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ヨルダン現地ルポ
ブロックチェーンが変える
国連難民支援のいま
カバーストーリー Insider Online限定
Inside the Jordan refugee camp that runs on blockchain

ヨルダン現地ルポ
ブロックチェーンが変える
国連難民支援のいま

ヨルダンの難民キャンプでは50万人のシリア難民が暮らし、世界食糧計画(WFP)が「食料のための現金」を配っている。その人道支援を支えているのは暗号通貨イーサリアムのブロックチェーン技術だ。支援の効率化にとどまらず、難民に身分証明を提供するビジョンもある。 by Russ Juskalian2018.05.11

バッサムは月に数回、米の袋、あまり選択肢のない生鮮野菜、他の最低限必要な食品が並ぶ食料品店で、ショッピングカートを押す。今日の彼は、黒いセーターの裾をジーンズの中に、ジーンズの裾をふくらはぎまである泥まみれのブーツに押し込んだいでたちだ。バッサムが買い物をしているタズウィード・スーパーマーケットは、シリアとの国境から約10キロメートル、ヨルダンの半乾燥気候の草原地帯で7万5000人の難民を収容するキャンプの周辺にある。

SDGs Issue
この記事はマガジン「SDGs Issue」に収録されています。 マガジンの紹介

チェックアウト・カウンターで会計係が合計金額を告げるが、バッサムは現金やクレジットカードで勘定を払うわけではない。その代わりにバッサムは顔を黒い箱に向けて上げ、箱の真ん中にある鏡とカメラを見つめる。少し経つと、バッサムの目の画像が会計係の画面に現れる。バッサムは、上部に「アイペイ(EyePay)」「国際連合、世界食糧計画、ビルディング・ブロックス」と書かれたレシートを受け取り、ザータリ難民キャンプの真昼の混沌へ去って行った。

バッサムは知らないかもしれないが、彼が訪れたスーパーマーケットは人道支援にブロックチェーンを利用する初の試みの一つだ。自らの紅彩(人間の眼球の中にある薄い膜)を機械にスキャンさせると、識別情報が国際連合(国連、UN)のデータベースに渡される。世界食糧計画(WFP)が運用する特殊なイーサリアム・ブロックチェーンに格納されている家族の口座情報に問い合わせをして請求は処理された。財布を開けることなく、だ。

2017年前半に始まったこの「ビルディング・ブロックス(Building Blocks)」プログラムは、ヨルダンに滞在する10万人を超えるシリア難民にWFPが「食料のための現金(cash-for-food)」を配る作業を助けている。2018年末までに、ヨルダンに滞在する50万人の難民すべてをカバーする予定だ。もしこのプロジェクトが成功すれば、ブロックチェーン技術の導入が加速し、国連の他の機関やそれ以上のところまで浸透するかもしれない。

ビルディング・ブロックスは資金を節約するために生まれた。WFPは世界中で8000万人に食糧を供給しており、 2009年以降、食品そのものの配布から、食料を必要とする人々に現金を支給する方法に移行してきた。この方法なら、より多くの人に食料を届け、地域の経済を改善し、透明性を高められる。しかし一方で非効率な点も見られるようになった。その地域で、もしくはもう少し広範囲で仕事をしている銀行に協力してもらう必要があるのだ。2017年にWFPは食料支援全体の30%に相当する13億ドル強を金融機関に送金し、何百万食に相当する資金が手数料などとして消えてしまった(実際の食事にならなかった)。ブロックチェーンを利用することで(これはまだ初期の結果ではあるが)、手数料などを98%減らせたという。

このプロジェクトを支えるWFPの幹部職員フーマン・ハッダードの見込み通りであれば、ブロックチェーンを基盤としたブログラムは、資金の節約よりはるかに大きな仕事をするようになるだろう。ブロックチェーンは人道危機の中核的問題に挑むのだ。政府による身分証明書や銀行口座を持たない人々を、仕事を得て安定した生活を送るための前提となっている金融・法律システムにどうやって取り込むか?という大問題だ。

あなたの身分証明を持つということ

ハッダードが想像する将来像は、いつの日かバッサムが、ザータリ難民キャンプでの取引履歴と政府が発行したID番号と金融口座へのアクセスを格納した「デジタル・ウォレット」を携えて、キャンプから歩いて出ていくことだ。デジタル・ウォレットの内容はすべて、ブロックチェーンを基盤とした個人識別システムにリンクしている。そんなウォレットがあれば、バッサムはキャンプを離れた時、容易に世界経済に入っていけるだろう。バッサムは、彼の雇い主が賃金を振り込む場所を持っている。大銀行はバッサムの信用履歴を確認できる。国境や入国管理局はバッサムのアイデンティティ(バッサムがどこの誰であるかということ、身分証明)を確認できる。そのアイデンティティは、国連が認証したものであってもよいし、ヨルダン政府が認めたものでも、またはバッサムの隣人たちが認めたものであってもよい。

こうした情報は、おそらくスマートフォンに保管され、バッサムのような人は、自分のデータをシリアからヨルダンへ、そしてさらに他の国へと持ち運べる。暗号化してオンラインにバックアップしておくことも必要だろう。このようなシステムをシリア難民が活用すれば(実際、ザータリに滞在する多くの人はスマホを持っている)、彼らが家を捨てた時に書類や財産と一緒に失った法的な身分証明を取り戻せる。このシナリオでは、バッサムはドイツに移住することもシリアへ帰ることもできる。簡単に学歴を証明でき、子どもとの関係を明らかにでき、ビジネスを始めるための融資も受けられる(多くの国ではIDがないと銀行口座を作れない。銀行口座なしでは生活する場所も合法的な仕事も手に入らない)。

もし、バッサムがふるさとのダルアーを離れ …

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