KADOKAWA Technology Review
×
12/16開催 「再考ゲーミフィケーション」イベント参加受付中!
「鮮度」という幻想——
冷蔵技術が変えた食の常識
Getty Images
ビジネス Insider Online限定
How refrigeration ruined fresh food

「鮮度」という幻想——
冷蔵技術が変えた食の常識

オレンジジュースは2年間タンクで貯蔵され、リンゴは収穫から1年後に店頭に並び、バナナは人工的な温度管理で完熟する——。私たちが「新鮮」だと信じている食品の多くは、実は巨大な「コールド・チェーン」という人工の冬を経由している。 by Allison Arieff2024.11.11

この記事の3つのポイント
  1. 冷蔵技術は食品の保存期間を延ばし世界中に流通させた
  2. 冷蔵は鮮度の概念を変え消費者に食品の原産地や時間を忘れさせた
  3. 大量の食品廃棄や環境悪化などの問題も生んでおり唯一の答えではない
summarized by Claude 3

あなたが買ったオレンジジュースは、2年もの間、100万リットルあまりのねっとりとした茶色いスラッシュ状で2階建てのステンレス製タンクに貯蔵されていたものかもしれない。それは確かにオレンジジュースだが、水分と揮発性の風味成分は取り除かれてしまっている。その結果、ジュースの6倍の糖度を持ち、オレンジ本来のフルーティで花のような香りはまったく残っていないシロップが出来上がる。

バナナはどうだろうか。 スーパーの店頭では冷やされていないかもしれないが、バナナは究極の冷蔵フルーツだ。英国出身のジャーナリスト、ニコラ・トゥイリーが「シームレスな定温管理ネットワーク」と呼ぶ仕組みのおかげで、バナナは高級品ではなく世界中で流通する一般的な商品になった。では、夕食に買ったサラダが入っている袋はどうだろうか?  これは単なるビニール袋ではない。トゥイリーが新著『Frostbite: How Refrigeration Changed Our Food, Our Planet, and Ourselves(フロストバイト:冷蔵技術が食、地球、そして私たちに与えた影響)』(2024年刊、未邦訳)で説明しているように、「ほうれん草、ルッコラ、エンダイブの代謝を遅らせ、保存期間を延ばすことを目的とした、異なる半透膜フィルムの層を持つ高度な呼吸装置」なのだ。

平均的な米国人の食生活で使われる食材の4分の3は、「コールド・チェーン(低温流通体系)」を経由しているとトゥイリーは説明する。コールド・チェーンとは、倉庫や輸送コンテナ、トラック、陳列ケース、家庭用冷蔵庫など、農場から食卓に至るまでの過程で肉や牛乳などを冷やし続けるネットワークのことである。消費者として、私たちは「新鮮」や「自然」といった言葉に大きな信頼を置いているが、人工的な冷蔵が生み出した盲点についてはほとんど気づいていないとトゥイリーは指摘する。食品の保存(それに貯蔵)がとても上手になり、「私たちは人間よりもリンゴの寿命を延ばす方法をよく知っている」とトゥイリーは記している。ただ、ほとんどの人はその驚くべきプロセスについてあまり考えていない。

「私たちが何を食べ、それはどのような味で、どこで育てられ、自分たちと地球の健康にどのような影響を与えるのかといったことは、私たちの日常生活を形作るだけでなく、種としての人類の存続を形作るものだ。そして、それらは人工的に作られた『冷たさ』によってまったく変えられてしまっている」とトゥイリーは書いている。

ザ・ニューヨーカー誌にたびたび寄稿し、科学と歴史のレンズを通して食品を考察するポッドキャスト「Gastropod(ガストロポッド)」の共同ホストを務めるトゥイリーは、著書の中でコールド・チェーンの舞台裏を紹介し、「私たちの食品システムは凍傷している。冷気にさらされたことでダメージを受けている」と結論付けている。そして、「多様性とおいしさ」を犠牲にして利便性を手に入れたと著している。

トゥイリーは、冷蔵技術は、大規模化や単一栽培の推進、果物や野菜の栄養価の著しい低下、さらには気候への有害な影響まで、現在の食品システムで見られるさまざまな問題点を助長していると考えている。地球温暖化とオゾン層破壊の大きな原因であることから、気候変動ソリューションに取り組む非営利団体「プロジェクト・ドローダウン(Project Drawdown)」は、冷媒管理を気候変動の緩和にもっとも効果的な対策であると指摘しているという。

私たちは問題を解決するために冷蔵技術を利用してきたが、環境、栄養、さらには社会文化的コストを真に計算してこなかったとトゥイリーは主張する。「私の本の目的は、『もっと上手くできないか?』を問うことでした」。

以下は、2度にわたるインタビューを編集・要約したものだ。

——前著『Until Proven Safe: The History and Future of Quarantine(安全が確認されるまで:隔離の歴史と未来)』(2021年刊、未邦訳)は、よき協力者で夫でもあるジェフ・マノーとの共著でしたが、閉ざされた空間の研究に何年も費やされていました。冷蔵された食品も、ある意味で隔離されていると言えるのではないでしょうか。

そのとおりです。 隔離と冷蔵はどちらも空間と時間の奇妙な使い方です。冷蔵では、食品のための特別な空間を作り、その空間がタイムマシンのように機能して、賞味期限を延ば …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. Promotion MITTR Emerging Technology Nite #31 MITTR主催「再考ゲーミフィケーション」開催のご案内
  2. Google’s antitrust gut punch and the Trump wild card グーグルに帝国解体の危機、米司法省がクローム売却も要求
▼Promotion 再考 ゲーミフィケーション
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者決定!授賞式を11/20に開催します。チケット販売中。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る