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不妊治療技術が少子化対策の万能薬にはならない理由
Sean Gallup/Getty Images
IVF alone can’t save us from a looming fertility crisis

不妊治療技術が少子化対策の万能薬にはならない理由

体外受精(IVF)などの不妊治療技術は、子どもを持てないとあきらめていた人々の救いとなっている。だが、少子化危機の解決策としては、これらのテクノロジーだけでは十分ではない。 by Jessica Hamzelou2024.07.24

この記事の3つのポイント
  1. 世界の出生率は過去50年間で大幅に低下し人口減少が懸念されている
  2. 体外受精などの不妊治療技術だけでは少子化の解決は難しい
  3. 男女平等の実現や家族に優しい政策についても同時に検討すべきだ
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

7月11日は世界人口デーだ。地球全体の人口は80億を超えており、2030年までに85億人に達すると予想されている。人口過密の危険性や人類が地球に与える悪影響については、常に警告がされている。そのため、私たちが十分な数の子どもを生んでいないことを心配するのは、やや直感に反するように思える。

しかし、多くの科学者は、まさにそのことを心配している。医療と衛生環境の改善により、人類はより長生きできるようになっている。しかし高齢化の進行に歩調を合わせるように、高齢者を支える子どもの数が足りなくなってきている。ほぼすべての国で出生率が低下しているのだ。

でも待ってほしい! この問題を解決するテクノロジーが存在するのだ。それは、体外受精(IVF)である。今や過去に例がないほどの数の子どもがIVFで誕生しており、高齢の親が直面する不妊問題を解決する補助手段として役立ってもいる。ただ、残念ながら物事はそれほど単純ではない。これらのテクノロジーには限界があることを示す研究結果がある。本当に進歩を望むなら、男女平等の実現にも取り組む必要がある。

研究者たちは、平均的な女性が生涯に子どもを何人産むかという観点から出生率を見る傾向がある。安定した人口を維持するには、「合計特殊出生率(TFR)」と呼ぶ数値が2.1程度でなければならない。

だが、この数値は過去50年間下がり続けている。例えば欧州では、1939年生まれの女性のTFRは2.3だったが、1981年生まれの女性(現在42~43歳)のTFRは1.7に低下している。「『過去50年』を3つの言葉で要約すると、『減少』『晩婚』『無子』です」。 イタリアのパドヴァ大学で人口統計学を研究しているジャンピエロ・ダラ・ズアンナ教授は、7月7日に開幕した欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)の年次会議で聴衆にこう語った。

人口減少の背景には多くの理由が存在する。世界のおよそ6人に1人が不妊症に悩んでおり、望んでいるのに子どもを授からない人は多い。一方で、子どもを持たない生き方を選ぶ人も増えている。生活費の高騰に直面し、家を買う余裕を持てないため、家庭を持つことを先延ばしにしている人もいる。将来どうなるか分からないという不安から、子どもを持つことをためらう人もいる。世界的な戦争や気候変動といった脅威が続く中、誰が彼らを責められるだろう。

この少子化危機には、社会的影響だけでなく経済的影響も関係している。少ない若い世代がより多くの高齢者を支えている状況だ。これは持続可能ではない。

ダラ・ズアンナ教授は欧州ヒト生殖医学会で「欧州は現在、世界の人口の10%、国内総生産の20%、福祉費用の50%を占めています」で述べたうえで、「20年後、生殖年齢人口は現在より20%減少しているでしょう」と警告した。

影響を受ける地域は欧州にとどまらない。2021年の世界のTFRは2.2で、1950年に記録した4.8の半分以下だった。最近の推計によると、世界の出生率は年率1.1%の割合で減少し続けている。さらに急激な減少に直面している国もある。例えば、韓国の2021年のTFRはわずか0.8であり、人口維持に必要な2.1を大きく下回っている。このまま減少が続けば、世界のTFRは2050年までに1.83、2100年までに1.59になると予想されている。

では、解決策は何だろうか。IVFや卵子凍結のような不妊治療テクノロジーは、治療法の候補の1つとして注目されてきた。今ではかつてないほど多くの人々が、子どもを得るためにこれらのテクノロジーを利用している。世界では35秒に1人、体外受精児が誕生している。確かにIVFは、35歳を過ぎてから家庭を持つ人々に起こり得る不妊問題など、いくつかの生殖問題の克服に役立っている。高所得国では、すでに出産の5~10%がIVFによるものになっている。「IVFが解決策になるはずだと思う人もいるでしょう」。オーストラリアのニューサウスウェールズ大学の国立周産期疫学・統計部門(National Perinatal Epidemiology and Statistics Unit)を指揮するジョージナ・チェンバース教授は、欧州ヒト生殖医学会の別の講演でこう述べた。

残念ながら、チェンバース教授自身の研究が示すように、テクノロジーがすぐに少子化危機を解決できる可能性はほとんどない。複数の研究結果は、生殖補助医療(ART:Assisted Reproductive Technologies)を利用しても、その国の合計特殊出生率はおよそ1~5%しか上昇しないことを示している。その下限に位置しているのは米国で、2020年の合計特殊出生率はARTの利用によっておよそ1.3%しか上昇していないと推定されている。だがオーストラリアでは、ART利用で出生率が5%も上昇しているのだ。

この差は何だろうか。それは、ARTが利用しやすいかという点に尽きる。米国ではIVFは法外なほどに高く付くことがある。保険が適用されない場合、1回のIVFサイクルに年間可処分所得のおよそ半分に当たる費用がかかることさえあるのだ。一方、オーストラリアでは十分な政府支援を受けられるため、IVFサイクルにかかる費用は年間平均可処分所得のわずか6%で済む。

チェンバース教授たちの別の研究では、「ARTは高齢出産に挑む女性の生殖能力をある程度回復させるのに役立つ」と判明している。この研究結果が正しいのかどうか、ここで断言するのは難しい。IVFで生まれた子どものうち一部が、IVFを使わずとも最終的には生まれていたかもしれないが、その答えを知る由もないからだ。

いずれにせよ、体外受精などの不妊治療テクノロジーは万能ではない。また、過大評価してしまうことで、人々が子どもを持とうとする時期がさらに遅くなる恐れがあるとチェンバース教授は言う。少子化危機に対処する方法は、ほかにもあるのだ。

ダラ・ズアンナ教授と同僚のマリア・カスティリオーニ准教授は、彼らの母国であるイタリアのように出生率の低い国は、生殖年齢人口を増やす必要があると考えている。「今後20年間で達成できる可能性がある唯一の方法は、移民を増やすことです」。カスティリオーニ准教授は欧州ヒト生殖医学会でこう述べた。

子どもを持つことを奨励するために、中には「出産奨励政策」政策を採る国もある。これには金銭的なインセンティブが含まれることもある。例えば日本には、出産一時金と毎月の手当を受け取れる制度があり、ここ最近制度が拡大された(日本版注:出産一時金が42万円から50万円に引き上げられたことを指す)。オーストラリアも同様の「ベビー・ボーナス」を支給している。

「このような政策は有効ではありません」と、チェンバース教授は言う。「出産のタイミングや間隔に影響を与える可能性はありますが、長続きはしません。しかもそのような政策には強制的な面があり、男女平等や生殖および性的権利に悪影響を及ぼすものです」。

ただ、家族に優しい政策は有効かもしれない。かつて、出生率の低下は、女性の労働参加の増加と関連付けられていた。しかし、今はそうではない。チェンバース教授は、現在では女性の就業率が高いほど出生率も高いと指摘する。「女性が男性と対等な立場で仕事と家庭生活を両立できれば、出生率は上昇します」と、彼女は会議で述べた。男女平等や、育児ケアや育児休暇の利用を支援する政策は、はるかに大きな影響を与えることができるのだ。

以上の政策ですべての問題が解決するわけではない。しかし、テクノロジーだけでは少子化危機を解決できないということは認めなければならない。そして、その解決策が男女平等につながるのであれば、それは間違いなく相互利益となるはずだ。

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新たな不妊治療テクノロジーが登場している。例えば2022年12月に、成人の皮膚細胞を実験室で培養して、精子と卵子を作り出す競争について書いた。科学者たちはすでにマウスの細胞から人工卵子と精子を作ることに成功しており、その人工卵子と人工精子から仔マウスも作り出している。次は人工ヒト生殖細胞の番だ。

このような進歩は、親になることに対する我々の認識を変える可能性がある。以前書いたように遺伝子的な親が3人以上いる、もしくは1人もいない赤ちゃんを作れるようになる日もそう遠くないと考える研究者もいる。

エリザベス・カーは1981年に生まれた米国初のIVFベイビーだ。現在、彼女は受精卵の遺伝子検査を請け負う会社で働いており、親が最も健康な受精卵を選択する際の手助けをしている。

地球外での人口維持を考えている人々もすでにいる。オランダの起業家であるエグベルト・エーデルブルックは、宇宙でのIVFに挑戦したいと考えている。「人類には代替案が必要です」と、スコット・ソロモンの取材に答えている。「持続可能な種でありたいなら、複数の惑星に住む種でありたいものです」。


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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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