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夏本番を前に電力網が悲鳴、猛暑の需要急増をどう乗り切るか?
Spencer Platt/Getty
It’s officially summer, and the grid is stressed

夏本番を前に電力網が悲鳴、猛暑の需要急増をどう乗り切るか?

米国で猛暑が続き、電力需要が記録を更新している。まだ6月だというのに、大手送電事業者PJMでは予測を大幅に上回る160ギガワットを記録。本格的な夏を前に鍵となるのが、送電網の「柔軟性」だ。 by Casey Crownhart2025.07.02

この記事の3つのポイント
  1. 記録的な猛暑により米国各地で早くも電力需要が予測を上回った
  2. 送電大手のPJMでは6月の154GWの予測に対し160GW超を記録した
  3. 需要削減プログラムで柔軟性を高め、新規発電所建設を回避できる可能性も
summarized by Claude 3

送電網にとって正念場がやってきた。この記事を書いている6月26日時点で、ここ米国ニュージャージー州の気温は約38度であり、私はアパートの最も小さな部屋にこもってブラインドを下ろし、1台の窓用エアコンをフル稼働させている。

ここのところ米国の広い範囲で猛暑が続いており、最高記録に近い、あるいはそれを上回る超える日が続出している。スペインや英国は最近、劇的な熱波に見舞われ、英国は残念ながら間もなく別の熱波にも備えている状況だ。そして電力需要を追跡するWebサイトに目を向けると、電力需要も記録的な高さに達している。

私たちは快適さを保つため、そして何より安全を保つため、電力に依存している。送電網の設計は、まさにこうした需要が最も高くなる瞬間を想定して設計されている。送電網を円滑に運営し続ける鍵は、ほんの少しの柔軟性かもしれない。

送電網を守る鍵は「柔軟性」

熱波は世界中で発生するが、例として私が住む地域の送電網を見ていこう。私は、米国最大の送電網運営会社であるPJMインターコネクション(PJM Interconnection)の契約者およそ6500万人のうちの1人である。PJMはバージニア州、ウェストバージニア州、オハイオ州、ペンシルベニア州、ニュージャージー州、および隣接する州の一部をカバーしている。

今年初め、PJMは今夏の電力需要がピーク時に154ギガワット(GW)に達するであろうと予測した。だが、6月23日、まだ夏が始まったばかりだというのに、送電網は予測を大幅に上回り、午後5時から6時の間に平均160GWを超えた。

昨年のピークと今年の予測値の両方を上回ったという事実は、必ずしも災害を意味するわけではない(PJMによると、システムの総容量は今年179GWを超えている)。だが、少し神経質になるにはこれで十分だろう。通常、PJMは7月または8月にピークを迎える。この記事を執筆しているのは6月である。したがって、夏の後半に向けて電力需要がさらに高いレベルに達するのは驚くべきことではない。

PJMだけではない。米国中西部の大部分と南部の一部をカバーする送電事業者のMISOも先週、ピーク需要に近づくと予想されるとの通知を出した。そして米国エネルギー省は南東部の一部に対して緊急命令を発令し、需要が高い間は地元の電力会社が発電量を増やし、大気汚染制限を回避することを許可した。

こうした、送電網を限界まで使い切るパターンは今後も続くだろう。気候変動によって気温が押し上げられ、同時に電力需要が膨張しているからだ(その一因はAIを稼働させるデータセンターにもある)。PJMの予測によると、2035年の夏のピーク需要は210GW近くに達する可能性があり、現在供給可能な179GWを大幅に上回ってしまう。

もちろん、今後数年間で発電所をさらに増設し、送電網に接続していく必要がある(少なくとも、古くて非効率で高価な石炭火力発電所を再稼働させ続けたくないのであれば)。だが、新たな発電所の建設の必要性を制限できる静かな戦略がある。それは「柔軟性」である。

送電網は、この熱波のような予測可能な絶対的最高需要の瞬間に備えて構築されなければならない。しかし、これらのピーク時を乗り切るために存在する相当な容量は、それ以外の多くの時間は遊休状態となる。つまり、需要が急増したときにのみ稼働する必要があるわけだ。別の見方をすれば、ピーク時の需要を削減することで、電力網の運営に必要な総インフラを削減できる。

熱波の際に電力需要の逼迫を経験した地域に住んでいるなら、食器洗い機の使用を控えるよう、あるいはエアコンの設定温度を数度上げるよう求めるメールを、夕方の早い時間帯に電力会社から受け取ったことがあるかもしれない。これらはデマンド・レスポンス(DR)プログラムと呼ばれるものだ。一部の電力会社では、より組織的なプログラムを実施しており、ピーク需要時に電力使用量を削減した顧客に対して料金を支払うシステムを運用している。

PJMのデマンド・レスポンス・プログラムは合計約8ギガワットの電力を供給している。600万世帯以上に電力を供給するのに十分な量だ。これらのプログラムにより、PJMは複数の大規模原子力発電所に相当する発電設備を稼働させる必要を実質的に回避している(同社は6月23日の午後、一日で最も暑い時間帯にプログラムを実際に発動した)。

電力需要が増加する中、この種の柔軟性を組み込み、自動化することは、必要な新規発電量を削減するのに大いに役立つ可能性がある。今年初めに発表されたある報告書では、データセンターが年間わずか0.5%の時間(年間連続運転のうち約40時間)の電力制限に同意すれば、PJM地域において発電容量を追加することなく約18GWの新規電力需要に対応できることが判明した。

米国全体でこのレベルの柔軟性を実現できれば、新たな発電所を建設することなく、追加で98ギガワットの新規需要に対応できるようになる。米国のすべての原子炉の発電容量を合わせても97ギガワットであることを考えると、これがいかに意味のある数字か、理解できるはずだ。

夏の暑い日にサーモスタットを調整し、データセンターの稼働を抑制することだけでは需要逼迫は解決できない。だが、送電網の柔軟性を高めることは、確実に有益である。

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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