KADOKAWA Technology Review
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地球のためは誰のため?
ニッケル採掘で生まれた
小さな町の分断
Ackerman + Gruber
気候変動/エネルギー Insider Online限定
This town’s mining battle reveals the contentious path to a cleaner future

地球のためは誰のため?
ニッケル採掘で生まれた
小さな町の分断

気候変動目標を達成するために、世界はこれまでよりはるかに多くの鉱物を掘り出さなければならない。しかし、採掘は環境問題を引き起こし、地域社会を激しく分断している。 by James Temple2024.03.26

米国ミネソタ州北東部エイトキン郡をハイウェイ210が貫く。そこは森林や湖、湿地帯の広がる小さく貧しい過疎の町々だ。

ハイウェイから少し南下して、タマラック教会を過ぎると、非法人コミュニティ(市町村など最小自治体に属さないコミュニティ)ローラーに残る最後の店、ジャクソンズ・ホールにたどり着く。

6月下旬のある火曜日、正午少し前には、今は酒場となっている100年以上前に作られた赤茶色の店に、この地域一帯から数十人が集まっていた。鹿の角や熊の毛皮の敷物が壁に飾られた奥の宴会場で、折りたたみ式のテーブルを囲んで、人々は席に着いていた。

部屋の前方では、タロン・メタル(Talon Metals)のコミュニティ・政府交渉担当部長のジェシカ・ジョンソンが話し始めた。ジョンソン部長は、スクリーンに映し出されたスライドをクリックして進め、隣接するタマラックのすぐ北にある約24万平方メートルの敷地の完成予想図で止めた。

スクリーンに映し出されたのは、ストローブマツと米国アカマツの造林地に広がるプロジェクト計画だった。そこには、変電所や廃水処理場、そして湿地帯を切り開いて町の中央の線路に合流させる鉄道の支線も含まれる。そして、その中心に鉱山があった。

6月の初め、鉱物探査会社であるタロンは、莫大な利益を見込める豊富な高品位ニッケルを採掘するため、州規制当局に年72万5千トンもの原鉱の掘削を開始する提案書を提出した。

しかしタロンは、鉱業界の汚れた過去とは距離を置き、誠実で友好的な近代的採鉱のモデルとなるような企業計画を描いている。

タロンは、このプロジェクトにより排出ガスが少なく環境への影響の小さい電気自動車や電気トラック用の電池製造に必要なニッケルが生産されることで、米国にとってより環境に優しい未来の動力源になると宣言している。タロンはこの製品を「グリーン・ニッケル」として商標登録して売り出しており、すでにこのミネソタ州の鉱山から産出される数万トンの金属を電気自動車大手のテスラに販売する契約を結んでいる。

「私たちは企業として、環境保護と、資源として採取する鉱物のどちらかを選ぶ必要はないと考えています」と、ジョンソン部長は集まった観衆に語った。「選択すべきではありません。そして、選択する必要もありません」。

しかし、タロンがすぐに気づいたように、多くの地元市民は、たとえ最終製品が温室効果ガスの排出を削減し、地球温暖化を緩和するのに役立つとしても、自分たちの町の近くで大規模な採掘作業が行われることを望んでいない。採掘計画は、しばしば気候変動に関する同盟関係に軋轢を生む弱点となる。大地に穴をあけることは常に何らかの環境コストを伴い、その影響は不利な立場に置かれたグループに、より強くのしかかることが多いからだ。

ジャクソンズ・ホールで質疑応答が始まると、この提案が地域社会に引き起こした深い緊張がすぐに明らかになった。「ミネソタ民はいい人だ(Minnesota Nice!)」というステレオタイプに縛られた出席者たちは、計画を批判したり擁護したりしながら話し込んでいた。

しかし、黒髪の女性が立ち上がり、最初はオジブウェー語、次に英語で、ミシシッピ・チペワ族のサンディ・レイク・バンド共同体(サンディ湖周辺に住む先住民族の共同体)議長、ジーン・スキナウェイ=ローレンスだと自己紹介すると、会場は静まり返った。スキナウェイ=ローレンス議長は、この鉱山によって、1800年代初頭から結ばれてきたさまざまな条約のもとで確保されている中西部の北部全域における漁業、狩猟、植物の収穫に関する部族の権利を脅かすのではないかと危惧していると述べた。

とりわけ、スキナウェイ=ローレンス議長は、鉱山から出る鉱物の粉塵が周辺の水域を汚染し、部族の料理や文化の中心である野生のコメ「マヌーミン」に甚大な被害が発生するのではないかと心配している。

「私の血筋は、ここサンディ湖にあります」と、スキナウェイ=ローレンス議長はタマラックのすぐ北に位置する、部族の名前の由来となった水域を指していった。「私はここの初代酋長の子孫です。だからこそ私は、私の土地、私のマヌーミン、私の文化、私の歴史を守らなければなりません」。

スキナウェイ=ローレンス議長は、気候変動を遅らせるために世界が行動を起こすべきだという意見には賛成だ。しかし、企業は電池材をリサイクルするか、部族が何世代にもわたって食料としてきた植物に被害を及ぼさない場所から必要な金属を採掘すべきだと主張する。

「イーロン・マスクなら、世界中どこでもニッケルを手に入れられるでしょう。マヌーミンはこの場所以外にはないのです」。

ニッケルの必要性

これは、ただの地域で起きた争いではない。国や国際的な利害が絡む戦いだ。米国をはじめとする国々がクリーンな産業革命の燃料となる鉱物の確保を競い合い、採掘計画が急増する中、ジャクソンズ・ホールで生じた緊張は米国全土の地域社会で高まっている。

第二次世界大戦後、米国は世界中の資源を貪欲に消費し、鉱業界では環境に悪影響を与えてきたことから、鉱山採掘を海外に移すことで満足してきた。しかし、エネルギー転換は地政学的、経済的、生態学的な計算を根本的に変えた。

研究によれば、気候変動による深刻な危険を回避するには、世界ははるかに多くの鉱物を掘り起こさなければならないという。リサイクルだけではどうにもならない。蓄電池や電気自動車、風力タービン、太陽電池パネルなど、経済を化石燃料から転換させるために必要なクリーンテック製品には、鉱物が不可欠だ。

ここ数年、米国は重要鉱物の国内生産を促進することを目的とした数々の政策を打ち出してきた。特に、超党派インフラ投資法やインフレ抑制法に盛り込まれた大規模な税制優遇措置や助成金はその代表的なものだ。こういった業界を活性化することは、米国のエネルギー安全保障の確保や、中産階級の雇用の創出、そして、よりクリーンなエネルギー源への転換を図らなければならない中国の原材料独占への対抗に不可欠だということを、政党を超えて政治家が認識するようになった。

ニッケルは、リチウムイオン電池のエネルギー密度を高めるため、電気自動車の航続距離を延ばし、トラックやセミトレーラーのような大型車両の電池駆動を実現するため、特に米国内の自動車部門のクリーン化には極めて重要な存在だ。しかし、現在米国にはニッケル専用鉱山が1つしかない。米国は生産量の約8倍のニッケルを輸入しているのだ。

バイデン政権は、タロンの取り組みが戦略的に重要だと認識しており、国防生産法の下、ニッケル探査のために2100万ドル近くを同社に提供すること、および、隣接するノースダコタ州に加工工場を建設するためにインフラ投資法を通じて1億1500万ドル近くを提供することに同意したことを明確に表明している。

ジョンズ・ホプキンズ大学ネット・ゼロ産業政策ラボの共同所長であるベントレー・アラン准教授がMITテクノロジーレビューと共同で実施した分析によれば、このミネソタの鉱山が承認されれば、プロジェクトにより、電池や電気自動車のサプライチェーン全体でインフレ抑制法による数十億ドルの税額控除が適用されることになるという。

それでもなお、多くの非営利団体や法的組織、市民たちが、このプロジェクトに反対するロビー活動を積極的に展開している。貴重な水路を守る活動をしている自然保護区のバウンダリー・ウォーターズ・カヌーエリア・ウィルダネスのように、ツインメタルズ(Twin Metals)やノースメット・プロジェクト(NorthMet projects,)などのプロジェクトの停滞や停止を望む人々の中には、ミネソタ州北東部における同様の採掘計画を停止させた最近の州裁判所や連邦規制当局の動きに希望を見出す者もいる。

また、批評家たちはタロンの鉱山がこの地域の大気や水を汚染し、観光客や季節限定住民(特定の季節だけ特定の場所に滞在する人々)を引きつける田舎の静けさを台無しにすることを恐れている。さらに批評家たちは、タロンの気候変動に関する主張と、「グリーン」マーケティングを嘲笑し、議論の的となっている物言わぬタロンのパートナー、鉱山大手リオティントとタロンが、一度公的な承認を得た後に環境に関する保証を遵守するとは思えないと主張している。

近隣のリーチ・レイク・バンド・オブ・オジブワ共同体(リーチ湖周辺に居住するオジブワ族の共同体)のメンバーであるリーナ・グースは、気候変動の名の下に先住民の懸念を排除し、部族の資源を脅かすことは、「グリーン植民地主義」行為に等しいという。

複数の企業がクリーンテック・プロジェクトを推進する中、中西部北部のこの田園地帯は、地元の環境問題と地球規模の気候変動目標との根本的な対立に対して米国地域社会がどう対応するかの先駆けとなっており、一触即発の緊張状態が高まっている。

計画を進めるため、タロンが州や地域の規制当局の承認を得ようと動き出す中、地域住民の多くが、このプロジェクトによって導かれる全く異なる未来の選択を迫られていると感じていた。この地域の牧歌的な風土と天然資源を完璧に保護するために戦うか、新興のグリーン経済の中心地へと変貌を遂げることを受け入れるかの選択だ。

「これまで手にした中で最もグレードの高い岩石」

ミネソタ州タマラックの名は、アルゴンキン族の言葉に由来し、古代は氷河湖だった地域に広がる厚い湿原に生い茂る落葉針葉樹を指す。

タマラックの面積は10平方キロメートル、人口は70人前後で、そのうちの約36%が貧困線以下の暮らしをしている。しかし、釣りや寛ぐために湖にやってくる観光客や季節限定住民で、夏の地域人口は膨れ上がる。

タロンの正式な本社は英領バージン諸島にあるが、町の中心部から1ブロック外れたところに米国オフィスを構えている。

雨の降る6月の朝、私はタロンの「コアシェッド(core shed)」と呼ばれる、巻き上げ式ガレージドアが付いたスチール製の建物の前で、最高探査・執行責任者(CEOO)のブライアン・ゴールドナーに会った。

白髪交じりの木こりのような長い髭をシャツの第3ボタンまで蓄えたゴールドナーCEOOは、ミネソタ大学ダルース校の大学院生だった頃からタマラックの地下にある岩石を研究してきた。

この鉱床は約11億年前、北米大陸がミッドコンチネント・リフトと呼ばれる断層で引き裂かれ始めたときに形成された。この地殻変動は、カンザス州からオンタリオ州まで弧を描き、ミシガン州の南端まで湾曲する、尺取虫のような形をした裂け目を作り出した。リフト火山は薄くなった地殻を突き破り、ニッケルや銅、鉄の豊富な鉱床を含んだ深さ数百から数千メートルの玄武岩質溶岩の湖を作り出した。

小屋の中で、ゴールドナーCEOOはマグマが冷えてできた岩盤のパイプ状の標本をトレイに敷き詰めたテーブルの間に立っていた。ゴールドナーCEOOは濃いグレーの古代岩石のかけらを手に取り、頭上の電灯の下で回した。

「動かすときらめくのが、ペントランド鉱です。そこにニッケルがあります」(ゴールドナーCEOO)。

トレイの列は標本が採取された場所毎に並べられ、テーブルの端から端までのトレイには採取の深さで数百メートルの差があり、鉱石中のニッケルの密度は約5%から12%まで上昇するとゴールドナーCEOOはトレイの横を歩きな …

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