エディターズ・レター:人類の本質的な弱点を突いた新型コロナ
新型コロナが私たちに突き付けたのは、身近なものになるまで脅威を軽視するという人間の本質だ。人類は世界的危機をいかにして乗り越えられるのか。新型コロナウイルス感染症特集に寄せる、米国版編集長からのエディターズ・レター。 by Gideon Lichfield2020.04.25
本記事を執筆しているのは2020年4月10日。サンフランシスコが米国の都市として初めて市民に自宅待機命令を課してから、25日が経過した。半年くらい経った感じがする。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが目まぐるしい勢いで世界に広がり、経済と医療システムではドミノ倒しが起きている。ジョンズ・ホプキンス大学が運営するダッシュボードによると、現時点での新型コロナウイルス感染症の感染者数は世界で161万7204人で、9万7039人が死亡している。死者数の内訳を見ると、イタリアで1万8279人、米国で1万6686人、スペインで1万5843人、フランスで1万2210人、英国で7978人などとなっている。本記事の執筆を終える頃には、感染者数、死者数共に著しく増加しているだろう。
この状況とは対照的に、中国での死者数は3340人程度を維持している。アウトブレイクをほぼ封じ込めた武漢市の都市封鎖が4月8日に解除され、住民は市外へ移動し始めている。ニューヨーク市の公式死者数は4月10日時点で5150人。この数値には、新型コロナウイルス感染症の検査を一度も受けたことがない人は含まれていない。4月の最初の5日間で、路上または自宅で死亡したニューヨーク市民は1125人。2019年の同時期と比べて8倍に増加している。つまり、ニューヨークの実際の死者数はニューヨークより人口の多い武漢市の2倍以上ということだ。そして、恐ろしい速度で増加し続けている。
中国が感染者数を一部隠蔽しているという説を考慮に入れたとしても、今になってみれば、世界各国が中国の状況を把握した時に、すぐに措置を講じなかったことは驚きに値する。さらに、欧州におけるドミノ現象のスタート地点となったイタリアで大きな被害が広がっていることを知った時、多くの国がすぐに全面的な都市封鎖を実行しなかったことはさらに不可解だ。イタリアのロンバルディア地方や中国の湖北省で起きたウイルス拡散がニューヨーク市では起きないと考えるのは、物理法則が場所によって異なると考えるようなものだ。
しかし、身近なものになるまで脅威を軽視するのは人間の本質だ。昨日(4月9日)、ニューヨーク市の緊急治療室に勤務するクレイグ・スペンサー医師に話を聞いた。スペンサー医師は中国と西アフリカで活動経験があり、西アフリカではエボラ出血熱の治療に従事したが、その後感染した。スペンサー医師は武漢でのアウトブレイクについて知った時、すぐに新型コロナウイルス感染症が世界中に広がると分かっていたと述べた。多数の公衆衛生の専門家が、同様のパンデミックのモデリングと計画に何年も費やしていた。トランプ政権は、2019年の秋に独自のパンデミック想定演習を実施している。ニューヨーク市は2006年に人工呼吸器の備蓄を始めたが、その維持を中止した。パンデミックが現実のものになるまで、専門家によるすべての計画に対して、政治家や有権者はその脅威をリアルに感じることはなかった。
これが、新型コロナウイルス感染症が明らかにしたパラドックスだ。人間は相互に密接に関わりあっているため、ウイルスは1人1人に到達できる。しかし、人間は非常に視野が狭く閉鎖的であり、ある場所で発生している出来事が別の場所で同じように発生することを想像できない。国境を閉ざし、物資を買い占め、互いを非難し合う国が増えるにつれて世界の偏狭化が進み、気候変動を抑制するための世界的な取り組みがさらに妨げられる恐れがある。
それでも、MITテクノロジーレビューの新型コロナウイルス感染症特集は先行きの暗い記事ばかりではない。読者に最新の情報を届けられるような記事を作ろうと奔走しながら、ほとんどの記事が暗闇を照らす希望の物語であることに気づいた。治療薬を見つけるための超人的努力、新型コロナウイルス感染症との闘いに専門知識を提供するあらゆる分野の科学者およびテクノロジスト、封鎖解除、データ・プライバシーの見直し、経済活動の再開、メンタルヘルスケアの見直し、および安全な選挙の実施に向けた計画、優れたアウトブレイク対応に成功した国々から学ぶ教訓、そして、備えや孤立状態における回復力に関する数々の物語。
厳しい時代だ。しかし、すべての人が脅威を身近に感じられるようになった今、私たちは共に立ち向かうことができるかもしれない。
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- ギデオン・リッチフィールド [Gideon Lichfield]米国版 編集長
- MITテクノロジーレビュー[米国版]編集長。科学とテクノロジーは私の初恋の相手であり、ジャーナリストとしての最初の担当分野でもありましたが、ここ20年近くは他の分野に携わってきました。まずエコノミスト誌でラテンアメリカ、旧ソ連、イスラエル・パレスチナ関係を担当し、その後ニューヨークでデジタルメディアを扱い、21世紀のビジネスニュースを取り上げるWebメディア「クオーツ(Quartz)」の立ち上げにも携わりました。世界の機能不全を目の当たりにしてきて、より良い世の中を作るためにどのようにテクノロジーを利用できるか、また時にそれがなぜ悪い結果を招いてしまうのかについても常に興味を持っています。私の使命は、MITテクノロジーレビューが、エマージングテクノロジーやその影響、またそうした影響を生み出す人間の選択を模索するための、主導的な声になることです。