KADOKAWA Technology Review
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ケタミン、MDMAも研究
米国で広がる「幻覚剤」療法
女性を救う日は来るか
Kate Dehler
生物工学/医療 Insider Online限定
Psychedelics are having a moment and women could be the ones to benefit

ケタミン、MDMAも研究
米国で広がる「幻覚剤」療法
女性を救う日は来るか

幻覚剤の科学的研究が米国でこれまでになく活発になっている。微量であれば、PTSDやうつ病などに効果があるとの研究結果も出始めている。特に、産後うつ病などに悩む女性に大きな恩恵をもたらす可能性がある。 by Taylor Majewski2022.09.26

ニキータ・シンガルは、自身の人生が変わった瞬間について話すとき、今でも息が詰まってしまう。トロント大学で精神科の研修医として働くシンガルは、サイケデリック医薬品(幻覚剤)であるアヤワスカ、ケタミン、そしてMDMA(methylenedioxymethamphetamine)を使用することで、7歳から患ってきた摂食障害にやっと向き合えたという。

シンガルは、ある時に両親とともにアヤワスカを使用した際のトリップについて回想し、「感情面でも心理面でもとても苦しいものでした」と話す。「自分自身を外側から見ているようでした。混沌の嵐の真ん中で、病を慰めや安心の源にしてしまっている自分がいました。病は、20年にもわたって私を深く蝕み続けるうちに、慰めや安心の源になってしまっていたのです。自分の考え方を変えることなど全く想像できませんでしたが、私は今、絶対に不可能だと思っていた自分になれています」。

シンガルは、治療センターへの入退院を繰り返しながら育った。その経験が、精神科医を目指すきっかけとなった。現在シンガルは、自身も幻覚剤療法を提供できる日がそう遠くないうちにくるのではないかと考えている。シンガルは、「(患者が幻覚剤を使用する)セッションをたった1回受けるだけで、従来の心理療法では何年も何年もかかっていたかもしれないレベルで大きく改善することがあります。本当に驚くべきことです」と話す。「セッションが終わると別人のようになるのです」。

今、幻覚剤(サイケデリックス)が注目されている。幻覚剤は、数十年にわたって禁止や批判の対象となってきたが、治療用の医薬品として使われることが増えているのだ。ケタミン、MDMA、そしてシロシビンを含むマジックマッシュルームを対象に、うつ病、薬物乱用、そしてその他幅広い疾病に対する効果を確かめる臨床試験が実施されている。そして、長らくタブー視されていたこれらの医薬品に再び科学者の注目が集まる中、特に女性に対して有望である可能性が浮上している。

本記事の執筆にあたって、シンガル以外にも何人かの女性に取材した。すると、快楽を得るためではなく治療を目的に実験的に幻覚剤を使用し、症状の改善に成功したという話を聞くことができた。ある女性は、幻覚剤支援療法によって、産後うつ病が改善したという。また別の女性は、微量のシロシビンを使用することで月経前不快気分障害(PMDD)の症状が軽くなり、アヤワスカを使用したトリップでPMDDの症状が完全になくなったと話す。インターネット上の書き込みに目を向けると、レディットやフェイスブック・グループには、シロシビン、LSD(lysergic acid diethylamide)、ケタミン、そしてMDMAを使用して月経前症候群(PMS)、更年期障害、性欲減退、産後うつ病、そして性暴力による心的外傷後ストレス障害(PTSD)が改善したとの女性の書き込みがある。カリフォルニア州の心理療法士ジェニファー・グラルは、自身も幻覚剤によって助けられており、担当する女性患者においても効果があるように見受けられるという。「自分の人生のフォーカスが変わりました。脳の働きや思考形態を変えるのに、本当に役立ったのです。まさに根底から人生が変わる体験でした。私はアヤワスカとシロシビンを使いました。今後また使うかはわかりませんが、必要となれば使うことも検討します。幻覚剤は、そのような姿勢で使うべきだと思います」。

アイェレット・ウォルドマンは、2017年の著書『A Really Good Day: How Microdosing Made a Mega Difference in My Mood, My Marriage, and My Life(とてもいい日——微量の幻覚剤で私の気分、結婚生活、そして人生がどのように大きく変わったか)』(未邦訳)において、重度の「気分の乱高下」を治療するために微量のLSDを1カ月使用した際の経験を綴った。この本が出版されると、世界中の何千人もの女性からウォルドマンに便りが届いた。ウォルドマンは、「女性が女性の健康に関して絶望に陥っている現状が浮き彫りになっているのだと思います」と言う。「なぜ絶望かというと、周知のとおり、誰も女性の健康を研究しようとせず、誰も女性の訴えに耳を傾けないのです。女性ならではのメンタルヘルス系の問題を訴えると、特に相手にされません」。

現代医学のほとんどの知見は、体も心も男性である人のみを対象に実施された研究によって蓄積されてきた。実際、1990年代に米国立衛生研究所再編法が議会を通過するまで、臨床研究の被験者に女性を含めることは必要とされていなかった。そのため、医学の基盤となっている科学的知見、例えば疾病の予防、診断、そして治療に関する知見では、本来は性やジェンダーが重大な影響を与えるにも関わらず、その事実が見過ごされていることがしばしばある。その結果、医師が女性の苦痛や症状を相手にしない状況が常態化してきた。今でもその状況は続いている。700を超える疾患において、女性は男性より診断が著しく遅れ、時には正しい診断名がつくまで最大10年を要することもある。また女性は、医薬品の有害な副作用のリスクも高い。最近の研究では、米国食品医薬品局(FDA)が承認した86の医薬品において、男性より女性の方が有害な副作用を経験する可能性が高いことが判明している。

自分で幻覚剤を治療に使用する女性が増えているのは、このような問題を抱えた既存の医療システムに対するフラストレーションの結果なのかもしれない。自分で幻覚剤を治療に使用することには、幻覚剤と処方医薬品の間の危険な相互作用や、さらに悪いことにフェンタニルのような他の物質を混入された幻覚剤などのリスクもある。しかし、ここ数年で、こうした幻覚剤についての公式な研究成果が出始めつつある。

女性は男性よりPTSDを患う可能性が高く、トランスジェンダーやジェンダー少数者は、他の人と比べて、PTSDを発症するリスクが大幅に高いとされている。また、うつ病も女性の方が多く、産後うつ病だけでも7人中1人の女性が苦しむ。セラピーに加えてMDMAまたはシロシビンをわずか数回使用するだけで良好な結果が得られることを示唆する複数の研究結果を受けて、米国食品医 …

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