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米、ゲノム解析に17億ドル
変異株監視の巨額費用は
将来の危機に役立つか?
Ms Tech | Getty, Envato
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The CDC’s $1.75 billion sequencing boom may throw money at the wrong problem

米、ゲノム解析に17億ドル
変異株監視の巨額費用は
将来の危機に役立つか?

より感染力が強い変異株を監視するためとして、米政府は新型コロナウイルスの遺伝子配列解析に17億5000万ドルもの予算を計上した。だが、将来も通用するような基盤を整備するといったような国レベルの戦略も持たずに、やみくもに新型コロナウイルスの遺伝子配列を集めるだけでは資金が無駄になる可能性がある。 by Cat Ferguson2021.04.27

就任直後のバイデン大統領から新型コロナウイルス対策調整官に任命されたジェフ・ザイエンツは、米国が何をすべきか、1月の記者会見でメッセージを発信した。「米国は遺伝子配列解析では世界で43位です。全くもって受け入れられないことです」。

ザイエンツ調整官は、こうした状況の打開策について、「適切な量の遺伝子配列解析を実行することです。そうすれば、変異株を早期に発見できます。それが、今後出現する可能性のある変異株に対処するための最良の方法です」と語った。

中国の武漢で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最初の症例が確認されて以来、科学者たちは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のサンプルのゲノム配列を解析してきた。最初のmRNAワクチンは、中国の科学者たちが2020年1月に公開した遺伝子コードを使って作られた。新型コロナウイルスの遺伝子配列解析作業はかつてない規模で実行されている。すでに2020年12月中旬の時点で、米国内で得られた5万1000件の新型コロナウイルスのゲノムが解読され、公開リポジトリに掲載された。この数は、1年間に米国疾病予防管理センター(CDC)が遺伝子配列を解析するインフルエンザ・ウイルスのサンプル数の7倍にあたる。

米国での新型コロナウイルスの遺伝子配列解析は、ほとんどが学術機関で実施されている。これは最近まで、ゆっくりと着実に進化するとされているウイルスの変化を追跡することは、学術的な研究であると考えられていたからだ。

2020年11月から12月にかけて、英国と南アフリカの両国が、より感染力の強い新型コロナウイルス変異株の存在を発表し、突然変異したウイルスを封じ込めるためにデンマークが1500万頭のミンクを殺処分すると発表した。しかし、そうしたときでさえ、多くの科学者や公衆衛生機関は、ワクチンで人々が免疫を獲得すれば、新型コロナウイルスを抑え込めるだろうと主張していた。

それでもなお、「変異した新型コロナウイルス」が「制御不能」な状態で広がっていると警告する報道がされると、政治家や一般市民は「懸念される変異株」が米国内に存在するかどうかを知りたがった。

これに対してCDCは、「米国内の症例のうち遺伝子配列が解析されたものはごく一部であることを踏まえると、変異株は検出こそされてはいませんが、すでに米国内に存在している可能性があります」とインターネット上に声明を出した。

「米国は状況を把握できていない」ということは、自分の研究への支援を求める科学者たちの間だけでなく、問題の解決を求めて米国の対応を批判している人々の間でも、すぐに繰り返し囁かれるようになった。不正確な報道に起因する困惑も生じていた。たとえば、12月22日のニューヨーク・タイムズ紙の報道では、12月1日以降、米国で配列が解析された新型コロナウイルスのゲノムは40件に満たないと報じられた。だが、実際にはこの期間内に、米国の研究機関が、1万件近くの新たなゲノム配列を公開リポジトリに提出していた。

バイデン政権になってからは、資金面や政治面での支援が急速に進み、CDCには遺伝子配列解析作業のために2億ドルの「頭金」が用意された。さらに、3月に可決された救済法案では、「新型コロナウイルスを含む病気や感染症」の遺伝子配列を解析する全国的な公衆衛生プログラムへの支援として、17億5000万ドルという目玉が飛び出るような金額が計上された。

CDCと世界保健機関(WHO)は、変異株の広がりを追跡するため、新型コロナウイルス感染症の陽性サンプルのうち5%の遺伝子配列を解析するという目標を設定した。これは、シーケンサー(遺伝子解析装置)の主要メーカーであるイルミナ(Illumina)の査読前論文の研究に基づく数値だ。

米国はこの目標をすぐに達成したが、そのほとんどが、民間の検査機関に費用を支払い、少数の陽性サンプルを解析するよう依頼したものだった。3月の最終週には、新たに45万件の症例が報告され、米国の研究機関(他のプログラムで資金提供を受けている学術研究機関を含む)によって、匿名化された1万6143件の遺伝子配列が生物学的データの国際リポジトリである「GISAID(Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data)」に、6811件が国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)に提出された。

ただし、この期間は過去6カ月間で最も症例数が少なかった。もし、1月のピーク時に5%の症例の遺伝子配列を解析していたら、米国の研究機関は1日あたり100万ドルをはるかに上回る費用をかけて、5倍の数のサンプルを解析しなくてはならなかっただろう。

米国は、新型コロナウイルスの遺伝子の進化を研究するのにはおあつらえ向きの場所であるはずだ。広範囲に感染が広がり、国民は遺伝的多様性があり、ワクチンを接種した人口は世界で最も多い。しかし、遺伝子配列の解析が進んでいるにもかかわらず、公衆衛生の専門家や科学者の中には、これらの情報がどのように活用されているのか、また、この分野の目標がどの程度達成可能なのかについて疑問を抱いている人もいる。

CDCは、ゲノム監視について説明している公式サイトで、ワクチンや治療が変異株に効かなくなったかどうかを、新型コロナウイルスの遺伝子配列を解析することで把握できると述べている。しかし、CDCの遺伝子配列監視プログラムは、解析した遺伝子配列を、どのような人から得られたものなのか、その人はワクチンを受けていたのか、症状はどれほどだったのか、といった情報とは結びつけていない。

一方で、このような匿名化された遺伝子配列の「監視」に対する最大の言い分は、起こりうる感染率の変化を関係機関に早期に警告できるということだ。しかし、米国ではより感染力の強い変異株が定着しているというニュースが報道されても、各州ではマスク着用の義務化を緩和したり、屋内での食事の提供を再開したりしている。

今回の新型コロナウイルス感染症パンデミックで直接経験を積んだ大勢の遺伝子配列解析の専門家に話を聞くと、多くは同じことを口にする。監視データを有用な知識に変えようとすると、米国では法的、政治的、インフラ的に非常に大きな障壁があり、中には乗り越えられないものもあるという。

科学者や政策立案者が、新型コロナウイルスの遺伝子配列が必要な理由や、そのデータをどのように活用する最善の方法を考えなければ、ゲノム監視の効果は期待できず、可能性の多くが無駄になってしまう。

「米国でこのようなことを上手くやるのは非常に困難です」と、ジョンズ・ホプキンス大学のヘルス・セキュリティー・センターの上級アナリストであるレーン・ウォームブロドは言う。「もしこの莫大な資金が新型コロナウイルスの遺伝子配列を大量に得るためだけに使われ、永続的なものを作るために何も考えられていないとしたら、非常に残念なことです」。

遺伝子配列の監視では不可能なこと

遺伝子配列の解析が公衆衛生において革命的であることは間違いない。少なくともmRNAワクチンは、不調を訴えた男性が武漢の病院を訪れてから、たった1カ月後に公開された遺伝子配列を利用して開発されたものだからだ。

遺伝子配列の監視は、陽性サンプルの一部の遺伝子コードを特定し、時間の経過による変化を調べるものだ。研究者がウイルスの進化を追跡するのに役立つ。ある株が他の株よりも急速に増加している場合、研究者はその株に的を絞り、さらに調査することが可能となる。

「CDCによる監視は不完全なものですが、ある地域全体で感染がいつ、どこで発生しているかを確認し、大規模な変化のパターンを特定できます」と、CDC高度分子検出局(OAMD:Office of Advanced Molecular Detection)の最高科学責任者(CSO)であるダンカン・マッカネル博士は言う。OAMDは、米国における遺伝子配列解析の拡大への取り組みを担当している機関だ。

遺伝子配列の監視がなぜそれほど重要なのかという質問に対して、関係当局は「現実世界における変異株の挙動を追跡するのに役立つ」と答えるのが一般的だ。しかし、このような主張は次の2つのことを混同していることが多い。匿名化された陽性サンプルの遺伝子配列を抽出して抜き出すことと、特定の識別可能な症例を理解するために対象を絞った分析をすることだ。

例えば、CDCの新型コロナウイルス変異株の遺伝子配列監視についてのページでは、「遺伝子配列データの日常的な分析」によって、「自然免疫やワクチンによる免疫を逃れる能力」を持つ変異株や「軽度または重度の疾患を引き起こす」変異株を検出するのに役立つと主張されている。

変異株がいつ免疫システムから逃れられるようになるかを知ることで、科学者はワクチンの処方を変更する必要があ …

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