KADOKAWA Technology Review
×
一枚岩ではない「ワクチン忌避」、その理由を理解するには?
Lesley Martin - Pool/Getty images
How measuring vaccine hesitancy could help health professionals tackle it

一枚岩ではない「ワクチン忌避」、その理由を理解するには?

ワクチン接種を選ばない人々は、必ずしも強固な反対派ばかりではない。従来の「否定者」や「拒否者」という分類では捉えきれない複雑な背景があると、研究者たちは指摘する。世界的な健康問題として認識される課題の解決に向け、その実態解明が進んでいる。 by Jessica Hamzelou2025.02.18

この記事の3つのポイント
  1. 研究者らが「信念」「痛み」「熟考」の3要因からワクチン忌避の実態を解明
  2. 新たな調査票で接種を選ばない人々の背景を分析、効果的な対応策を模索
  3. WHOは年間150万人の子どもの命を奪う深刻な健康問題と警告している
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ドナルド・トランプ大統領が米国保健福祉省長官に指名したロバート・F・ケネディ・ジュニアが、指名承認に向けた公聴会で上院議員からの質問に答えている。激しい応酬が繰り広げられ、傍聴席から叫び声が上がり、さらには衝撃的な暴露が飛び出すなど、劇的な展開となっている。

ワクチンに関しても多くの議論が交わされている。ケネディは以前からワクチンの強硬な批判者であり、ワクチンの効果に関する誤った情報を広めてきた。政府に対してワクチンの承認を取り消すよう請願し、ワクチンを製造する製薬会社を訴えたこともある。

ケネディには支持者がいる。しかし、ワクチン接種を選ばない人々がすべて彼の考えを共有しているわけではない。ワクチンを接種しない理由は人それぞれで、多岐にわたる。

こうした理由を理解することは、現在、世界的な健康問題として大きな課題とされている問題に取り組む上で役立つ。そして、多くの研究者がそのためのツールの開発に取り組んでいる。

ジョナサン・カンターもそのうちの1人だ。米国のペンシルベニア大学で非常勤の助教授を務め、同時に英国のオックスフォード大学にも籍を置くカンター助教授は、「ワクチン忌避」の度合いを測定・評価する尺度を開発してきた。

「ワクチン忌避」という言葉は、ワクチン接種を受けない人々の多様な考え方や意見を最もよく表していると、カンター助教授は語る。「かつては、ワクチン拒否者やワクチン否定者と呼ぶことが一般的でした」と彼は言う。しかし、その中には様々な理由でワクチンに強く反対する人もいれば、そうではない人もいる。ワクチン接種に迷いがある人や、判断を保留している人もいるかもしれない。また、副作用を恐れる人や、注射そのものに不安を感じる人もいるだろう。

ワクチン忌避というのは「一枚岩ではない集団」を指していると、カンター助教授は指摘する。その中には、「多少の警戒心を抱き、もう少し情報が欲しいと考える人」から、「ワクチンのリスクを広めることを人生の使命と感じるほど強く反対する人」まで、さまざまな立場の人々が含まれている。

ワクチン忌避の中で個人がどのような立場にあるのか、またその理由を理解するために、カンター助教授たちの研究チームは、ワクチン忌避に関する既存の研究を徹底的に調査した。そして、50人に調査票を送り、ワクチンに対する考えについて詳細に質問した。研究チームが明らかにしようとしたのは、繰り返し浮かび上がる共通の懸念が何であるかという点だった。

調査の結果、ワクチンに関する主要な懸念は、大きく「信念(beliefs)」「痛み(pain)」「熟考(deliberation)」の3つのカテゴリーに分類される傾向があることが分かった。信念とは、「現在のワクチン接種の頻度は子どもの健康に悪影響を与える」といった考えを指す。痛みに関する懸念は、注射への恐怖など、ワクチン接種の直接的な影響に重点が置かれている。そして熟考とは、一部の人々が「自分で調べる必要がある」と感じることを指す。

カンター助教授たちはこの研究結果をもとに、13の質問で構成される調査票を開発し、英国の500人と米国の500人を対象に試験的に実施した。その結果、この調査票への回答から、その人が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種を受けたかどうかを予測できる可能性があることが明らかになった。

カンター助教授たちの調査票は、ワクチン忌避の度合いを測る尺度としては世界初のものではない。これまでにも、他の研究者や企業が類似の調査票を開発しており、多くの場合、子どものワクチン接種に対する親の感情に焦点を当てている。しかし、カンター助教授によると、自分たちの調査票は「熟考」というテーマを取り入れた初めてのものであり、この概念は新型コロナウイルス・ワクチンの導入初期により一般化したと考えられるという。

シンシナティ大学のニコール・ヴァイク研究員らの研究チームは、別のアプローチをとっている。彼らの研究によると、人々がリスクと利益をどのように捉えるかが、ワクチンを接種するかどうかの判断に影響を与える可能性があることが示されている。ただし、その影響は単純で直接的なものではない場合もあるという。

ヴァイク研究員のチームは、この関連性をより深く理解するために、4000人以上を対象に調査を実施した。調査では、対象者自身に関する情報に加え、スポーツや自然の風景、かわいい動物や攻撃的な動物などの一連の写真を見た際の感情を尋ねた。さらに、機械学習を活用し、これらの調査結果を基に、その人が新型コロナウイルス感染症のワクチンを接種する可能性を予測できるモデルを構築した。

この調査票は、数千人規模で容易に配布できる。また、調査を受ける人々が、自分のワクチン接種の選択に関する情報が収集されていることに気づかないほど、巧妙に設計されていると、ヴァイク研究員たちは自身の研究を説明する論文の中で述べている。この調査票によって収集された情報は、保健機関がワクチン需要の高い地域を特定したり、逆にワクチンで予防可能な疾患の流行リスクが高い地域を把握するのに役立つ可能性がある。

このようなモデルは、ワクチン忌避問題への対応に有効な手段となる可能性があると、米国小児科学会アイオワ支部の副部長を務めるアシュレシャ・カウシクは述べる。この情報を活用することで、保健機関は同じ懸念を抱える特定のコミュニティに向けて、適切に調整された情報提供や支援をできるようになるかもしれない、とカウシク副部長は語る。

現役の開業医でもあるカンター助教授は、自身の調査票が医師や他の医療従事者に対し、患者の懸念を把握し、それぞれの懸念にどのように対応すべきかを示す手助けになることを期待している。医師が患者と長時間にわたってワクチンの利点や欠点について詳細に議論するのは、必ずしも現実的ではない。しかし、診察前の数分間で患者が調査票に記入すれば、その回答を基に、医師がワクチンについて敬意を持った有意義な対話を進めるための出発点を得ることができるだろう。

ワクチン忌避の問題に取り組むには、あらゆる視点からの洞察が必要だ。ワクチンは毎年数百万人の命を救っている。国連児童基金(ユニセフ)によると、毎年150万人の5歳未満の子どもたちが、ワクチンで予防可能な病気で亡くなっている。2019年、世界保健機関(WHO)は「ワクチン忌避」を世界の健康に対する10の脅威の一つとしてリストに加えた。

ワクチン接種率が低下すると、本来ワクチンで防げるはずの病気が流行し始める。特に、極めて感染力の強い麻疹(はしか)では、こうした現象が近年多く見られるようになっている。2024年には、米国で16件の麻疹の集団感染が報告された。

世界全体では、2023年に2200万人以上の子どもたちが麻疹ワクチンの初回接種を受けられず、麻疹患者が20%増加した。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、同年、世界中で10万7000人以上が麻疹で死亡し、そのほとんどが子どもだったという。

ワクチン忌避は危険である。「ワクチンで予防可能な病気が再び流行するリスクを、現実のものとして生み出してしまっています」と、カウシク副部長は警鐘を鳴らす。

カンター助教授もこの意見に同意する。「このリスクを軽減するために私たちができることは、どんなことでも取り組む価値があります」と述べた。

MITテクノロジーレビューの関連記事

本誌のターニャ・バス記者(当時)は2021年、接種をためらっている人々とワクチンについて話し合うための指南記事を書いた。優しさと物事を決めつけない姿勢が成功に導いてくれるだろうと、バス記者は書いている

2020年12月、新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るう中、医師たちはティックトック(TikTok)などのソーシャルメディア・プラットフォームを使い、ワクチンに関する不安を和らげた。医師たちの個人的な経験を共有することは重要だが、リスクがないわけではないと、本誌のアビー・オルハイザー編集者(当時)は書いている

ロバート・F・ケネディ・ジュニアは現在、ワクチンに関する見解で注目を浴びている。しかし、アンナ・メルランが本誌への寄稿に記したように、ケネディ・ジュニアはHIVとAIDSについても有害な偽情報を広めてきた。

mRNAワクチンは新型コロナウイルス感染症のパンデミックを終息させる上で重要な役割を果たした。2023年には、このワクチンを支える技術を開拓した研究者たちがノーベル賞を受賞したそしてこの記事は、mRNAワクチンの今後の展開を紹介している。

ワクチンは過去50年間で1億5400万人の死を防いだと推定されている。そのうちの1億4600万人は、5歳未満の子どもたちだ。それが、小児ワクチンが公衆衛生における成功例と言われる理由の1つだ。


医学・生物工学関連の注目ニュース

  • ロバート・F・ケネディ・ジュニアの上院公聴会で、健康とワクチンに関する彼の誤った信念が明らかになった。自らを「ワクチンの専門家」と呼んできたケネディは、2021年に「黒人に対して白人と同じスケジュールでワクチン接種を提供すべきではない。なぜなら、黒人の免疫系は我々より優れているからだ」と述べた。 この主張には科学的根拠による裏付けを欠いている。(ワシントン・ポスト
  • またケネディは、姪と交わした過去のメールで、新型コロナウイルス・ワクチンの接種について虚偽の主張を繰り返し、年に1度のインフルエンザ予防接種の価値に疑問を呈していた。彼の姪は、ニューヨーク市にあるNYCヘルス+ホスピタルズに勤務する医師である。(スタット
  • 12月に遺伝子編集ブタの腎臓を移植された3人目の人物となったトワナ・ルーニーは、2ヶ月経った今も健康で元気いっぱいである。この節目を迎えたことで、ルーニーは最も長く生存するブタ臓器移植レシピエントになった。「私はスーパーウーマンです」と、ルーニーはAP通信に語った。 (AP通信
  • 連邦政府の助成金、融資、その他の財政支援プログラムを凍結しようとするトランプ政権の試みは、混沌としたものだった。世界保健プログラムへの資金提供の一時停止でさえ、破壊とみなすことができると、アトゥル・ガワンデは書いている。(ザ・ニューヨーカー
  • あなたが食べている食品はどのように超加工されているだろうか?  表は食品をランク付けするのに役立つかもしれないが、それらの食品がどれくらい健康的かということについて、知っておくべきことを全部は教えてくれない。(サイエンティフィック・アメリカン
人気の記事ランキング
  1. AI reasoning models can cheat to win chess games 最新AIモデル、勝つためなら手段選ばず チェス対局で明らかに
  2. This artificial leaf makes hydrocarbons out of carbon dioxide 人工光合成が次段階へ、新型人工葉が炭化水素合成に成功
  3. An ancient man’s remains were hacked apart and kept in a garage 切り刻まれた古代人、破壊的発掘から保存重視へと変わる考古学
  4. AGI is suddenly a dinner table topic 膨らんではしぼむ「AGI」論、いまや夕食時の話題に
ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る