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新型コロナの経済対策に「気候変動」は含まれるべきか?
Photo by Eduardo Munoz Alvarez/Getty Images
We need economic relief now. Climate policy can come later.

新型コロナの経済対策に「気候変動」は含まれるべきか?

新型コロナウイルスの感染拡大によって世界経済が大きく落ち込む中、景気刺激策の中身が問われている。脱炭素社会への流れに逆行する政府支援をどう考えるべきだろうか? by James Temple2020.04.25

米国議会が約2兆ドルの景気刺激策の議決を協議し、航空業界やカジノ、クルーズ船、その他の業界が政府の救済策を求める中、当然考えなければならないことがある。米国の景気刺激策にクリーン・エネルギーの推進や気候変動への対策が含まれるべきではないか? ということだ。

多くのエネルギー経済学者や研究者にとって、はっきりとした答えは「含まれるべき」だ。ただし、「今ではない」。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の蔓延により、史上最速の勢いで経済状況が悪化している。そのため、目下の優先事項は感染者に治療を提供し、仕事を失ったり失いそうになっている何百万人もの人々を安心させる対策をとることだ。3月22日、セントルイス連邦準備銀行のジェームズ・ブラード総裁は、第2四半期の米国の失業率が30%に達する可能性があると述べた。失業率30%は、1930年代の世界恐慌時を上回る水準だ。

「現在の事態に対処するため、我々は政府に対し、あらゆる水準で、早急かつ大規模な対応を求めています」。コロンビア大学グローバル・エネルギー政策センターの経済学者であるノア・カウフマン博士はいう。「他に良い表現がないのでこう言いますが、『出血』が止まるまで他の対策を混ぜ合わせることは、混乱や遅延を招く可能性があります」。

エネルギーシステムを研究するプリンストン大学のジェシー・ジェンキンス助教授は、公衆衛生と経済危機に対して、一連の複数の大規模な政策対応が必要だと語る。政府がいま集中すべきは新型コロナウイルスによる災害対策であり、経済刺激策ではないとジェンキンス助教授はいう。結局のところ、広がり続けるパンデミック(世界的な流行)の影響で多くの人々が屋内退避を余儀なくされているときに、人々を経済活動に戻すことはできないのだ。

「最重要事項は、人々にお金を渡し、人々が生活費を支払い、食品や薬品を購入し、外出しないでいられるようにすることです」(ジェンキンス助教授)。

ハーバード大学のロバート・スターヴィンス教授(エネルギー経済開発)は、短期的な経済刺激策はすべて、病院を含む極めて重要な医療機器を製造する企業など、新型コロナウイルスの影響を直接受ける産業に向けるべきだ、とメールでコメントした。

一方、米国が経済を再興できる状態に戻ったタイミングに備え、よりクリーンで持続可能な再建策について議論すべき、と呼びかける学者や活動家もいる。

3月22日、米民主党の大統領選政策について助言する専門家と学者で構成されるグループは、2兆ドル規模の環境改革推進策「グリーン・スティミュラス(Green Stimulus:緑の景気刺激策)」を発表。経済の再活性化、数百万もの「環境にやさしい仕事(green jobs)」の創出、低炭素産業の成長加速を訴えている。

この政策パッケージは、米国経済が温室効果ガス排出量ゼロを達成し、失業率が3.5%未満に低下するまで、年間GDPの4%(現在は約8500億ドル)を予算として自動的に更新されることになる。また、掘削装置の撤去や発電所の廃止によって破綻する化石燃料企業を国有化するための回転基金を含む。

もしこの段階で化石燃料産業を強化する経済刺激策を容認してしまったら、「本当に困ったことになります」。政策パッケージの筆者の1人で、シンクタンク「アーバン・オーシャン・ラボ(Urban Ocean Lab)」の創設者でもある海洋生物学者のアヤナ・エリザベス・ジョンソン博士は3月23日の記者会見で語った。

石油やガスの価格が崩壊すれば、数週間あるいは数カ月後に、米国のエネルギー企業の一部が破綻に陥る可能性がある。しかし、カウフマン博士は、長期的な気候目標は別としてて、エネルギー関連産業で雇用されている多数の人々と現在の経済状況を考えると、その時点でのエネルギー産業の破綻は避けたい考えだ。

「エネルギー関連産業の従業員や彼らのコミュニティ、倒産による広範囲にわたる経済への影響を考えると、最悪の結果を避けるよう努めるべきです」。カウフマン博士はツイッターのメッセージで語った。

カウフマン博士は、エネルギー関連産業への援助は、経済全般にわたる排出量目標や同様の政策への協力を条件とするべきだと付け加えた。2008年の金融危機で実施された自動車産業への救済策で、より高い燃費水準の達成を自動車会社に要求したのと同様だ。

ジェンキンス助教授によると、グリーン・スティミュラスの実施を考えるべき段階に達した際、環境に関する最優先事項には次のようなことが含まれている。太陽光発電や風力発電の開発を加速する補助金制度、相互に接続された長距離送電線の建設を促進するため規制当局による承認の簡素化、電動移動手段の国内製造と販売を強化するため新しいインセンティブ、低コスト融資、その他の対策の創出などだ。

しかし、広がりを見せるパンデミックは大恐慌時代と同様、より強力な社会保障の必要性も強調しているとジェンキンス助教授はいう。政府が現在、あるいはこれから企業に提供する財政的支援はすべて、仕事を維持する、あるいはできるだけ早く元の仕事に戻る、健康保険を維持する、体調不良の際は職場から離れ、この危機を乗り切るために十分な額のお金を受け取れる、といったことを確実にするのが条件となるべきだ。

「それがいま、取り組む価値があるものです」(ジェンキンス助教授)。

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MITテクノロジーレビュー[米国版]のエネルギー担当上級編集者です。特に再生可能エネルギーと気候変動に対処するテクノロジーの取材に取り組んでいます。前職ではバージ(The Verge)の上級ディレクターを務めており、それ以前はリコード(Recode)の編集長代理、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニストでした。エネルギーや気候変動の記事を書いていないときは、よく犬の散歩かカリフォルニアの景色をビデオ撮影しています。
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