感染拡大のオロプーシェウイルス、いま知っておきたいこと
昆虫による刺咬を介して感染するオロプーシェウイルスが、前例のない広がりを見せている。ウイルスの遺伝子が変化して哺乳類に広がりやすくなったことに加え、毒性も強くなっており、妊娠中の胎児に影響を及ぼす可能性がある。 by Jessica Hamzelou2024.10.23
- この記事の3つのポイント
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- オロプーシェウイルスが南米、中米、カリブ海諸国で拡散している
- ウイルスは変異し、より感染力が強く、より毒性が強くなっている
- ウイルスは母子感染し、胎児や新生児に影響を与える可能性がある
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
昨年は潜在的に懸念されるウイルスの報告がたくさんあった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はいまだに数千人の死者を出しており、鳥インフルエンザは人間同士の感染に移行しようとしているようだ。そして今、主にヌカカ(ハエ目ヌカカ科の体長1~2ミリの昆虫。米国ではノーシーアムと呼ばれることもある)に咬刺されることで感染が広がるウイルス「オロプーシェ」をめぐり、新たな懸念が生じている。
ラテンアメリカでは何十年も前から、オロプーシェウイルスの大流行が起こっている。しかし今回はこれまでと様子が異なる。このウイルスがまったく新しい環境で検出されているのだ。これまで発見されたことのない国で姿を現している。その広がり方は「前例がない」と表現されている。
より深刻な病気を引き起こしている可能性もある。オロプーシェ熱にかかると、一般的に突然の発熱、痛み、吐き気に襲われる。ほとんどの場合は軽症だが、脳炎や髄膜炎を発症する場合もある。そして今年、それまで健康だった若い女性2人が、このウイルスに感染して死亡した。
オロプーシェウイルスは母親から胎児に感染する可能性があり、死産や出生異常との関連が指摘されている。治療法はない。ワクチンもない。 この記事では、オロプーシェが拡散している理由と、私たちにできることについて見てみよう。
オロプーシェウイルスは1955年に、トリニダード・トバゴのベガ・デ・オロプーシェ村の1人の人物と多数の蚊で初めて確認された。1960年にはブラジルのナマケモノでも発見された。以来、この2カ国に加え、ペルー、パナマ、コロンビア、フランス領ギアナ、ベネズエラでも30件以上の大流行が起こった。南米ではこれまでに少なくとも50万件の感染例が報告されており、その大部分は森林に近い地域で確認されたものだった。
その理由はおそらく、ウイルスの感染経路のせいだろう。オロプーシェウイルスは、ナマケモノの一部の個体群が媒介するほか、ヒト以外の一部の霊長類も媒介する可能性があると考えられている。それらの動物がウイルスの宿主となり、通常はヌカカや一部の種類の蚊による刺咬を介して人に感染する。
2023年後半からは、南米、中米、カリブ海諸国の多くの国で大流行が報告されている。そのうちの1つであるキューバでは、初めての感染報告だった。
特にブラジルで感染例が急増している。汎米保健機構(PAHO)が10月15日に発表した状況概要報告によれば、今年に入ってから南北アメリカで1万275件のオロプーシェ感染例が確認された。そのうちの8258件が、ブラジルでの感染例だった。また、旅行者が米国や欧州にも初めてウイルスを持ち込んだ。米国では90件、欧州では30件の感染例が報告されている。
もう1つの状況変化は、今回、このウイルスが森林から遠く離れた都市部の人々に感染していることである。その理由は完全には解明されていないが、いくつか考えられる理由がある。まず、気候変動によって気温と降雨量が上昇したことで、ウイルスを媒介する昆虫の繁殖場所が生まれやすくなっている可能性がある。また、森林伐採と都市化によって野生動物の生息地に人が入り込むようになったことも、人々への感染リスクを高めていると、アイルランドにあるユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの獣医師で微生物学者のアナ・ペレイロ・ド・ヴェイル助教授は言う。
10月15日に発表された新しい研究によると、ウイルス自体も変異したようだ。ケンタッキー大学のウィリアム・デ・ソーザ助教授らの研究チームは、2015年から2024年の間にオロプーシェ熱と診断された人々から採取した血液サンプルを分析し、現在流行しているオロプーシェウイルスの型を過去の株と比較できるようにした。
その結果、研究チームは、オロプーシェウイルスが関連するウイルスと遺伝物質を交換し、新たな「ウイルス再集合体」を作り出している証拠を発見した。2023年末以降に広がっているのはこの新しい型のウイルスだという。
それだけではない。この遺伝子変化がウイルスに新しい特徴を与えた。現在の再集合体は、哺乳類細胞内での複製に、より優れているようだ。つまり、感染したヒト、そしてナマケモノの血液中にはより多くのウイルスが存在し、刺咬した昆虫がウイルスを拾って感染を広げやすくなっているのだ。
新型のウイルスは毒性も強くなっているようである。研究チームの実験室でのテストからは、過去の株と比較して、感染した細胞により多くのダメージを与えている可能性が示されている。
ウイルスが拡散する方法についても、まだ理解が進みつつある最中だ。ヌカカや蚊がオロプーシェを広める原因であることはわかっているが、このウイルスは妊娠中に胎児にも感染し、有害な結果をもたらす可能性がある。PAHOの報告によれば、ブラジルではオロプーシェ感染症に関連して「13例の胎児死亡、3例の自然流産、4例の出生異常」が報告されている。
10月15日に発表された別の研究では、ブラジルのアナニンデウアにあるエバンドロ・シャガス研究所のライムンダ・ド・ソコロ・ダ・シルヴァ・アゼヴェド博士らが、2015年から2024年の間にブラジルで記録された65例の原因不明の小頭症(予想外に小さな頭の赤ちゃんが生まれる出生異常)を評価した。その結果、6人の赤ちゃんにオロプーシェ感染の証拠が見つかった。そのうちの3人が、2024年に生まれた赤ちゃんだった。
このウイルスが胎児や赤ちゃんに影響を与える可能性があるか、またどのような影響を与えるかはまだ明らかになっておらず、研究が進められている最中である。しかし、米国疾病予防管理センター(CDC)は、妊娠中の旅行者はキューバへの「不要不急の旅行を再考する」ように勧告している。
一部の科学者は、このウイルスが性行為でも感染するのではないかと心配している。8月には、キューバ旅行から帰国後に発病した42歳のイタリア人男性の精液中にオロプーシェウイルスが見つかった。そのウイルスは58日後もまだ残っていた。CDCは現在、オロプーシェ感染症と診断された男性は、発症から少なくとも6週間はコンドームを使用するか、性行為をしないようにするべきであると勧告している。CDCによれば、精液の提供も避けるべきだという。
オロプーシェに関しては、多くの未解決の疑問が存在する。一部の科学者はその理由について、歴史的に大流行が発生したのが南半球の貧しい国々だったことを指摘する。
「疾病研究には植民地主義的な考え方が広く見られます。産業界や欧米の企業利益に影響がないのであれば、重要ではないのです」。オックスフォード大学のウイルス学者であるシャヒード・ジャミール教授はガビ(Gavi:Global Alliance for Vaccines and Immunization、ワクチンと予防接種のための世界アライアンス)に語っている。Gaviは、世界的なワクチン接種の取り組みに注力する組織である。「マイアミからそう遠くないキューバでこのウイルスが発見されたことで、公衆衛生対策がようやく進み始めるでしょう」。
早く対策の準備が整うことを期待しよう。ヴェイル助教授はこう言っている。「ウイルスにこれから起こること、ウイルスの突然変異率、ウイルスが別の宿主に感染するのかどうかは、わかっていません。慎重に注意を払う必要があります」。
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オロプーシェ感染症はデング熱に似ていることがある。デング熱も蚊が媒介するウイルス性疾患であり、ブラジルの人々が影響を受けている。同国はバクテリアに感染させた蚊を使ってこの問題に取り組もうとしていると、カサンドラ・ウィリヤードが3月に報告した。
米国で乳牛に鳥インフルエンザが蔓延し、ウイルス学者たちを心配させている。このウイルスは永遠に米国の酪農場に居座り続ける可能性があり、人間を含む世界中の哺乳類で大流行する危険性が高まっている。
北半球ではインフルエンザの季節が公式に到来した。今年もまったく新しい鳥インフルエンザが誕生する可能性がある。
遺伝子編集が鳥インフルエンザの拡散抑制に役立つ可能性。アブダラ・ツァンニは、遺伝子編集ツール「クリスパー(CRISPR)」を利用してニワトリにウイルスへの抵抗性をもたせる可能性について探った。
もう一つの選択肢は、もちろんワクチンだ。皮肉なことに、ほとんどのインフルエンザワクチンは鶏卵の中で作られる。mRNAワクチンは、卵を使わない代替的な製造方法を提供する可能性がある。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。