KADOKAWA Technology Review
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新リチウム金属電池、「ガソリン車並み」EVは実現するか?
Winni Wintermeyer
気候変動/エネルギー Insider Online限定
Novel lithium-metal batteries will drive the switch to electric cars

新リチウム金属電池、「ガソリン車並み」EVは実現するか?

気候問題などで注目されている電気自動車は、価格や航続距離、充電時間などに問題があり、広く普及するには至っていない。米国のスタートアップ企業であるクアンタムスケープが開発しているリチウム金属電池は、電気自動車の欠点を克服し、ガソリン自動車と同じくらい便利で安価な電気自動車を実現するかもしれない。 by James Temple2021.04.27

電気自動車が大々的に宣伝され、期待が高まっているにもかかわらず、新車販売台数に占める電気自動車の割合は、いまだに米国で2%程度、世界的に見てもこれより少し高い程度にすぎない。

10 Breakthrough Technologies
この記事はマガジン「10 Breakthrough Technologies」に収録されています。 マガジンの紹介

多くの購入者にとって、電気自動車はとにかく価格が高すぎるし、航続距離が短すぎる。充電にしても、サッと便利にできるガソリンスタンドでの給油には到底及ばない。

こうした電気自動車の限界は、車両の動力源であるリチウムイオン電池に由来している。リチウムイオン電池は、コストがかかるし、重いし、すぐに電池切れになってしまう。さらに悪いことには、リチウムイオン電池は液体電解質を使っており、車が衝突したときに炎上してしまうこともある。

ガソリンで動く車に対する電気自動車の競争力を高めるには、その欠点を補うような、画期的な電池が必要となる。少なくともそう主張するのは、クアンタムスケープ(QuantumScape)のジャグディープ・シンCEO(最高経営責任者)だ。シリコンバレーのスタートアップ企業であるクアンタムスケープは、まさにそうした電池を開発したと主張している。

同社は、半世紀近くも研究者を悩ませてきた化学の難問を解決することができたという。その難問とは、周期表で最も軽い金属であるリチウムを使って、火災の危険性といった日常的な危険性をもたらしたり、性能を犠牲にしたりすることなく、電池内に詰め込めるエネルギー量を増加させるにはどうすればよいか、というものだ。同社はこの難問を、主に可燃性の液体電解質を固体化することで解決したという。

フォルクスワーゲンはこの技術に大きな興味を示し、クアンタムスケープに数億ドルを出資した。フォルクスワーゲンは、クアンタムスケープと合弁会社を設立してこの電池の量産化にも合意しており、2025年までにフォルクスワーゲン製電気自動車やトラックに搭載するとしている。

より速い充電で、より長い航続距離

従来のリチウムイオン電池では、2つの電極のうち一方の電極であるアノード(負極)のほとんどがグラファイト(黒鉛)でできている。グラファイトは炭素の一種であり、電解液を介してアノードとカソード(正極)の間を行き来するリチウムイオンを容易に取り込んで放電できる。この荷電粒子の流れが電流となって電池から流れ出て、モーターなどに電力を供給する。ただ、グラファイトはリチウムイオンのホスト物質にすぎず、リチウムイオンは炭素シートの間に入り込んでいる。荷物が棚の上に載っているようなものだ。グラファイトは、自らの力ではエネルギーを蓄えることも、電流を生み出すこともできない重荷なのだ。

リチウム金属電池は、アノード自体がリチウムでできている。つまり、電池のアノードに含まれるほぼすべての原子を利用して電流を生み出せるというわけだ。理論的には、リチウム金属アノードをベースとする電池は、グラファイトを使う電池に比べ、同じ重量・体積で50%以上多くエネルギーを蓄えられる。

ただ、リチウム金属は反応性が非常に高いため、液体電解質と常に接触していると反応が起こり、電池の劣化や発火の原因にもなる。そう語るのは、カーネギーメロン大学でリチウム金属電池を研究し、クアンタムスケープのコンサルタントを務めるベンカット・ビスワナサン准教授だ。別の問題として、リチウムイオンが行き来する際にデンドライトと呼ばれる針状の構造が電池内に形成される場合があり、電池のショートや発火の原因となることも挙げられる。

2020年11月に上場したクアンタムスケープは、秘密裏に10年間、研究開発を続けてきている。同社の固体電解質電池が上記の問題をどのように克服しているのかについての重要な詳細はまだ明らかにされていないが、性能は驚くほど優れているとされる。

2020年12月のオンライン・プレゼンテーションで開示された一連のグラフによると、同社の実験用の単層バッテリーは15分で容量の80%以上にまで充電でき、走行距離で数十万キロメートルまで使用でき、氷点下でも問題なく動作可能であるという。同社は、この電池によって電気自動車の航続距離を80%以上伸ばせると考えている。つまり、現在は1回の充電で400キロメートル走行できる車が、720キロメートル走行できるようになるということだ。

「クアンタムスケープには驚かされました」と、オークリッジ国立研究所の電池研究者で、固体電解質に関する先駆的な研究をしてきたナンシー・ダドニー博士は言う。「一見したところでは、とてもよいと思いました」。だが、博士は「他の電池の進歩においても、以前に同じようなことはありました 」と付け加えた。

ダドニー博士が指摘するように、画期的技術を期待されながら結局失敗に終わったスタートアップの例は、電池の分野では枚挙にいとまがない。クアンタムスケープをこの先待ち受けている課題も困難を極めるものであり、その中でも、試作セルを商用化し、製品として低コストで製造できるようにすることについては、とりわけ苦労しなければならないだろう。

同社が成功すれば、電気自動車市場を大きく変えることになるかもしれない。コストが削減され、航続距離が伸び、ガソリンスタンドで給油するのと同じくらい便利に充電できるようになれば、何千ドルもの大枚をはたいて自宅に充電ポートを設置できるようなお金持ち以外にも売れるようになるし、遠出すると足止めを食らってしまうのではと心配 …

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