KADOKAWA Technology Review
×
The White House Is Pushing Precision Medicine, but It Won’t Happen for Years

オバマ政権が推進の先端医療
実現できない4つの理由

患者別の治療も薬は高価で科学はまだそこまで進歩していない。 by Mike Orcutt2016.07.18

米オバマ政権が推進する「適確医療」の背景にあるのは、米国民の生物医学的データを収集し、解明するテクノロジーがあれば、患者ひとりひとりに合わせた新たなオーダーメイド医薬品の開発が早まるかもしれない、という考え方だ(「米国が進める患者別医療 データベース構築で前進」参照)。

適確医療の目的は、遺伝情報等、個人の健康情報を基に、患者本人に合わせた医薬品や治療法を提供することだ。最近では、数十種類の患者専用医薬品が米国食品医薬品局(FDA)に承認され、特にがん治療の分野で目覚ましい成功例が報告されている。限定的であれば、すでに実施されているのだ。とはいえ、オバマ大統領が2015年の一般教書演説で明らかにしたような「医療の新時代」実現への道のりにはほど遠い。しかも「実現する」と仮定した上での話だ。

適確医療の実現に時間がかかるのは、以下の4つの理由がある。

1. 科学がまだ追いついていない

1998年、ハーセプチンという薬品が初めての適確薬品としてFDAに承認された。ハーセプチンの対象は、あるひとつのタイプの遺伝子異常で発生する乳がん患者だ。それ以来、特定の異常によるがんをターゲットにした新薬が数多く登場したが、実際に患者すべてに薬が効いたわけではなかった。効果がなかった理由はまだ解明されていないが、遺伝子配列決定の情報や、投薬に対する患者の臨床データを大量に収集して分析すれば、ヒントが見つかるかもしれない。

米国国立がん研究所が実施するMATCH治験などの革新的な臨床試験で、価値のある情報が得られるかもしれない。MATCH治験では、数千人の患者の腫瘍を採取して遺伝子配列を決定し、既存の適確薬品で対応できる遺伝子異常があるかを調べる。得られたデータは、他にどんな遺伝子が薬の効果に影響するかを知る手がかりになると、国立がん研究所がん治療診断部のリチャード・サイモン副部長はいう。

適確医療への取り組みについてホワイトハウスで語るオバマ大統領

ヒト遺伝子の異常は、一部のがんや、糖尿病、心臓病の発症経緯に関わっている。これらの「変異」はすでに数百種類も見つかっているが、医学的にそれがどのような意味を持つかはわかっていない部分が多い。

2. 遺伝子検査の市場はまだ実績が少ない

適確医療を次の段階へ進めるには、信頼できる総合的な遺伝子検査が必要だ。従来の診断法は、一度に主要な遺伝子異常などをひとつだけ、またはわずかしか発見できなかったが、現在一部の企業が販売中の検査法は、数百もの異常を一度に発見できる高度な配列決定に基づいている(”The Great Cancer Test Experiment“参照)。

しかし、FDAの規制が十分でないこともあって、最新の配列決定に基づいた診断検査は、科学的に可能なデータの収集と分析以上のスピードで商業化されている。高品質の検査もあるが、消費者が利用できるサービスの多くには疑問の余地が残る。FDAの適確医療及び分子遺伝学エリザベス・マンスフィールド部長代理は、同じDNAサンプルでも、検査によって異なる結果が出ることがあるという。

3. 高額である

高度な配列決定検査は数千ドルもかかる上に、その正確さや臨床的妥当性には疑問が残るため、保険会社は適確医療の保険適用に躊躇している。そのため、ある企業は腫瘍の配列決定検査を10万人のがん患者に無料で提供している。

適確薬の開発にも多額の費用がかかる。企業は自社資金を多く注ぎ込むか、そうでなければ他社とパートナーを組んで付随する診断検査の開発に取り組まなければならない。同時に、政府の承認も必要だ。この政策は変更される可能性もあるが、それまでは薬品開発が滞る恐れがある。

結局、少数の患者だけにしか効かない薬品を追い求めるよりは、より患者数の多い病気をターゲットとした「大当たり」新薬の開発に力を注いだ方が儲かると判断する製薬会社も出てくるだろう。

4. より多くのデータとデータ共有が必要

適確医療にとって最大の難関はおそらく、自身の遺伝子や、腫瘍の遺伝子配列を決定(配列情報を完全に読み取ること)した患者はほんのわずかしかいないことだろう。このため、適確新薬の臨床試験への参加者が十分に集められず、科学的進歩のペースが制限されてしまう。

必要なのは遺伝子情報だけではない。新たに開始された適確医療コホート・プロジェクトは、数万人のボランティアのデータベースを構築するが、この中には配列決定のデータと医療記録だけでなく、患者の細胞、タンパク質、代謝体の情報、それにモバイル機器で記録された健康データまで含まれる。

しかし、データを生成するだけでは不十分なのだ。さらに大きな共有データベースと組み合わせないと、規則性や関連性を浮き彫りにできないのだ。

ところが、競争のプレッシャーからデータの公開に踏み切れない研究機関や企業がある。患者もまた、自分のデータが共有されることによるプライバシー侵害を恐れる。適確医療の前進には、FDAの初代最高保健情報科学責任者(CHO)を務め、最近退任したタハ・カス・ハウトは、この傾向は変えられなければならない、という。企業や研究者は、データの共有がこの分野全体の進歩につながることを理解すべきだと、カス・ハウトは続けた。「誰にとってもよい結果になるはずだ」

人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
タグ
クレジット Photograph by Mandel Ngan | Getty
マイク オルカット [Mike Orcutt]米国版 准編集者
暗号通貨とブロックチェーンを担当するMITテクノロジーレビューの准編集者です。週2回発行しているブロックチェーンに関する電子メール・ニュースレター「Chain Letter」を含め、「なぜブロックチェーン・テクノロジーが重要なのか? 」という疑問を中心に報道しています。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る