
現在、民間主導での超小型ロケット・人工衛星を活用した宇宙開発利用が急速に拡大している。こうした宇宙機の姿勢や軌道を制御する小型ロケットエンジン(「スラスター」と呼ばれる)の推進剤には、一般的にヒドラジンが使われる。ヒドラジンは触媒で容易に分解してガス化するため、反応制御がしやすい一方で、毒性が高く、取り扱いには特殊な設備や防御服が必要であり、厳重な管理が求められる。
そこで松永浩貴(Hiroki Matsunaga)は、一般的に「燃えない溶媒」とされるイオン液体を燃料とする推進剤である「高エネルギーイオン液体(Energetic Ionic Liquids:EILs)」を考案。熱源を用いたEILsの着火を実証した。松永が調製したアンモニウムジニトラミドを基剤としたEILsは、ヒドラジンと比べ、毒性を低減できるだけでなく、スラスターの性能を理論上約50%向上できるという。
ヒドラジンに代わるエネルギー物質を用いた液体推進剤としてはさまざまなものが提案されているが、液体化のために水(燃焼阻害物質)やメタノール(揮発性毒劇物)を使用しているものがほとんどだ。それらを含まないEILsの理論性能や安全性の高さは際立っている。スラスターの設計は一般に数%の性能改善にも困難が伴うため、50%の改善可能であるというEILsは画期的と言える。
現在、松永はさまざまな研究機関や企業と連携しながら、合成や着火といった基礎研究の高度化に取り組むとともに、EILsを推進剤とした宇宙推進システムの試作および地上燃焼試験の準備を進めている。数年以内の宇宙実証を目指して、「いかに安全かつ高効率に合成するか」「いかに着火するか」といった課題について、マイクロリアクター、レーザー着火といった新技術による解決を目指し、小規模な試験で実現可能性を示している段階だ。
EILsを用いた宇宙推進システムが確立されれば、既存システムと一線を画した性能、安全性、運用性を有した超小型推進器が実現する。EILsは組み合わせ次第で多彩な性能を達成できるため、超小型衛星をはじめとする多くの宇宙ミッションへの適用も期待でき、宇宙開発を大いに加速するだろう。
(中條将典)
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