中国テック事情:北京の公園から消えたロボタクシー運転手のその後
本誌の中国担当記者は2022年、テクノロジー・シーンに関わる中国内外のさまざまな人を取材した。彼らは今、何を考え、何をしているのだろうか。もう一度連絡を取って、改めて話を聞いてみた。 by Zeyi Yang2023.03.01
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
2023年が始まり、MITテクノロジーレビューの中国担当記者である私は、昨年掲載した中国関連のお気に入りの記事を読み返し、取材で話を聞いた人たちのことを思い出していた。
取材で出会ったすべての人たちにとても感謝している。彼らの話のおかげで、中国やテクノロジーについて、さらにはもっと幅広い人々について理解できたように思う。その取材対象者の中から4人を選び、彼らのその後について話を聞いてみた。
リウ・ヤン:北京のロボタクシー運転手
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2022年の夏に話を聞いたリウ・ヤンはその後、一時的にロボタクシーから離れていた。雇用主のバイドゥ(百度:Baidu)は、北京のシャオガン(首鋼)公園での実験で、セーフティ・オペレーターなしで自動運転タクシーを走らせる認可を得た。そのため、自動運転車に同乗していた彼は地上勤務員となり、走行していない時に車両をチェックしたり、問題に対応したりすることになった。
しかし今年1月、リウは再び自動運転車に乗車することになった。今度は、北京市内にあるバイドゥの2つの本社ビルの間を社員を乗せて走るロボタクシーである。走行時間は15分。ここ最近、乗客は車両にあまり興味を示さない。自動運転技術の開発当事者なのだから、それも無理はないだろう。それでも、リウには人と仕事の話をする機会が多い。従業員を送り迎えする10人の運転手チームの中では上司の立場にあるため、新人のロボタクシー運転手を訓練しているのだ。
「今年は、プライベートでそれほど大きな予定はありません。自分の仕事をしっかりやりたいと思っています」。今のところ、リウの介入を必要とする場面はまだあるが、シャオガン公園での経験が大きな流れを暗に示していることも理解している。それは、自動運転の安全性が十分なレベルに達すれば、ロボタクシーの運転手はお払い箱になるということだ。
そうなったら、彼はどうするのだろうか? 質問をぶつけると、前回と同じ答えが返ってきた。「5G通信を活用した遠隔操作オペレーターのような仕事に移れると思います」。
「李先生」:ゼロコロナ抗議活動で、情報発信のハブになった人物
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「李先生」と呼ばれるイタリア在住の中国人画家は現在、ツイッター上に100万人近くのフォロワーを抱えている。彼は突然有名人になり、人生が大きく変わった。昨年は寝る間も惜しんで、中国のゼロコロナ政策に抗議する人々の映像をリアルタイムで投稿し続けた。すると個人情報がネットに晒されたり、中国にいる家族が政府から圧力を受けたりした。よく分からない理由で、ツイッター・アカウントの利用が一時的に制限されたりもした。
中国の新型コロナ政策が新たな段階に入った後も、リーはフォロワーから提供されたものを投稿し続けているが、その内容は大きく広がった。今では、労働争議の最新情報やソーシャルメディアの検閲の話題から、「Spring Festival Gala(春節連歓ガーラ)」に至るまで扱っている。ガーラは年越しの際にテレビ放映されるイベントで、ここ数十年ほどは政治化が進んでいるが、今でも全国的に視聴されている。
絵画を学んでいたリーは、今後のキャリアの方向性について考えている。「新年の目標は将来を再構築することです。人生の進路が変わってしまいました。(中略)将来どうなりたいのか、まだ答えが出ていません」。一部の報道機関からの誘いもあるが、いまだに決めかねている。まずは最初のキャリアの仕上げとして、絵の描き方を解説した文章を執筆しようと考えている。その後、ジャーナリズムの世界での可能性を探ることになる。
GASO:リンクトインでの暗号資産詐欺を暴いたボランティア組織
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グローバル詐欺撲滅団体(GASO:Global Anti-Scam Org)の存在を知ったのは、2022年の夏、リンクトイン(LinkedIn)での詐欺事件について報じている時だった。この事件では、暗号資産を使った「豚の屠殺詐欺(pig-butchering scam)」で数百万ドルの被害が出ており、主に世界各地に住む中国系の人々が標的となった。自分の資産が奪われて詐欺グループが姿を消した後、多くの被害者は無力感を抱いていた。そこで、同じ罠にかかる被害者を出したくないとの思いから有志が集まり、GASOを設立した。
リンクトインなどのプラットフォームは以前よりも詐欺行為を把握するようになり、一定程度の対策を取るようになったという。ただ、詐欺行為の被害者は今でも発生している。GASOのジャン・サンティアゴ副理事長はそう語ってくれた。若者がオンライン詐欺について理解を深める中、それよりも上の年齢層やソーシャルメディアをよく知らない人々が典型的な被害者となっている。
昨年、GASOのボランティアに話を聞いた時、暗号資産詐欺師の実際の居場所を特定し、使用しているウォレットも把握できるような訓練を積んでいることに驚いた。今年はそうしたスキルを東南アジアの司法機関に伝え、影響力を拡大しようとしている。「台湾では、追跡による暗号資産調査の方法を司法機関に教えるボランティアが増えています。私たちはそうしたスキルを学ぶことの重要性を説明しています」と同副理事長は言う。
ティナ:抗議活動を話題にして、ウィーチャット・アカウントが凍結に
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前回取材した時、ティナのウィーチャット(微信:WeChat)・アカウントは凍結されたばかりだった。北京在住の38歳のこの女性は、大きな目標を設定していた。それは、この機会に「ウィーチャットなしで普通の」生活を送るという試みだった。
3か月後、ティナは目標をほぼ達成することができた。古いバックアップ・アカウントは復活させたが、他の通信手段がないときにしか使っておらず、連絡先も十数件しかない。「(ウィーチャットの)使用頻度が減っても人生にそれほど影響はありません。それに空き時間もかなり増えます」。とは言うものの、ツイッターやテレグラム(Telegram)を使う時間は増えている。そこで今年は、すべてのソーシャル・メディアの1日の合計使用時間を1時間以下にするという新たな目標を立てた。
一方で、まだウィーチャットにメッセージが来ることもあるため、凍結されたアカウントのチェックも続けている。だが、彼女がメッセージを見ることはできても返信できないことを相手は知らない。このことから、ティナはスーパー・アプリのアカウントが凍結されることの真の意味を知った。多くの人は、それを「自分が幽霊になったように感じる」と表現している。「ウィーチャットにはとても細かな規定があります。基本的に、外部にメッセージを送信することはできませんが、ほかの機能は今でもすべて生きているのです」。
例えば、凍結されたアカウントから友人に送金することは今も可能だ。だが、送金にメッセージを添えることはできない。「理論上は、(総金額の)数字を使って情報を送ることはできますが、それにはお金がたくさん必要になるでしょうね」とティナは笑う。
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中国関連の最新ニュース
1. 世界の経済大国の中で、中国は二酸化炭素排出量の伸びがここ数十年で最も大きい。しかし同時に、中国経済は化石燃料への依存を大きく減らした。本誌のケーシー・クラウンハート記者が重要なデータを示している。(MITテクノロジーレビュー)
2.毎年、中国の春節では世界最大規模の人の移動が起こる。コロナ関連の制限が解除され、今年はそれが完全に戻ってきた。40日間の春節期間中に21億人以上の中国人が移動すると試算されている。(ウォール・ストリート・ジャーナル)
- エコノミスト誌のコラムニストが、中国の鈍行列車「グリーン・スキン・トレイン」(車体の色からそう呼ばれている)に乗車。昨年の出来事について乗客に話を聞いた(エコノミスト)。
3.ダボス会議において、中国の劉鶴副首相が外国企業に中国回帰を求めた。(フィナンシャル・タイムズ)
- 他方で、中国出身の起業家は本国の取り締まりや都市封鎖を逃れ、シンガポールへどんどん移住している。(ニューヨーク・タイムズ紙)
4.ティックトックでは、従業員が特定の動画の拡散範囲を調節することが技術的に可能になっている。社内で「ヒーティング」と呼ばれている操作で、偏ったモデレーションや政治的操作を懸念する声が上がっている。(フォーブス)
- 匿名の情報筋によると、同社は米国での運営許可と引き換えに、オラクルや第三者監視機関がソース・コードを見られるようにすることを米国当局に誓約するという。(ウォール・ストリート・ジャーナル)
5. 中国全土の公立病院に勤める医師が、死亡証明書の死因を新型コロナウイルス感染症にしないように圧力を受けたという。(ロイター)
6. 中国版シリコンバレー、中関村の歴史を解説。(ワイアード)
7. 香港の中国国営銀行がmRNAワクチンの接種を受けられると謳って、中国本土から新規顧客を獲得しようとしている。(フィナンシャル・タイムズ)
テック企業に見切りをつける労働者
新しい年は新たな変化のきっかけとなる。中国のテック系メディアバオビエン(豹变:Baobian)が報じているように、中国の多数のテック大手の従業員が業界を去っている。そして、意味のない「くだらない仕事」をする羽目になった過去を振り返っている。
中国のテック産業は比較的歴史が浅い。しかし西側と同じように、企業は官僚主義や非効率がはびこる巨大な組織へと成長した。従業員は主に、あまり重要ではない製品の変更に何カ月もかけたにもかかわらず、それが最終的に差し止めになるという問題に不満を抱いている。例えば、単純なユーザーインターフェイスの変更でも競合調査に2週間かかり、最終製品はほとんどオリジナリティのないものになる。また、会社の金儲けに貢献するために、個人の目標を見失ってしまっていると感じる従業員もいる。
ルイはテンセント(Tencent)やアリババ(Alibaba)、バイトダンス(ByteDance)などの企業でさまざまな役職に就いた。彼女は、信頼性の低いデータ分析に基づく抽象的な数字を追いかけた挙げ句、何も達成できなかったと感じていた。昨年、ついにテック業界を去ることにし、北京のギャラリーに就職した。「展覧会の開催に成功すると、大きな達成感が得られます。現場では前向きな反応もたくさん得られます」とルイは語る。テック大手で働いていた時には得られなかった感覚だ。
あともう1つ
1月20日、寅年から卯年への年変わりを祝って、中国西部の動物園がイベントを開き、トラの子どもとウサギを同じテーブルに乗せた。しかし、トラがウサギの首に襲いかかろうとして、撮影が中止に。記者はパニックになって叫び、現場は混乱に陥った。幸いなことに、ウサギは無事だったようだ。もしウサギが死んでいたら、新年の不吉な前兆となっただろう。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。