KADOKAWA Technology Review
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人生を変えた脳インプラント、試験終了後の被験者に残されたもの
Courtesy of Ian Burkhart
How it feels to have a life-changing brain implant removed

人生を変えた脳インプラント、試験終了後の被験者に残されたもの

脊髄損傷を負った男性が、脳にインプラントを埋め込む臨床試験に参加した。装置のおかげで手を動かせるようになった彼は、「人生が変わった」と語る。だが試験終了後、装置を取り外した今、彼は何を思っているのか。 by Jessica Hamzelou2023.06.12

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

イアン・バークハートは19歳のとき、長期休暇中に重度の脊髄損傷を負った。「両手両足が麻痺しました。腕は少しだけ動かせましたが、手はまったく動きませんでした」。バークハートは、もっと自分を自立させてくれる可能性のある何かが欲しかった。そして、彼の人生を変えることになる脳インプラントの臨床試験に出会う。

実験的な脳コンピューター・インターフェイス(BCI)の臨床試験は、特に麻痺やてんかんの治療に役立てることを目的としている。このテクノロジーは、人の健康にとどまらず、自立性や自己意識そのものまで大きく変えることができる。そのため、企業や研究チームが資金不足に陥り、脳に埋め込んだ装置の取り外しを望むと、この装置を埋め込んだ被験者に壊滅的な影響を与える可能性がある。

バークハートのインプラントはおよそ9年前、脳に埋め込まれた。ダイビング事故で手足が動かなくなってから数年経った頃だった。バークハートは臨床試験に志願し、装置の埋め込みによって手と指を動かせるようになった。しかしその7年半後、装置を取り外さなければならなくなった。

バークハートに埋め込まれた専用のインプラントは、100個の電極で構成される小さなもので、体の動きの制御を助ける脳の部位へ慎重に挿入された。この装置は脳の活動を記録し、コンピューターに送るものだった。コンピューターは受信した記録をアルゴリズムで処理していた。コンピューターは、腕に装着した電極のスリーブに接続された。体を動かそうとする思考を、動きを引き起こす電気信号に変換することを狙った仕組みだった。

バークハートは2014年に初めてインプラントの埋め込み手術を受けた。24歳のときだった。手術から回復すると、バークハートは装置の使い方を学ぶためのトレーニング・プログラムを開始した。週に3回、およそ1年半にわたってある研究室に通った。そこでは、頭から伸びたケーブルを通して、インプラントをコンピューターに接続した。

とても順調でした」と、バークハートは言う。「最初は手を開いたり閉じたりすることしかできませんでしたが、しばらくすると、一本一本の指を別々に動かせるようになりました」。バークハートは最終的に、複合的な動きや、握る力のコントロールもできるようになった。音楽ゲームの『ギターヒーロー』をプレイすることまでできるようになった。

「できることがたくさんあり、興奮しました」。バークハートは言う。「ですが、まだ制限がありました」。研究室の中でしか装置を使えない上、研究室が決めたことしか実行できなかったのだ。「あらゆる活動が、簡略化されていました」と、バークハートは言う。

たとえば、ボトルを傾けて中身を注ぐことはできたが、中身はビーズだけだった。研究者が、電気機器の近くで液体を使うことを望まなかったからだ。「生活のすべてを変えるものではなかったことは、ちょっと残念でした。どれほど有益なものになる可能性があるか、知っていたからです」。

いずれにせよ、この装置は非常に上手く機能したため、研究チームは臨床試験の期間を延長した。当初の予定では、インプラントを脳に設置するのは12〜18カ月間だったとバークハートは言う。「すべてがとても上手くいったので、その後もかなり長く続けることができました」。臨床試験の期間は毎年延長され、バークハートは週に2回、研究室に通い続けた。

この装置が彼の人生を変えた。「間違いなく、将来への大きな希望を与えてくれました」と、バークハートは言う。

しかし、その先に悪い知らせが待っていた。「たぶん5年目くらいから、資金面の問題に悩まされるようになりました」。研究チームはなんとか資金を確保したものの、期間はわずか6〜8カ月分だった。バークハートによれば、ある時点でインプラント装置を取り外すことを告げられたが、資金調達に成功すればまた元に戻すと約束されたという。

バークハートは、「そんなやり方で対処するべきではありません」と言う。「装置を取り外し、またすぐに戻すことには、大きなリスクが伴います」。

2021年、バークハートの頭皮のケーブルがつながっている部分に、感染症が発生し始めた。「それがとどめの一撃となりました」。2021年8月、バークハートはインプラントを取り外すことに同意した。それ以来、装置なしで過ごしている。

インプラントを取り外す決断は難しいものだったと、バークハートは話してくれた。「脊髄を損傷した当初は、誰もが『もはや肩から下を動かすことはできない』と言いました。私はその機能を取り戻せたのですが、また失ってしまいました。本当につらいことでした」。

脳コンピューター・インターフェイスの臨床試験に参加した神経科医に話を聞いたところ、インフォームドコンセントが重要だと話してくれた。治験ボランティアは、将来起こることを正確に知っておく必要があるという。しかし、それが言うほど簡単ではないということは、バークハートの体験からも明らかだ。「いつかはこの装置を取り外さなければならないことは、分かっていました」とバークハートは話す。「でも、取り外したことによってどのように感じるかは、分かりませんでした」。

現在、バークハートは楽観的だ。そして忙しい。脊髄を損傷した人々を支援する財団を立ち上げ、運営している。また、医療機器メーカーの顧問も務めるほか、ある組織と協力して、関連する医学研究に脊髄を損傷した人々の声や経験を確実に反映させることを目指している。同様の臨床試験に参加した人たちと一緒に、「BCIパイオニア連合」も結成した。メンバーたちは、装置を開発する企業と協力し、設計に関する助言を提供している。

バークハートと仲間たちは、学会でこのテクノロジーを提唱する活動にも取り組んでいる。「サイエンス・フィクション的な側面だけでなく、障害を持つ人たちは何ができるのかという現実にも注目してもらうためです」と、バークハートは言う。

BCIパイオニア連合は、臨床試験がうまくいかなかったり、終了したりしたときに、治験ボランティアを支援・ケアするための何らかの基金の設立を企業に義務付けることを提唱している。

これまでに経験してきたすべてを振り返って、バークハートはもう一度やりたいという。「私は間違いなく、将来いつか、別の種類の装置を埋め込む日が来ることを待ち望んでいます」とバークハートは話す。「私は、この種のテクノロジーが進歩し、人々が日常生活で使えるようになるところを見たいと強く願っています」。

MITテクノロジーレビューの関連記事

ネイサン・コープランドも同じような脳インプラントを埋め込んでおり、自身のことを「サイボーグ」と呼んでいる。彼は、もし無線の装置を埋め込むことができたら、たぶんビデオゲームをプレイするために使うだろうと、本誌のアントニオ・レガラード編集者に話している。

昨年、ある全身麻痺の男性が、脳インプラントを使って完全な文章を伝えることに成功した。記事に書いた通り、彼はスープとビールを求め、息子とゲームで遊びたいと頼んだ。

そして、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患うある女性が、1分間に62語という記録的な速さで自分の思っていることをタイプ入力することができた。本誌のアントニオ・レガラード編集者が今年、こちらの記事で報告している

他にも、うつ病などの病気を理解して治療するために、少し異なる方法で脳インプラントを使用している人たちがいる。昨年話を聞いたある男性は、この方法で命を救われたと話してくれた

脳インプラントは、脳に損傷を受けた人の記憶力を改善できるかもしれない。これは彼らが「記憶補装具」と呼ぶ器具を開発した研究者たちの、予備的な研究結果である。

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まったく新しい種類の注射する減量薬が、ここ数カ月で大きな話題になっている。注射する減量薬「セマグルチド」を経口投与できるようにした薬が「オゼンピック」や「ウェゴビー」の名前で販売されている。注射薬と同等の効果を持つようだ。製薬会社のノボノルディスクによると、1日1錠を服用した人たちが、17カ月で体重を15%減らしたという。(スタット

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アイデアがひらめく瞬間を経験したことがあるだろうか? 2人の研究者が、「エウレカ効果」と呼ばれるこの現象に関連する脳活動のパターンを発見したと考えている。ひらめきには、記憶、創造的思考、注意の制御に関わる脳領域が協調することが必要だという。(セレブラル・コルテックス

大富豪のテック企業家、ブライアン・ジョンソンは、高齢者の若さを維持することを目指す世代間血液交換に、自分の息子や父親と一緒に参加している。ジョンソンはすでに数百万ドルを費やしてさまざまな治療を受け、自分の老化速度を遅らせたり、さらには逆戻りさせたりしようとしている。(ブルームバーグ

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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