デング熱撲滅へ、ブラジルで「細菌に感染した蚊」を放出中
ブラジルでデング熱の患者が急増している中、細菌により同病気の感染力を低下させた蚊を人工的に繁殖させて放出する試みが進んでおり、一部の地域で功を奏しつつある。 by Cassandra Willyard2024.04.15
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ブラジルではデング熱の患者が増え続け、公衆衛生上の大規模な危機に直面している。2024年だけで100万人を超えるブラジル人が、蚊が媒介するこのウイルス性疾患に罹患し、病院は対応しきれなくなっている。
このデング熱危機は、2つの重要な要因が重なった結果もたらされたものである。まず、今年は雨が多く、暖かいので、デング熱を媒介する蚊ネッタイシマカ(Aedes aegypti)の個体数が増加した。それに加え、今年はたまたま、デングウイルスの4つの型が全て流行っているのである。全ての型に対して免疫を持っている人はほとんどいない。
ブラジルは懸命に対策にあたっている。 ブラジルの対デング熱戦略のひとつは、一般的な細菌である「ボルバキア(Wolbachia)」を蚊に感染させることにより、蚊の持つ感染力を阻害しようとするものである。ボルバキアは蚊の免疫反応を高め、デング熱や他のウイルスの体内での増殖を抑えるようだ。さらにこの細菌は、ウイルスの複製に必要な重要な分子を、ウイルスと奪い合う。
ワールド・モスキート・プログラム(World Mosquito Program)では、ボルバキアに感染させた蚊を昆虫飼育場で繁殖させ、地域に放出している。放出された蚊は野生の蚊と交尾する。ボルバキアに感染したオスと交尾した野生のメスが産む卵は孵化しない。そしてボルバキアに感染したメスの子孫はやはりボルバキアに感染している。時が経つにつれ、ボルバキアは個体群全体に広がっていく。昨年私は、コロンビアのメデジンにある、プログラムが運営する中で最大の昆虫飼育場をジャーナリストのグループと共に訪れた。そこではネットの囲いの中で数千匹の蚊がブンブンと飛び回っていた。「人への感染を防ぐために蚊にワクチンを打つ、というのが私たちの活動の基本です」と当時の広報部長ブライアン・キャラハンは語った。
ワールド・モスキート・プログラムは、2014年にブラジルでボルバキア蚊の放出を開始した。現在、ボルバキア蚊は5つの自治体(リオデジャネイロ、ニテロイ、ベロオリゾンテ、カンポグランデ、ペトロリーナ)にまたがる人口300万人以上の地域一帯に広く生息している。
リオデジャネイロから大きな湾を隔てた対岸にある人口約50万人の自治体ニテロイでは、2015年に最初の小規模な試験的放出が実施され、2017年にはワールド・モスキート・プログラムが大規模な放出を開始した。2020年までには、ボルバキアは地域住民の中に入り込んでいた。ニテロイにおけるボルバキア保菌者の割合は、80%という地域もあれば、40%という地域もあった。研究者たちは、蚊を放した地域と、全く放さなかった小さな対照地域のウィルス性疾患の有病率を比較した。デング熱感染者は69%減少した。ボルバキア蚊を放した地域ではさらに、チクングニア熱が56%減少し、ジカ熱も37%減少した。
デング熱が急増している今、ニテロイはどんな状況なのだろうか?まだ初期段階ではある。しかし、今までのところ、勇気づけられるデータが得られている。デング熱の発生率は州内で最も低く、10万人当たり確認されたのは69人である。700万近い人口を擁するリオデジャネイロでは、4万2000人以上の患者が発生している。10万人当たり700人である。
「ニテロイは、私たちがボルバキア蚊を放出する方法で完全に護ることができたブラジル最初の都市です」と、ワールド・モスキート・プログラムの国際エディター業務・メディア広報担当マネージャーのアレックス・ジャクソンは言う。「街全体にボルバキア蚊がいるので、デング熱患者が大幅に減少しているのです」。
プログラムはこの夏、さらに6都市にボルバキア蚊を放出する予定である。しかし、ブラジルには5000以上の自治体がある。ブラジル全体で発生率を下げるには、さらに数百万匹の蚊を放出する必要がある。それこそが今後のプランである。
ワールド・モスキート・プログラムは、クリチバに世界最大の大量飼育施設を建設しようとしている。「これにより、10年以内にブラジルの都市部の大部分をカバーできると考えています」とキャラハン部長は言う。
他にも、蚊を用いたアプローチが進行中である。英国の企業オキシテック(Oxitec)は、2018年からブラジルのインダイアツーバに遺伝子組み換えの「フレンドリーな」蚊の卵を提供している。孵化する蚊はすべてオスで、刺さないのだ。交尾してもメスの子孫は生き残れず、個体数が減少する。
別の企業フォレスト・ブラジル・テクノロジア(Forrest Brasil Tecnologia)は、オルティゲイラの一部地域に不妊化されたオスの蚊を放出している。不妊化されたオスが野生のメスと交尾すると、産まれた卵は孵化しない。 2020年11月から2022年7月にかけて、オルティゲイラのネッタイシマカの個体数は98.7%減少した。
ブラジルはまた、国民に高い免疫力を提供するための取り組みも進めている。最も脆弱な人々に新しい日本製のワクチン(日本語版注:武田薬品工業)を接種し、さらに、自国製のデング熱ワクチンも開発中である。
どの解決策も即効性のあるものではない。しかしこれらの取り組みは、気候変動によってデング熱やその他の感染症が新たなピークを迎え、未知の領域へと向かっていく状況にあっても、世界は反撃の方法を見つけられるという希望を与えてくれる。「デング熱患者は憂慮すべきスピードで増えています」と、米国疾病予防管理センター(US Centers for Disease Control and Prevention)のデング熱専門家ガブリエラ・パズ=ベイリーはワシントン・ポストに語った。「デング熱は公衆衛生上の危機となりつつあり、これまで感染例のなかった場所でも発生が見られるようになっています」。
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ワールド・モスキート・プログラムについては以前にも紹介している。本誌のアントニオ・レガラード編集者による2016年の記事(リンク先は米国版)では、初期の盛り上がりとビル・ゲイツがプロジェクトに寄せた支援について述べている。
同じ年、オキシテックが遺伝子組み換え蚊を使ってブラジルで初期の研究をしたこともこの記事(リンク先は米国版)で報じている。
また、エミリー・マリンのこの記事は、グーグル子会社べリリ(Verily)に注目している。同社はボルバキア蚊を飼育するロボットを開発、2017年にカリフォルニアでボルバキア蚊の放出を始めた。(このプロジェクトは現在デバッグと呼ばれている)。
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- cassandra.willyard [Cassandra Willyard]米国版
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