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How CRISPR could help save crops from devastation caused by pests

CRISPR遺伝子編集が
カリフォルニア・ワインの
害虫被害を救うまで

農作物に深刻な被害を与える害虫をいかに駆除するか? 農家の苦悩に対し、害虫に遺伝子操作を加えること解決を目指す研究が進んでいる。実用化できれば、農家にとって大きな福音となりそうだが、遺伝子操作を加えた虫を自然に解き放つことで、問題が発生する可能性がある。 by Emma Foehringer Merchant2023.03.13

カリフォルニア州中部のブドウ農家であるスティーブ・マッキンタイアは、ピアス病のことは知っていた。しかし、1998年にマッキンタイアが南カリフォルニアにある兄の柑橘類とアボカドの農園を訪れた時に目にした光景は、想像を超えて衝撃的なものだった。ブドウの木を枯らし、実を古い風船のようにしぼませてしまうピアス病は、かなり前からカリフォルニア州に存在していた。しかし、兄の農園に隣接していたブドウ畑で広がっていた光景は、マッキンタイアにとってピアス病によって引き起こされたとは思えないものだった。

「そのブドウ畑は、荒れ果てていました」と、マッキンタイアは言う。ブドウ畑一帯の木々がまるで、灌漑による給水が完全に断たれてしまったかのように枯れ果てていたのだ。自宅へ戻るために飛行機に乗っていた時、マッキンタイアは不動産業者に電話をかけて、自分の農園を手放そうかと考えた。自分のブドウ農園も終わりだと、マッキンタイアは思ったのである。

ある時、カリフォルニア州でグラッシーウイングド・シャープシューター(ヨコバイ類の一種)という外来種の昆虫が確認された。元々ピアス病の原因となる細菌は大した脅威だとは思われていなかった。しかし、グラッシーウイングド・シャープシューターの発見から10年も経たないうちに、これらの細菌と害虫の組み合わせによって恐ろしい被害がもたらされるようになった。赤みのかかったステンドグラスのような羽を持つグラッシーウイングド・シャープシューターは、米国固有のヨコバイよりも速く、長い距離を飛行できる。また、丈夫なブドウの木も餌にしてしまう。カリフォルニア州はグラッシーウイングド・シャープシューターが同州に侵入したのは1980年代後半のことではないかと考えている。グラッシーウイングド・シャープシューターの侵入がピアス病の感染を急速に拡大させたのだ。

検査と的を絞った殺虫剤の散布により、カリフォルニア州はグラッシーウイングド・シャープシューターを南カリフォルニアに閉じ込めることに概ね成功してきた。しかし、ピアス病には未だに治療薬が無く、気候変動によってより悪性のものになり、対処が難しくなるというリスクもある。

現在、研究者たちはカリフォルニア州のピアス病対策に最新技術を導入しようと試みている。グラッシーウイングド・シャープシューターのゲノムを改変し、ピアス病の病原体を拡散できないようにしようというのだ。

こうした対策を可能にするのが、遺伝子編集技術「クリスパー(CRISPR)」だ。クリスパーのおかげで、どんな生物の遺伝子でもますます簡単に操作できるようになっているのだ。クリスパーはがん免疫療法、リンゴの品種改良などに関する実験で用いられてきた。それだけでなく、人間の胎児を人工的に作る実験でも用いられ、論争を巻き起こしている。現在、農業害虫をクリスパーで改変しようという研究者がますます増えている。毎年世界で生産される作物のうち40%が害虫のせいで出荷できなくなっているが、研究者らは原因となっているさまざまな害虫をクリスパーでコントロールしようとしている。こうした試みが上手くいけば、殺虫剤に依存する度合いを下げ、作物の遺伝子組み換えに代わる害虫対策を生み出せるかもしれない。

現時点では、遺伝子編集を施した昆虫は世界中で研究室に閉じ込められている。しかし、状況は変わりつつある。今年、ある米国企業は米農務省(USDA)と共同で、果物に害をもたらす昆虫をクリスパーで不妊化し、温室内へと解き放つ実験を始める予定だ。同時に、政府や民間組織の科学者たちは害虫の遺伝子をさらに深く研究し、より多くの種に対して遺伝子編集を施し始めている。

遺伝子を編集した生物を利用することについては、今でも意見が対立している。また、米国内では遺伝子編集された農業害虫を広範囲に解き放つことはまだ認可されていない。関連規制はまだまだ発展段階にあり、完成には恐らく時間がかかることだろう。しかし、クリスパーによって農業害虫対策のための遺伝子編集は重大な局面を迎えており、これからもこの分野でさらなる発見が続くだろうと、科学者たちは述べている。

「クリスパー以前は、遺伝子編集による害虫対策など不可能も同然でした」。カリフォルニア大学リバーサイド校の昆虫学者であるピーター・アトキンソン教授は言う。彼はグラッシーウイングド・シャープシューターの遺伝子操作に取り組んでいる。「今私たちは、遺伝子操作が本当に可能になり得るという、新しい時代を迎えようとしているのです」。

敵を知る

グラッシーウイングド・シャープシューターの遺伝子について、科学者たちは最近まであまり詳しく知らなかった。USDAとテキサス州にあるベイラー医科大学のグループによって、2016年にグラッシーウイングド・シャープシューターのゲノム配列の概要(ドラフト)が初めて示された。しかし、その概要は完全ではなかった。2021年に、カリフォルニア大学リバーサイド校の研究者たちは、概要の不完全な部分の多くを補完し、より完全なものに近い概要を作成した。 この研究にはアトキンソン教授も参加している。

科学者らがより多くの種類の害虫を対象に、遺伝子を編集しようとする中、害虫の生態や遺伝子についてより深く知ることが重要になると、リンダ・ウォリングは言う。ウォリングはカリフォルニア大学リバーサイド校の植物遺伝学者であり教授を務めており、グラッシーウイングド・シャープシューターの研究に携わっている。「科学者たちは害虫の生態を理解するためにかなり努力しなければなりません」と、ウォリング教授は言う。「これまで私たち科学者の望んでいたことは、ただ害虫を殺すことでしたから」。

害虫を理解することは、DNAシーケンシングに留まらない。遺伝子を編集する前に、研究者はどうすれば昆虫による植物に害をもたらす行動を止めさせられるのかを突き止めなければならない。その上で、実際に被害を食い止めるには、どのように遺伝子を編集すれば良いのかを究明しなければならない。グラッシーウイングド・シャー …

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