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選挙戦術に利用される「反ユダヤ主義」、分断・対立の標的に
Ms Tech | Pexels
It’s 2020 and anti-Semitism is an electoral tactic again

選挙戦術に利用される「反ユダヤ主義」、分断・対立の標的に

今回の大統領選挙では、ユダヤ人コミュニティが反ユダヤ主義的なネット広告や、Qアノンのような陰謀論のターゲットにされている。ユダヤ人有権者を他の人種や民族的マイノリティと対立させようとする動きが目立つ。 by Tate Ryan-Mosley2020.11.05

米国最大のユダヤ人団体である名誉毀損防止同盟(ADL:Anti-Defamation League)の追跡調査によると、2019年に米国では2107件の反ユダヤ主義事件が報告され、記録的な年となった。これは2016年に報告された件数のほぼ2倍だ。反ユダヤ主義が復活した背景には、Qアノン(QAnon)の主流化、より広い範囲で増加するヘイトスピーチ、オンライン上で多くの政治空間が急進化していることが挙げられる。最新の調査によると、フェイスブックに公開された投稿の9%は、ユダヤ系米国人に対する中傷だった。ユダヤ人の有権者は、4年前より安全でないと感じていると報告しており、ユダヤ人有権者の80%以上は、反ユダヤ主義と白人ナショナリズムの増加が、2020年の大統領選挙で最も重要なテーマの1つであると考えている。

ユダヤ系が米国の人口に占める割合はわずか2%以上である。しかし、有権者としては最大4%を占めており、フロリダ州やペンシルベニア州などのスイングステート(激戦州)では極めて重要な人口を占めている。ユダヤ人有権者は全体的に民主党に投票する傾向がある。だが正統派ユダヤ教徒は右寄りで、ユダヤ人は全体として両方の政党に不釣り合いな額の資金を提供している。

しかしながら、今回の選挙で、ユダヤ人有権者は噂されることの方が話しかけられることより多い。大統領選挙につながる政治的会話には、偽情報や分裂を招く情報があふれ、オンライン・キャンペーンでは、ユダヤ系米国人を他の有権者グループ、特に他の人種や民族的マイノリティと対立させることが多い。反ユダヤ主義的表現が核となる戦略になっているグループもある。

分断を生む

米国で史上最大の抗議運動の最中だった6月12日、新たなチャンネル「ブラック・ライブズ・マター・グローバル(Black Lives Matter Global)」が、暗号化されたメッセージング・プラットフォームであるテレグラムに突如出現した。このチャンネルは「ブラックパワー」でいっぱいになり始め、ブラック・ライブズ・マター運動(BLM)とユダヤ系米国人が互いに対立しているように見せる反ユダヤ主義のレトリックがあふれた。このチャンネルはテレグラムの多くの白人至上主義グループの間でシェアされ、その内容の一部はフェイスブックにも紛れ込んでいる。今夏のこうした投稿は、黒人とユダヤ系コミュニティに軋轢を生じさせるために、対立を煽り、誤解を生じさせるコンテンツのほんの一例に過ぎない

ユダヤ人であることは、他の過小評価されているコミュニティでも亀裂を生じさせるものとして利用されており、しばしば、よりフォーマルなコミュニケーション・チャンネルでも使われている。主要な激戦州の1つであるフロリダ州では、今回の選挙に関するデマがあふれ、特にヒスパニック系有権者がターゲットにされた。デマの大半は、反黒人および反ユダヤ主義的な内容で、ほとんどが2つのグループ間の誤った関係を主張するものだ。地方紙『マイアミ・ヘラルド』のスペイン語版『エル・ヌエボ・ヘラルド』は9月、ブラック・ライブズ・マター運動と「アンティファ(Antifa)」をユダヤ人が支持していることに対して異議を唱え、2つのグループはナチスと同じだと主張するコラムを掲載したタブロイド紙を折り込んだ。マイアミのスペイン語系ラジオ局のカラコル(Caracol)は、ジョー・バイデンの勝利が「ユダヤ人と黒人」による独裁政権につながると示唆する16分番組を放送した。こうした激しい攻撃により、フロリダ州の女性下院議員デビー・マカーセル=パウエルが、反ユダヤ主義と人種差別主義者の政治的なデマについて、連邦捜査局(FBI)に調査を要請する事態へと発展した。

一方、Qアノンの陰謀論は勢いを増し、オンラインでは反ユダヤ主義を思わせる表現がますます拡散している。2017年、ツイッターにおける名誉毀損防止同盟(ADL)の反ユダヤ主義に関する報告書では、「Qアノン関連のコンテンツでは反ユダヤ主義の描写は現在非常に少なっている」が、「特にサブカルチャーの広がりやすい性質を考慮すれば、今後急増する可能性はある」と警告した。その警告は正しかったことが証明された。Qアノンは以前から存在する「血の中傷」といったあからさまな反ユダヤ主義的描写など、他の多くの陰謀論的な物語を取り込み、白人至上主義者や福音主義者の聴衆を魅了している

ユダヤ人グループの連合である「ユダヤ公共問題評議会(Jewish Council of Public Affairs:JCPA)」のデイビッド・バーンスタイン議長は、「Qアノンは非常に気がかりです。多くの人がこの奇妙な陰謀論の影響を受けやすいことがわかっているからです」という。「人々がこんなでたらめな話を信じるなら、ユダヤ人に関するあり得ない陰謀論を信じる人もいるでしょう。陰謀論の利用や偏見の一つの形態が別の形態に簡単に変わる可能性があるのは明らかです」。

2020年の選挙では24人の議会候補者がQアノンに関連するコメントをしており、その候補者の中から少なくとも1人は勝つことが期待されている。また、トランプ大統領はQアノンを非難することを何度も拒否しており、共和党のイデオロギーの傘の下に実質的なカルトが身を寄せている状態となっている。

中傷

元ニューヨーク市長であるマイケル・ブルームバーグは10月15日に、米国ユダヤ人民主会議(Jewish Democratic Council of America)に25万ドルを寄付すると発表した。フロリダ州のユダヤ人有権者の間でジョー・バイデンへの支援を後押しするためだ。翌週、同州ハイランズ郡の共和党は、フロリダ州の票を買って予備選挙を破壊しようとしているとして、ブルームバーグとジョージ・ソロス(日本版注:ハンガリー系ユダヤ人の投資家)を非難する広告をフェイスブックに出した(共和党のフェイスブックページはあらゆる誤情報であふれている)。

ブルームバーグ、ソロス、バーニー・サンダースなどユダヤ人を引き合いに出すオンライン広告は、反ユダヤ主義に向かわせるものが多い。新たな政治広告をフェイスブックに出すことが禁止される前日である10月26日、に、フェイスブックで100万人以上のフォロワーを持つ保守系の非営利団体「アメリカン・アクション・ニュース」はジョージ・ソロスの写真と「焼き払え:トランプが勝ったらソロスは全土を混乱させようと企んでいる」とキャプションを付けた広告を出した。これはバージニア州の1万人から5万人のフェイスブック・ユーザーのグループをターゲットにしたものだ。この広告は、扇動的なコンテンツを禁止するフェイスブックのポリシーに違反しているにもかかわらず、10月26日から11月1日まで表示された。

ユダヤ人の政治家を中傷すると、政治における反ユダヤ主義の主流化につながる。ユダヤ公共問題評議会のバーンスタイン議長は、実のところ、このことが大統領選挙でさほど大きな役割を果たしていないことに「驚きつつ喜んでいる」。だが、小規模な選挙運動では反ユダヤ主義的な憂慮すべき事件があるという。

偽りの教義

ユダヤ系の有権者は、ネット上のキャンペーンでもターゲットにされている。これは彼らが政治的に統一されたグループではない証拠だ。ユダヤ系のドナルド・トランプ大統領支持者は、2016年以降5%増加したが、全米の世論調査ではジョー・バイデンを支持するユダヤ人は多い。だが、ユダヤ人コミュニティ内の分断は、ネット上のデマによって深まっている。

例えば、政治行動委員会「ジューズ・チューズ・フォー・モア・イヤーズ(JewsChoose4MoreYears)」は、激戦州のユダヤ系新聞の多くの広告に資金を出した。そのうちの1つは、「ユダヤ人にとって良い結果にならない」と題され、ムスリムであるラシダ・タリーブ下院議員がホロコーストを支持したという偽の情報が含まれていた。多くのユダヤ系新聞は、この広告の掲載を拒否している。

このような話は出所がはっきりしないので、混乱を招くものであり、警戒が必要だ。こうした類の広告について尋ねると、バーンスタイン議長はこう述べた。「私は特にユダヤ人有権者を狙ったあらゆる種類のデマを見てきました。デマは反主流派のユダヤ人グループや、個人、キャンペーンの支援者たちが流しているのかもしれません」。

ユダヤ公共問題評議会は10月最終週に、自由、公正、アクセスしやすい選挙を提唱する90のユダヤ人組織の署名が入った共同声明を発表し、必要に応じて選挙を監視、対応するための緊急対策チームを立ち上げた。バーンスタイン議長は、「困難でもやりがいのあることだと認識しています」と語る。

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テイト・ライアン・モズリー [Tate Ryan-Mosley]米国版 テック政策担当上級記者
新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。
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