KADOKAWA Technology Review
×
マイクロプラスチックは人体にどう影響するのか
Getty Images
Microplastics are everywhere. What does that mean for our immune systems?

マイクロプラスチックは人体にどう影響するのか

マイクロプラスチックは、飲み水、血液、そして地球上で自然のままの姿を保っていると思われている場所にさえも現れている。マイクロプラスチックが人間にどのような影響をもたらしているかを知ることは重要だ。 by Jessica Hamzelou2023.08.21

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

マイクロプラスチックは、どこにでもある。直径5ミリメートル未満のこれらのプラスチック汚染物質片は、人間の血液、母乳胎盤からも見つかっている。

もちろん、私たちが飲む水や、呼吸する空気にもある。さらに、自然のままの姿を保っていると思われている、例えば、ピレネー山脈、ガラパゴス諸島、海洋最深部のマリアナ海溝からさえも見つかっている。つい最近では、リサイクルの過程で大量のマイクロプラスチックが環境中にばら撒かれてしまう可能性も話されている。

恐るべき遍在性を持つマイクロプラスチックについて、現在分かっていることを検討するのは価値のあることだだろう。マイクロプラスチックは、人間にどのような影響をもたらしているのだろうか。

端的に言うと、実はよく分かっていない。しかし、科学者たちは動物や細胞の塊による初期の研究から、マイクロプラスチックがもたらす潜在的な影響についての全体像を解明し始めている。

6月、マイクロプラスチックがヒト免疫細胞に与える影響に関する新しい研究論文を目にした。ヒトを対象としたこの種の研究は、大きな困難を伴う。そもそも、ヒトにプラスチックの極小片を注入するというのが、倫理的に不可能なのだ。そこで、研究者はシャーレの中の細胞を観察した。

具体的には、白血球の一種で、外部から侵入した細菌などを食べて消化・殺菌したり、死んだ細胞を分解したりする、マクロファージというヒトの細胞で調べた。フランス国立科学研究センター(French National Centre for Scientific Research)のティエリ・ラビルロード主任研究員と同僚は、マクロファージがポリスチレンの粒にどのように反応するかを研究した。

実験の結果、ある種のマクロファージはポリスチレンの粒を完全に飲み込んでしまうことが分かった(そのように働かないマクロファージもある)。プラスチックを飲み込んだマクロファージは、他の同じ細胞とは異なる振る舞いをして、病気を引き起こす可能性がある有害な細菌や、その他の侵入した細菌から細胞を保護する機能が十分に働かない可能性が示唆された。

ラビルロード主任研究員たちの論文によれば、マイクロプラスチックは侵入した体組織の健康だけでなく、より一般的な免疫系に広範な影響を与える可能性もあるという。

残った疑問が1つある。マイクロプラスチックがヒトの細胞に侵入した後、何が起きるのかだ。人体がなんらかの方法でマイクロプラスチックを排除できる可能性はある。しかし、排除できない場合、マイクロプラスチックはその後、侵入した人体に一生残留し続け、侵入した細胞にダメージを与えるか、死滅させてしまうかもしれない。

マイクロプラスチックは、他にもさまざまな健康被害をもたらす可能性がある。例えば、海鳥に対するマイクロプラスチックの影響についての研究に関する、最近のMITテクノロジーレビューの記事を覚えている人もいるのではないだろうか。ゴミは最終的に海に漂い、極めてゆっくりと分解されていくため、哀れな海鳥たちは大量のマイクロプラスチックに曝されることが多い。

海では、マイクロプラスチックがさまざまな細菌を表面に付着させ、集めてしまう場合がある。マイクロプラスチックを飲み込んだ海鳥たちは、胃がプラスチックで充満し、餓死してしまう危険もある。それだけではなく、マイクロプラスチックがなければ出会うこともなかった種類の細菌にも感染してしまうかもしれない。侵入した細菌は、海鳥の腸内バイオーム(微生物コミュニティ)を乱してしまうようだ。

人間に対しても同様の懸念がある。一部の研究者によると、世界中を漂い、飛び交うマイクロプラスチックは「トロイの木馬」のように振る舞い、有害で薬物に耐性がある細菌とその遺伝子を持ち込んでしまう可能性があるという。

実に不安にさせられる見解だ。研究が進むに連れ、マイクロプラスチックが人類にどのような影響を与えるのかだけでなく、どのようにこの問題に取り組むべきかが解明されることも期待している。

MITテクノロジーレビューの関連記事

プラスチックを全面禁止するべき、とは単純過ぎる。しかし、本誌のケーシー・クラウンハート記者が2022年に書いた記事で指摘しているように、プラスチックのリサイクル方法に革命を起こせば解決することでもある。

下水道を使って、抗生物質に耐性を持つ細菌の増加を追跡できる。以前、私が書いた記事で取り上げた話だ。この期に及んでは、助けとなるなら何だって必要なのだ。

こうした細菌を追跡する理由は、科学者たちが小さなウイルスを使って薬剤耐性細菌感染症を治療する可能性を追求しているからでもある。約100年前に発見されたバクテリオファージ(感染した細菌の細胞膜を破壊するウイルス)はカムバックというわけだ。

ヒトの免疫系は非常に複雑だ。性差も重要な要素になっている。米国版のジェンダー特集でフリー科学ジャーナリストのサンディープ・ラヴィンドランが書いているように、男性と女性では免疫系に重大な違いがある。

環境に存在する汚染物質が、人間にどのような影響を与えているのかを解明するのは困難だ。だが、エクスポソミクス(exposomics:受胎時から受ける環境曝露から病気における環境の役割に至るまでの研究)という取り組みがこの10年ほどの間に始まっている。

医学・生物工学関連の注目ニュース

摂食障害の電話相談サービスでスタッフが解雇され、代わりにチャットボットが使われ始めた。しかし、数週間程度で、全国摂食障害協会(National Eating Disorder Association)はチャットボットの使用を停止せざるを得なくなった。広報責任者によると、チャットボットが「有害で、プログラムに関係ない」情報を提供していたことが判明したからだという。(マザーボード

製薬会社で財を成した億万長者のサックラー家は、所有会社によるオピオイド(麻薬性鎮痛薬)処方への関与について、将来の法的請求から保護されることになった。製薬会社パーデュー・ファーマ(Purdue Pharma)を所有しているサックラー家は60億ドルを支払う代わりに訴追免除を得た。この60億ドルは被害者補償やオピオイドの過剰摂取に対する救急治療に使われるという。(ニューヨーク・タイムズ紙

実験室で培養した人工肉を作る人々は、培養肉は動物愛護や環境に良いと論じているかもしれない。しかし、培養肉を買って食べる人々の宗教的観点についてはどうだろうか。調査によれば、ヒンズー教徒のうち68%は培養鶏肉を食べると回答し、調査の対象となった仏教徒のうち81%が培養牛肉を食べると回答している。(ネイチャー・フード

幻覚剤(サイケデリックス)を健康なボランティアに静脈注射したら、何が起きるのか。神秘体験や時空間の超越から、吐き気、高血圧、そして不安に至るまであらゆる症状が発症する。(トランスレーショナル・サイキアトリー

サンゴ礁は、地球上で最も多様性のある生態系の1つだ。太平洋のサンゴ礁のマイクロバイオーム(微生物コミュニティ)は、地球上におけるすべての微生物コミュニティを合わせたものと同等の多様性があるという。科学者たちは、99カ所のサンゴ礁から採集したサンプルから、28億7000万個の遺伝子配列を発見した。(ネイチャー・コミュニケーションズ

人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  4. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  4. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る