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脳インプラントから抗老化まで、医学・生物工学の話題を振り返る
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Revived, implanted, and analyzed—the personal stories at the heart of cutting-edge biotech

脳インプラントから抗老化まで、医学・生物工学の話題を振り返る

医学・生物工学のさまざまな最新トピックを紹介してきた記者が、過去10カ月の記事を振り返り、印象に残っているものを紹介する。 by Jessica Hamzelou2023.08.22

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

このニュースレターでは重大ニュースや興味をそそるトレンド、別の記事で触れたちょっとした話題について取り上げてきた。

今回は少しばかり違う。しばらくの間、私は執筆から離れ、マサチューセッツ工科大学(MIT)のナイト科学ジャーナリズム・フェローシップで9カ月間の研究生活に入ることになった。ニュースレターの執筆は優秀な同僚にバトンを渡すつもりだ。私が関わるのは、ひとまずは今回が最後となる。

医学・生物工学に関するこのニュースレターが昨年9月に始まってからまだ1年も経っていないが、これまで極小のウイルスから、一人の人間の人生を変えた脳インプラントまで、医学や生物工学の発展にまつわる興味深い話を取り上げてきた。この機会に、過去10カ月間で目玉となった記事をいくつか振り返ってみよう。

最初の記事では、最小の意識状態にある脳に、何ができるかということに目を向けた。いわゆる無反応覚醒状態にあり、ときどきほんの一瞬だけしか覚醒しない人間の意識については、大変興味をそそられる研究がいくつか存在する。一部の研究は、無反応覚醒状態にある人間でも学習できることを示している。

私がペンシルベニア州フィラデルフィアにあるモス・リハビリテーション研究機関(Moss Rehabilitation Research Institute)の名誉科学者であり、神経科学者のジョン・ホワイト博士と話をした時、ホワイト博士は最小の意識状態にある人々を、完全に意識のある状態へと戻そうとする試みについて話してくれた。ホワイト博士が話してくれたさまざまな試みの中に、脳の意識状態を制御すると考えられている部位に電極を刺すというものもあった。ほかの試みは、医薬品を使うものだった。

ある種の医薬品を使った試みで、ホワイト博士がある若者を治療しようとした時の話は忘れられないだろう。治療を受けたのは、夏休みの帰り道に負った頭部外傷から回復できず、3年間意識を失っていた人物だった。若者は、ゾルピデムと呼ばれる医薬品を投与された。その後1時間も経たないうちに、若者は意識を取り戻したかのような動きを見せた。両親と抱き合うことさえできたのだ。しかし、ゾルピデムの効果は数時間しか続かなかったと、ホワイト博士は涙ながらに語ってくれた。若者の両親は、ゾルピデムを特別な時のために取っておくことを選んだ。

医学・生物工学の専門記者である私は、凄まじい経験をしてきた人々の、個人的な物語を聞く機会に恵まれている。私の頭から離れない話はほかにもある。最近取材した、イアン・バークハートの話だ。

バークハートもまた、青年期に人生を変えてしまうような怪我を負った。ダイビング中の事故で首の骨を折ったのだ。バークハートは両手足を動かすことができなくなってしまった。

数年後、バークハートは脳に実験的な装置を埋め込む手術を申し込んだ。埋め込まれた装置は、100個の電極をまとめたものだ。バークハートの腕の動きを司る脳部位の活動を記録するよう設計されている。研究者は読み取った脳の信号を、バークハートの腕に装着した電極のスリーブへと送れるようにした。電極にはコンピューターがつながっており、脳の信号を受信してアルゴリズムで処理していた。バークハートはじきに装置の力を借りて、思考だけで手と指を動かせるようになった。

私が最初にバークハートと話したのは2016年、装置が埋め込まれてから数年後のことだった。バークハートはその頃には、音楽ゲームの「ギターヒーロー」で遊べるぐらい、指を操れるようになっていた。当時、バークハートは自身の脳に埋め込まれた装置について「私の一部となったのです」と語っていた。

しかし、資金難が研究プロジェクトを存続の危機に追い込んだ。そして感染症を発症した後、バークハートは埋め込まれた装置を外さねばならなくなった。バークハートは装置を取り外すことを辛いことだったと語っている。「脊髄を損傷した当初は、誰もが『もはや肩から下を動かすことはできない』と言いました。私はその機能を取り戻せたのですが、また失ってしまいました。本当につらいことでした」。患者が脳インプラントを自身の一部と感じているときに、そのインプラントを除去することに伴う倫理的問題についてはこちらの記事を参照してほしい。

もっと一般的な話をすると、脳インプラントは脳の活動を記録することも、脳の特定の部位に電気的な刺激を加えることもできる。脳インプラントは一部の障害の治療に役立つと考えられているが、埋め込んだ装置が詳細な生物学的データを収集できることは、頭に入れておいた方が良いだろう。収集されたデータは収集元の人物の健康改善に向けて活用するべきだが、法的な場面で使われる可能性もある。

脳の装置が収集した記録から、ある人物にかけられた暴行罪の容疑を晴らすことができた例もすでにある。この事例では、容疑をかけられた人物は、暴行があったとされる時間に発作を起こしていたことが、脳の装置が収集した記録から分かった。しかし、この記事で解説したように、脳の装置が収集した記録を、誰かを陥れるために使うことも容易だ。ノースカロライナ州ダーラムにあるデューク大学の法倫理学者で未来学者のニタ・ファラハニー教授は、脳データを守り、「脳神経関連権(Neurorights)」を確立する必要性について、インタビューで指摘している。

マイクロバイオーム研究における興味深い話も、これまでいくつか取り上げてきた。私を知っている人間なら誰でも、人間の内側、あるいは表面に住み着いている小さな虫に、私が夢中になっていることを知っているだろう(以前の同僚は、私のことを「ウンチ特派員」と呼んでいた。私が糞便移植について報じたためだ)。

このことを考えると、糞便を分析することで人間の食生活やマイクロバイオームについてどのような情報が得られるのかを紹介したのは、当然のことだったかもしれない。科学者は1人1人のマイクロバイオームの状態に応じた、個別化した食事プランを作成することをいつか実現するために、新しいツールを開発している。別の科学者たちは、マイクロバイオームの健康状態改善に向けて、CRISPR(クリスパー)で編集した「デザイナー微生物」の開発に取り組んでいる。

人間の体に存在する微生物が、人間が健康を維持する上でどれほど重要であるかを考えると、こうした研究には価値があると言える。人間が年を取るにつれて、体内の微生物も変化していく。一部の科学者は、腸内のマイクロバイオームをより「若く」することで、高齢者の健康を改善できるかもしれないと考えている。

さらに、新たな科学技術の発展の結果生じた、生殖や親子関係にまつわる扱いにくい倫理的問題も取り上げた。科学者たちは今や、幹細胞を使って初期段階の胚に似たものを作り上げることができる。私たちは、科学者による技術開発をどこまで許容すべきなのだろうか。

亡くなった人から採取した精子や卵子から赤ちゃんを作ることも可能だ。しかし、そのような機会があったときに、いつ、どのようにしてこの技術を使うべきなのかを決めなければならない。そして研究者たちは、機能する卵子や精子を実験室の中で人工的に作るテクノロジーを開発しようと競争している。このテクノロジーが現実のものになれば、遺伝学的な親を3人以上持つ赤ちゃんや、遺伝学的な親をまったく持たない赤ちゃんが産まれるかもしれない。そうなったら、親であることの意味に対する私たちの理解が変わるのだろうか?

明確な答えがないことも多い疑問だ。しかし、そうした疑問について探求することは、とても楽しい経験だった。私にこのような仕事をさせてくれたあなたに、大きな感謝の意を伝えたい。

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昨年は何回も取材旅行に出たが、旅先で記事を書くのはとても楽しい経験だった。特に、スイス・アルプスの高級リゾート地で開かれた「長寿投資家会議」に参加するための取材旅行の間に書いたことは本当に楽しかった。この会議は、寿命を伸ばす方法を探し求めている超富裕層に向けたものだった。

そして、モンテネグロの沿岸リゾートでの取材旅行だ。そこでは、寿命を伸ばすことに情熱を燃やす人たちが、ロード・アイランド州を長寿州にする方法を探っていた。

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ウゴービのような肥満症治療薬は、子どもにも有効であるとするエビデンス(科学的根拠)がある。そして今、わずか6歳の子どもを対象とした治験が始まろうとしている。しかし、肥満症治療薬の投与を受け始めると、投薬が一生続く可能性がある上、摂食障害を持つ患者には有害である可能性もある。子どもに減量に向けた医薬品を与えても良いものだろうか?(ニュー・サイエンティスト誌

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活動家はアイダホ政府を相手取り、中絶しようとする未成年者を、大人が手助けすることを禁じる州法について訴訟を起こしている。原告によれば、この州法は急いで繕ったもので、憲法に反しているという。(ガーディアン紙

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米国には長寿クリニックが50〜800件ほど存在し、顧客は10万ドルも払って治療を受けている。クリニックが提供する治療の中には、有効性が証明されていないものもある。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙

新型コロナウイルスの起源についての研究論文「The proximal origin of SARS-CoV-2(通称:Proximal Origin)」の執筆に参加した2人のウイルス学者が、新型コロナウイルスは「天然」起源であり、研究所での遺伝子操作で生まれたものではないとする、論文で展開した自分たちの主張を擁護するために証言した。新型コロナウイルス危機に関する米下院特別小委員会が7月11日に開いた公聴会で、2人のウイルス学者は、米国立アレルギー感染症研究所の前所長であり、ホワイトハウス・コロナウイルス・タスクフォースの主要メンバーの1人だったアンソニー・ファウチは自分たちの研究論文に対し、影響力を行使するようなことはしていないと話した。(ニューヨーク・タイムズ紙

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