日本版]が2019年11月29日に開催した「Future of Society Conference 2019」。「宇宙ビジネスの時代」をテーマとした本カンファレンスには、宇宙へのアクセスの要である衛星打ち上げロケット(LV:ローンチヴィークル)代表として、IHIエアロスペースのイプシロンロケットプロジェクト部長 湊将志氏が登壇した。湊部長は、『小型ロケット「イプシロン」の現在とこれから』と題して、日本の基幹ロケット「イプシロン」が商業打ち上げの世界へどう取り組むのかを語った。
固体ロケット「イプシロン」は、宇宙科学研究所(現:JAXA 宇宙科学研究所)が探査機打ち上げロケットとして開発運用した「M-V」ロケットの後継機として2010年に開発が始まり、2013年9月に初号機が打ち上げられた。これまで4回の打ち上げに成功し、惑星観測望遠鏡、地球観測衛星、技術実証衛星などを打ち上げている。
IHIエアロスペースは、前身となる日産自動車の時代から宇宙科学研究所と共に固体ロケットを開発してきた日本の宇宙輸送企業だ。湊部長によれば、イプシロンは「ペンシルロケットに始まり、我が国初の人工衛星『おおすみ』の打ち上げ時から独自の開発・発展を遂げてきた固体燃料ロケットシステム技術」を継承し、進化させてきた。液体水素、液体酸素を推進剤とする液体ロケット(日本では基幹ロケットH-IIAが代表)は、製造したロケット本体の推進剤タンクに、打ち上げ直前に燃料を充填する必要があるため、発射整備に時間を要する。
これに対し、「固体ロケットは推進剤ごと貯蔵できてメンテナンスフリー、すぐに打ち上げできる」(湊部長)ことが大きなメリット。推進剤タンクでもありエンジンでもあるイプシロンの「固体モーター」は、「(ロケットの性能基準)比推力とマスレシオのバランスがトップレベル。燃焼室は100気圧の高圧に耐えるCFRP製複合材を使用し、航空機用の1.2倍の強度を誇る。この中に燃焼効率の高い推進薬が詰められ、ノズルには 3000度の燃焼に耐える耐熱材料を使用している」(湊部長)と高いスペックを誇る。
もちろん、固体ロケットにも短所はある。「燃焼時の振動が激しい。また軌道投入精度が液体ロケットより低い」というのが従来から指摘されていた欠点だが、これをイプシロンロケットでは「サスペンションのように下からの振動を抑制する制振機構を加え、また衛星切り離し時には火薬を使わない低衝撃の分離機構を採用。衛星を「音響ブランケット」で保護し、音響振動を伝えないようにしているほか、打ち上げ時の燃焼ガスは発射台から煙道を通して逃し、ロケット側へ伝えないようにしている。また、H-IIAロケットの姿勢制御装置の技術を応用してPBS(小型液体推進系)を開発。軌道投入精度を液体ロケット並みに向上させた」(湊部長)としている。
こうした開発の成果として、2019年1月にJAXAの「革新的衛星技術実証1号機」を打ち上げたイプシロン4号機では、同時に7機の衛星を軌道に投入。「搭載衛星を開発した関係者から『これまで手掛けたどの衛星よりも姿勢が安定していた』とのコメントがあった」と湊部長は胸を張る。
需要を見据えて国際競争力強化へ
日本初の人工衛星「おおすみ」や小惑星探査機「はやぶさ」の打ち上げを支えた固体ロケットの技術がイプシロンに受け継がれ、発展していることはよいとしても、心配の種がないわけではない。とにかくイプシロンは打ち上げのニュースが聞こえてこない。
イプシロンのライバルともいえる海外の小型・中型ロケットといえば「欧州のヴェガ(VEGA)、インドのPSLV、米国のエレクトロン(Electron)など」(湊部長)がある。特にヴェガは2012年初号機打ち上げとデビュー時期が近く、搭載能力や打ち上げ価格なども比較的近いところにある。とはいえヴェガはすでに15回の打ち上げを実施している。2019年に初めて打ち上げ失敗を経験して足踏みしているものの、発展型の「ヴェガC」のデビューも控えている。
宇宙科学や地球観測など、国の宇宙機関が実施する探査機や衛星だけでは、ロケットの打ち上げ回数を確保し、生産体制や技術者を維持するには足りない。そこで求められているのが、「国際競争力」。海外から打ち上げを受注する力だ。
コスト面では、「2020年初打ち上げ予定の基幹ロケット『H3』で使用される固体ブースター「SRB-3」をイプシロンの第1段に適用する『国際競争力開発』を予定している。イプシロン7号機から適用になる」(湊部長)。大型液体ロケットとコンポーネントを共通化することで、安定した生産やコスト削減を図る。
その上で、海外に打って出る力を強化するキーワードを考えれば、「ライドシェア」と「コンステレーション対応」がある。ライドシェアとは、複数の衛星をロケットに搭載して打ち上げる形態。イプシロン4号機で実施された「革新的衛星技術実証1号機」プログラムでは、JAXA/アクセルスペースが開発した小型実証衛星「ラピスワン(RAPIS-1)」のほか6機の衛星が搭載され、イプシロン初のライドシェア型打ち上げとなった。
海外のロケットもライドシェア対応を進めており、VEGAは複数の衛星を目的の軌道に投入する機構の実証を控えている。インドのPSLVは104機の衛星の同時打ち上げ記録を持っている。イプシロンとは搭載性能が異なるが、スペースXの主力ロケット「ファルコン9(Falcon 9)」も小型衛星向けにライドシェア打ち上げ機会を提供するサービスを開始した。
ライドシェア打ち上げを利用したいのは、おおむね500キログラム程度までの小型衛星やそれよりもさらに小さい超小型衛星。多数の小型衛星を軌道上で協調させて運用する「コンステレーション」型の衛星網を構築するために、一度に多くの衛星を打ち上げる必要があるからだ。超小型衛星のコンステレーションで実運用に入っている米国のプラネット(Planet)は100機以上、そのほかにも30機、60機といった計画がある。通信衛星網を計画しているワンウェブ(OneWeb)は、初期段階で600機の衛星を軌道に投入する。
コンステレーション構築をイプシロンのライドシェア打ち上げで実現するにあたり、IHIエアロスペースは小型衛星の市場を「現在はSSO(太陽同期軌道:衛星が常に太陽と同じ向きになる)が多く、南から北へ向かう軌道」(湊部長)と話した。
こうしたコンステーレーションの打ち上げ需要が今後どのようになっていくのか。湊部長は、リモートセンシング衛星で米国のブラックスカイグローバル(BlackSkyGlobal)を例に挙げつつ、「通信や地球観測事業は最終的に数社に収束するのではないかと予測している。2023~2025年くらいに初期段階のコンステレーション構築が完了するとみられ、中でも地球観測衛星は、観測の頻度などを考えると、現在のSSO軌道面以外に低傾斜角30~60度)の軌道面への衛星打ち上げが増えてくると考えている」と述べた。
軌道傾斜角とは、人工衛星の軌道の傾きで赤道を0度とする。コンステレーション型の衛星網構築を目指す計画の場合、当初は赤道に対して垂直に近い、南北の軌道に衛星を投入する需要がある。現在はそうした時期だが、今後は軌道傾斜角の小さい、赤道に対して斜めに交差する軌道への衛星投入が必要になり、そうした打ち上げ需要が増すという予測だ。
そこでIHIエアロスペースでは、海外需要を取りに行くために「商業ミッションとして国内、海外向けのコンステレーション専用打ち上げを提案する。コンステレーション衛星を6機まとめて1軌道面に投入するパッケージ提案を行なう。
ライドシェア打ち上げの場合、ロケット1機の打ち上げ価格を複数の衛星でシェアするためコスト負担は小さくなるが、衛星1機ごとに希望する軌道にきめ細かく対応してもらうことは難しくなる。SSOのように「人気」の軌道ならば打ち上げ機会が多いが、コンステレーション構築の後半になるにつれて、打ち上げ機会の提供が少なくなる。イプシロンは商業打ち上げのシェア獲得に向けて、現在ではあまりチャンスのない斜めの軌道を取りに行く戦略に動き出している。
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クレジット | Photo:yahikoworks |
- 秋山文野 [Ayano Akiyama]日本版 寄稿者
- フリーランスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。