新型コロナに秋の流行の兆し、ワクチンの現状は?
新型コロナウイルス感染症の感染者が増加の兆しを見せ、ワクチンの追加接種もまもなく始まる。新たな変異株にワクチンはどの程度太刀打ちできるのだろうか。 by Cassandra Willyard2023.09.11
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
先日、私はちょっと体調を崩した。そこで、一番嫌いな「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかっているか否か?」を調べることにした。幸いにも2度の簡易検査は陰性だったので、おそらく新型コロナにはかかっていない。だが、最近また多くの人が検査で陽性になっている。米国における新型コロナウイルス感染症の入院患者数は、8月第3週に16%近く増加した。9月初旬にはジル・バイデン夫人も感染した。データは秋の流行の波が始まりつつあることを示している。
学生は新学期が始まり、社会人はオフィスに戻るタイミングで、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を考えているのは私だけではないだろう。ブースター(追加)接種が始まってから1年が経った。最新の流行は2021年から2022年に起こった津波のようなものほどひどくはないだろうが、今後数カ月の行方については多くの不確実性がある。そこでこの記事では、現状について確認してみよう。最新のワクチンはどうなっているのだろうか? それらは新たな変異株にどの程度太刀打ちできるのだろうか?
次の新型コロナワクチンはいつ接種できるのか?
米国では早ければ9月中にも接種が開始される(日本版注:日本では9月20日から全世代を対象にした追加接種が始まる予定)。米国食品医薬品局(FDA)は初夏にワクチンの更新が必要であると判断。オミクロン株から派生し、当時優勢に広まっていた新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株の1つである「XBB.1.5」を標的としたワクチンを開発するようメーカーに勧告し、ファイザー、モデルナ(Moderna)、ノババックス(Novavax)が応じた。現在は、FDAの承認と、ワクチン接種の進め方に関する米国疾病予防管理センター(CDC)からの指導を待っているところだ。9月中旬までにはすべて決定するはずだ。9月12日には、誰がいつワクチン接種を受けるべきかについての指針を提供する機関である、CDCの「予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)」の会合が予定されている。
欧州ではファイザーの新しいワクチンがすでに承認されている。欧州委員会は9月1日に、新ワクチンの接種にゴーサインを出した(日本版注:日本でも9月1日に厚生労働省が承認)。9月5日には英国の規制当局もこれに追随した。1回目のワクチンはすぐに接種されるはずだ。英国では、重症化するリスクが最も高い人は9月11日から新ワクチンの接種を受ける資格がある。
最近広まっている変異株はXBB.1.5だけではない。より新しい変異株については、どの程度心配する必要があるのだろうか?
XBB変異株は依然として米国における感染の大部分を占めているが、他のいくつかの変異株も台頭しつつある。CDCの推計によると、現在「EG.5」株は米国における新型コロナ症例の約20%となっており、これは他のどの単一の変異株よりも多く広まっている。次に多いのは「FL 1.5.1」という変異株で、症例の15%を占めている。これらウイルスは、より重篤な症状を引き起こすことはないようだが、身体の免疫反応を回避することに優れている。
科学者らは、8月上旬に初めて検出された「BA.2.86(通称、ピロラ)」という変異株の動向も注視している。この変異株は、世の中で広まっている他の新型コロナウイルスの株とは大きく異なるため注目に値する。ハーバード大学の免疫学者ダン・バルーシュ教授は、このウイルスが細胞に侵入するために使う、鋭く突き出たタンパク質について触れ、「本当に注目を集めたのは、このウイルスのスパイクに30以上の突然変異があったことです。つまり、とても大きな遺伝的変化があったということです」と語った。
新型コロナウイルスにこれほど大きな変化があったのは、今回を含めて2度しかない。最初はデルタ株からオミクロン株への変化で、これまでで最も致命的な新型コロナウイルスの波をもたらした変化であった。心配なのは、今回の遺伝子配列の大きな変化により、私たちの免疫システムがウイルスを認識して撃退することが難しくなるのではないかということだ。
しかし、少しずつ入ってくる暫定的なデータは、ピロラに対する懸念が大げさかもしれない可能性を示している。9月5日に投稿された査読前論文(プレプリント)で、バルーシュ教授らのチームは、昨秋にオミクロン株対応2価ワクチンのブースター接種を受けた人とそうでない人の合わせて66人の血液サンプルに注目した。このグループには、過去6カ月以内にXBB.1.5に感染した人も一部含まれていた。BA.2.86(ピロラ)に対する中和抗体レベルは、XBB.1.5、EG.5、FL.1.5.1に対するレベルと同等またはそれ以上であった。つまり、ピロラは他の変異株に比べて免疫回避力がそれほど高いわけではないようだ。「これは少し予想外でしたが、良いニュースでした」とバルーシュ教授は言う。
この結果は、中国とスウェーデンの研究所が最近報告した内容とほぼ一致している。すべてのデータをさらに詳しく知りたい方は、ニュースサイト「ユア・ローカル・エピデミオロジスト(Your Local Epidemiologist)」のニュースレターをチェックするとよいだろう。
BA.2.86は「ハリケーンから熱帯暴風雨以下に格下げされた」とエリック・トポル博士はUSAトゥデイ(USA Today)紙に語り、「本当にひどいことになっていたかもしれませんから、幸運です」と付け加えた。しかし、あくまでも暫定的なデータである。また、たとえBA.2.86が単なる小雨に過ぎなかったとしても、将来的な問題につながらないとは限らない。ゲルフ大学で進化生物学を研究するT・ライアン・グレゴリー教授は、「現在の変異株そのものよりも、BA.2.86(ピロラ)から変異した株の方を私は心配しています」とX(ツイッター)に書いた。「懸念されるのは、この株が進化し続け、その子孫が新しい宿主への到達に成功するような性質を持つようになることです」。実際、ピロラはすでに亜系統を生み出している。
では、ピロラが感染者急増の原因でないのであれば、何が原因なのか?
おそらく免疫力の低下など、さまざまな要因が重なったものと考えられる。直近のワクチン改良となった二価ワクチンは、1年前に世に出された。ジョンズ・ホプキンス大学のウイルス学者であるアンドリュー・ペコス教授は、近頃公開されたQ&Aで、「新型コロナウイルスのブースター接種が提供されてからかなりの時間が経っていますが、国民の接種率は比較的低かった」と記している。さらに、新たに優勢な変異株は、これまでのウイルスよりも免疫システムを回避するのに優れている。
新しいワクチンはどの程度効果があるのか?
それはまだ分からない。モデルナとファイザーの両社は、新しいワクチンがXBB変異株、EG.5.1、FL 1.5.1、BA.2.86(ピロラ)に対して強力な抗体反応を誘発すると報告している。
バルーシュ教授らのチームは、XBB.1.5に感染することで、BA.2.86に対する中和抗体が増加するようであることも発見した。これは、新しいワクチンがこの新たな変異株への感染を防ぐのにも役立つ可能性があるという有望な兆しである。
しかし、これまでの新型コロナワクチンと同様に、その防御力はすぐに薄れてしまう可能性が高い。「mRNAブースター接種の持続性は比較的限られていることがわかっています」とバルーシュ教授は言う。実際、それは6カ月程度である。
免疫障害を持つ人、またはその他の点で脆弱で重篤な症状に陥るリスクが高い人にとっては、最新のワクチンを接種することが極めて重要だ。ただし、このワクチンがより若くて健康な人たちに役立つかどうかは、「この分野の専門家の間で議論の的になっています」とバルーシュ教授は話す。
ワクチンがあらゆるすべての新型コロナウイルス感染症を防ぐわけではないことはわかっている。しかし、重症化を軽減できる可能性がある。ペンシルベニア大学の免疫学者であるジョン・ウェリー卓越教授は、「ワクチンを接種しても新型コロナに感染するかもしれませんが、それほど悪くならないかもしれません」と話す。最新のワクチンを接種すれば、新型コロナの後遺症を患うリスクも軽減される可能性もある。「感染するたびに、後遺症を患う可能性は今でもある程度あります」。だが、強力な免疫反応によってウイルスが上気道を超えて広がるのを防ぐことができれば、「新型コロナの後遺症にを患う可能性は、おそらく少しは低くなるのではないかと思います」。
ウェリー教授の考えは、「私は接種するでしょう」。
MITテクノロジーレビューの関連記事
mRNAワクチンは新型コロナのパンデミック中にその真価を発揮したが、他の多くの目的にも活用できる。マラリア、ジカ熱、がんなどの病気との闘いが挙げられると、本誌のジェシカ・ヘンゼロー記者は2023年初めに伝えた。そして、アントニオ・レガラード編集者が2021年に報告したように、遺伝子治療をよりシンプルかつ安価にするのに役立つ可能性もある。
リンダ・ノードリングは2022年の記事で、新型コロナウイルスの進化を追跡し、どこへ向かっているかを予測する科学者たちを紹介した。
多くの企業が、新型コロナの吸入型ワクチンの開発に取り組んでいる。吸入型は感染に対するより優れた防御効果が期待されている。2022年に2つの吸入型ワクチンが初めて承認された後、ジェシカ・ヘンゼロー記者が解説記事を書いている。
◆
医学・生物工学関連の注目ニュース
小人症の新たな治療法をめぐる論争について、私はネイチャー誌に執筆した。そうした薬は子どもの身長を早く伸ばすのに役立つが、多くの小さな人たちにとって、低身長は治療が必要なほどの問題ではない。(ネイチャー)
電気けいれん療法(ECT)はなぜ効果があるのか?研究者は驚くほどわかっていない。「『このコンピューターをシャットダウンして、再起動するときは、電源を入れ直すと上手くいきます』と、ECTを長年研究してきた元精神神経科医のマイケル・アラン・テイラーは言った。『私はECTと同じくらい、その仕組みを理解しています。同じくらいとは、ゼロということです』」(アンダーク)
科学者たちは幹細胞をヒトの胚に変える研究を進めている。イスラエルの研究者チームは、これまでで最も洗練された完全なバージョンを作ることに成功した。これは、より理想的な不妊治療、薬物検査、移植につながる可能性のある進歩だ。(ガーディアン)
新型コロナの後遺症でよく見られるブレインフォグの原因は血栓なのだろうか?(サイエンティフィック・アメリカン)
- 人気の記事ランキング
-
- The winners of Innovators under 35 Japan 2024 have been announced MITTRが選ぶ、 日本発U35イノベーター 2024年版
- Kids are learning how to make their own little language models 作って学ぶ生成AIモデルの仕組み、MITが子ども向け新アプリ
- AI will add to the e-waste problem. Here’s what we can do about it. 30年までに最大500万トン、生成AIブームで大量の電子廃棄物
- This AI system makes human tutors better at teaching children math 生成AIで個別指導の質向上、教育格差に挑むスタンフォード新ツール
- cassandra.willyard [Cassandra Willyard]米国版
- 現在編集中です。