1億ドル超の若返りコンペ、シンクレア教授が「飲む薬」で参戦
1億ドル超を懸けた長寿コンペ「Xプライズ・ヘルススパン」に、著名な長寿科学者が飲み薬で参戦する。ハーバード大学のデビッド・シンクレアが、全身を若返らせる経口「リプログラミング薬」のヒト試験を計画していることが分かった。 by Antonio Regalado2026.06.11
- この記事の3つのポイント
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- シンクレア教授が経口リプログラミング薬のヒト試験を計画し、Xプライズ参加を通じて全身若返りの実証を目指している
- ケミカル・リプログラミングは遺伝子治療より広範な細胞到達が可能だが、動物実験では毒性と有効性のトレードオフが未解決のままだ
- 老化測定の標準指標が未確立であり、科学的信頼性と規制承認の両立がこの分野全体の根本的課題となっている
長寿科学者として知られる歯に衣着せぬ論客、ハーバード大学医学部の生物学者であるデビッド・シンクレア教授は、いつの日か人々が医師のもとを訪れ、10歳若返るための処方薬を手にする時代が来ると予言し続けてきた。
このほどMITテクノロジーレビューの取材により、シンクレア教授がXプライズ財団(XPrize Foundation)の主催する1億100万ドルのコンペティションの一環として、経口「リプログラミング」薬のヒト試験を開始する計画を持っていることが明らかになった。
同財団は、免疫機能、認知機能、筋機能の改善によって測定される「見かけ上の年齢の若返り」を実現したチームに対し、賞金を授与する。グランプリは、1年間の治療後に10年以上の相対的な若返りを実証したチームに贈られる。
電話取材に応じたシンクレア教授は、「ヒトにおける年齢回復の証拠」を求めるべく、ボランティアに経口薬の混合物を投与する計画があることを認めた。
この試験が実施されれば、いわゆるエピジェネティック・リプログラミングの活用をめぐる競争において重要な新展開となる。この技術は、20年前に発見された、成体細胞を胚に存在するような幹細胞へと変換できる強力な遺伝子の発見に基づいている。
年齢逆転効果は、細胞の全体的な代謝とアイデンティティの決定に関与するDNA上の分子制御機構、すなわちエピジェネティックマークのリセットを介して生じると考えられている。
現在、各企業はこの現象を新たな若返り医療に応用しようと競い合っている。2026年1月には、シンクレア教授が関わる企業の1社であるライフ・バイオサイエンシズ(Life Biosciences)が、強力なリプログラミング遺伝子セットを用いた初のヒト試験の承認を取得したとして注目された。同社は先日、最初の患者への投与を実施したと発表している。
しかし、この試験は複雑な遺伝子治療を伴うものであり、緑内障などの疾患治療を目的として患者の眼部に限定されている。
シンクレア教授の新たな計画はさらに野心的だ。全身にわたってそのような効果を促進するために、飲むリプログラミング薬の開発を目指している。
「私たちが目指しているのは、エピジェネティクスの観点から動物、そして最終的には人間を若返らせることです」と同教授は言う。「経口薬剤を用いた広範な動物実験をしており、Xプライズへの参加を検討しているのは事実です」。
この代替手法であるケミカル・リプログラミングは、薬剤を用いて胚性遺伝子の効果を模倣するものだ。薬剤化合物は血流を通じて体内を循環し、人体のほとんどあるいはすべての細胞に到達できるため、この点は非常に重要な意味を持つ。
一部の専門家は慎重な見方を示しており、少なくとも実験室で用いられている化学的プロセスは極めて過酷であり、特段効果的とも言えないと指摘している。「全身の若返りを夢見ない人などいないでしょう。すばらしい目標だと思います」。ボストンを拠点とするステルス段階のリプログラミング企業、ソクソジェン(Soxogen)の創業者、セルヒー・ヴェリチコは言う。「しかし、これらの化学物質は細胞のリプログラミングに非常に非常に高い濃度で使用されています」。
シンクレア教授は、コードネーム「SL-100」と呼ばれる薬剤候補の正確な成分の開示を拒否し、その内容は「極めて機密性が高いもの」と述べた。しかし同教授はこれまでに、強力な化学物質と既知のサプリメントおよび市販薬を組み合わせた「エピジェネティック年齢逆転カクテル」と称する実験室研究を発表している。
医師が年齢逆転のような通常とは異なる目的であっても自由に処方できることから、最も試験しやすいのは後者の成分群だ。既存の薬を用いた生命延長研究を専門とする組織、ベターヒューマンズ(Betterhumans)のジェームズ・クレメント代表は、シンクレア教授のXプライズ・チームのために経口リプログラミングカクテルの「臨床試験を実施中」だとメッセージで述べた。
シンクレア教授のチームが参加しているのは、2023年に開始されたXプライズ・ヘルススパン・コンペティション(XPrize Healthspan Competition)だ。このコンペティションは、商業宇宙飛行や月面着陸などを対象とした過去の複数のコンペティションに続くものである。Xプライズ財団は、長寿研究の積極的な推進者でもあるピーター・ディアマンディスが執行会長を務めている。
「2チームが同等の成果を上げた場合、賞金は折半されます」。サウジアラビアのヘボリューション財団(Hevolution Foundation)が資金提供するこのコンテストで事務局長を務めるジェイミー・ジャスティス医師は言う。「しかし、1チームでも勝者を出すことすら非常に難しいでしょう」。
ジャスティス医師によれば、審査委員会は現在、健康食品、生活習慣への介入、デジタルトラッカー、薬剤化合物などを研究してきた65チームの中から10チームのファイナリストを選定する作業を進めているという。
シンクレア教授のチームはコンテストへの参加が遅かったとジャスティス事務局長は言うが、すべてのチームと同様に、今年から本格的なヒト試験に移行することが求められる。「準備を整え、試験を実施していなければなりません」(ジャスティス事務局長)。
リプログラミング現象を活用して生きた人間に応用しようとする競争は、Xプライズ・コンペティションの外でも激化している。6月2日、暗号資産の億万長者ブライアン・アームストロングが創業したスタートアップ企業、ニューリミット(NewLimit)は、「年齢リプログラミング」と称する取り組みを支援するため、ピーター・ティールのファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)を含む投資家からさらに4億3500万ドルを調達したと発表した。
同社は、肝臓の疾患を治療するために遺伝的リプログラミング命令を肝臓に届けることを目指して研究を進めていると述べている。
しかしシンクレア教授は、全身の若返りも可能だと主張し続けている。そのためには、遺伝子治療よりも化学物質の方が最も現実的な戦略となり得る。
シンクレア教授は、自身の研究室がそのような化合物の探索を続けており、「試験中の経口薬剤を改良するために」人工知能(AI)の活用を始めていると述べている。
実験室で使用されるケミカル・リプログラミングカクテルは、一般的にビタミン類、承認済み薬剤、実験的分子の混合物から成る。例えば、シンクレア教授が特許を申請したレシピの1つには、サプリメントのフォルスコリン、抗うつ薬のトラニルシプロミン、アルツハイマー病などを対象に試験されてきた実験的化学物質のラデュビグルシブなどが含まれている。
「当時は6因子カクテルでした」とシンクレア教授は初期の研究について語る。「しかし、それから大きく進歩しました。成分を開示することはできませんが、それを改良・発展させたものであり、多くの動物実験をしてきました。まだ発表はしていませんが、長期にわたって実施してきており、データを公開する前に安全性と有効性について十分な調査を完了させたいと考えています」。
シンクレア教授の結果は未発表だが、他のチームによれば、化学薬剤を用いた動物全体の年齢逆転の試みはまだ成功していないという。2025年、ハーバード大学の生物学者で別のXプライズ・チームのメンバーでもあるヴァジム・グラジシェフ教授の研究室は、7種類の化合物を制御された用量で放出するポンプをマウスの体内に埋め込むことで若返りを試みた実験の結果を報告した。
グラジシェフ教授によれば、この処置は毒性を示したと言う。「動物全体を若返らせることができるかどうかを確かめようとしました。残念ながら、適切な条件は見つかりませんでした。低濃度では効果がなく、高濃度では毒性が現れました」。
グラジシェフ教授はシンクレア教授のカクテルの成分を知らないと言いつつも、「組み合わせを改良しようとすることは理にかなっています」と述べた。
老化に関する複数の著書を持ち、ソーシャルメディアで多くのフォロワーを抱えるシンクレア教授は、証明されていない若返りの主張をしているとして他の科学者たちから繰り返し批判を受けてきた。
2024年には、シンクレア教授は、自分の弟が経営する企業が開発したサプリメントが犬の年齢を「逆転させた」と主張したことを受け、アカデミー・フォー・ヘルス・アンド・ライフスパン・リサーチ(Academy for Health and Lifespan Research)の会長を辞任した。この主張は証拠があまりにも乏しく、ある科学者からは「嘘」と呼ばれた。
問題の一端は、科学者たちが老化の測定方法についていまだ合意に至っていないことにある。また、仮に年齢逆転が実現したとしても、それを確実に測定する方法も存在しない。
Xプライズのジャスティス事務局長は、このコンペティションの主要な目的の一つは、老化の標準化された測定指標の開発を促進することでこの問題を解決することだと述べている。それにより、抗老化薬を確実に評価できるようになり、いつの日か効果が実証されれば規制当局の承認を得ることも可能になる。
「科学分野として私たちは、『もし薬が老化の仕方を改善するなら、どうすればそれがわかるのか』という問いに向き合うことを余儀なくされてきました」とジャスティス事務局長は2026年5月に開催された米食品医薬品局(FDA)当局者との公開会議で述べた。「何かが効果を示したとして、科学者として何が私たちを納得させるのか、一般の人々にとって何が意味を持つのか、ということです」。
ヘルススパン・コンペティションのファイナリストは2026年8月に発表される予定だ。
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- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
