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「AIが仕事を生む」は欺瞞、井上智洋が提唱する月7万円のBI導入
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The "AI Creates Jobs" Myth—and the Case for Basic Income

「AIが仕事を生む」は欺瞞、井上智洋が提唱する月7万円のBI導入

米国では就業者数が増えているにもかかわらず、労働参加率は低下し続けている。AIが中間層の事務労働を奪っても、代わりに生まれる雇用の多くは低賃金の肉体労働だからだ。「AIは新しい仕事を生む」という言説の欺瞞を、駒澤大学の井上智洋准教授は7月のMITテクノロジーレビューのイベントで解き明かし、月7万円のBI導入を提唱した。 by Yasuhiro Hatabe2019.08.01

MITテクノロジーレビュー[日本版]は7月22日、駒澤大学経済学部の井上智洋准教授を招いて、「Emerging Technology Nite #13 自動化で変わる仕事の未来ーベーシックインカムは私たちを幸せにするか?ー」を開催した。

井上准教授は、学部生時代はコンピューターサイエンス、とりわけAIについて学び、一度IT企業に就職した後、大学院で学んで経済学者になった研究者。専門はマクロ経済学だが、2018年4月には『AI時代の新・ベーシックインカム論』を出版するなど、経済学者の立場からAIについても論じている。

「私もある意味で加速主義者」と井上准教授は話す。そして、「AIの技術をどんどん進歩させて、仕事はAIやロボットにしてもらおう。われわれは遊んで暮らそう。資本家の下で働かされる世界から解放されるべき。そういう考えなのです」と続けた。

「加速主義」は、英国の哲学者ニック・ランドの思想だ。資本主義の原動力である科学技術を加速的に進歩させることによって、資本主義の矛盾を乗り越えようとする考え方だ。井上准教授は「本来の意味での『加速主義』とは違うかもしれないが」と前置きした上で、これから私たちは「AIの進歩によって生じるさまざまな矛盾、例えば格差や失業といった問題を乗り越えなければならない」と真意を話す。

AIは人間をエンパワーする、ただし均等にではない

イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書『ホモ・デウス』で、人類は人間至上主義の近代を終え、データ至上主義の時代に移ることを示唆した。「すべてのモノの『インターネット』の偉大なアルゴリズムが、誰と結婚すべきか、どんなキャリアを積むべきか、そして戦争を始めるべきかどうかを、教えてくれるでしょう」と述べている。

井上准教授は「当面、そこまで極端なことにはならない」とはいうが、私たちはすでにアマゾンのレコメンデーションに従って本を買ったり、マッチングアプリで交際相手を探したりと、意思決定をAIに委ね始めていることも事実だ。それをもって「AIは人間をエンパワーする」ということもできるが、井上准教授は「そこには『しかし、均等にではない』という但し書きが必要」と話す。

GAFAや中国のBATとくくられる巨大テック企業は、第4次産業革命の核となるAIというテクノロジーで覇権を握って経済的にエンパワーされようと、AIに莫大な投資を続けている。AIで独裁的な体制を強化し、政治的にエンパワーされようとする統治者も世界にはいる。

私たちはAIのない未来を選べない

「人類は、科学技術の集大成ともいえる核兵器を手に入れました。キューバ危機はどうにか回避したものの、あのとき全面核戦争になっていてもおかしくなかった。集団がいくつかあるときに、1つの集団が軍事技術を開発していくと、それに対抗するために他の集団も軍事技術を発達させないといけない。そもそも軍事技術なんかない方が、無駄なお金も労力も使わずに済むかもしれないのに。でも、私たちは『選べない』のです」(井上准教授)。

これは、経済学でいうところの「合成の誤謬」だ。「一般的な技術は、競争になった時に『わが国は導入しない』という決定はできない。そして、利益を最大化する企業が、自分たちの利益のために技術を導入した結果、社会全体に悪い結果をもたらす可能性は十分ある。技術の導入は、民主主義的な国民の総意で決定されるわけではないのです」と井上准教授は述べ、悪い結果を最小限にとどめること、事後的に仕組みや制度で是正していくことの必要性を説く。その1つの方策がベーシックインカムということだ。

最低限の生活を保障するベーシックインカム

ベーシックインカムとは、個々人の収入の水準に拠らず、全ての人に無条件に、最低限の生活費を一律に給付する制度のことだ。世帯ではなく、個人を単位に給付される。日本語では最低所得補償制度と訳される。

フィンランドでは2017〜18年の2年間で、失業者2000人に6万8000円ほどのベーシックインカムを給付する実験が行われた。最近ではイタリアの連立政権の第1党が昨年9月にベーシックインカムを導入すると発表し、今年の4月から低所得者・失業者を対象に給付を開始している。また、シリコンバレーの著名アクセラレーターであるYコンビネーターが米国で実証実験を始めたほか、2020年の米大統領選でも導入を公約に掲げる候補者が現れるなど、実現へ向けた動きは世界で高まっている。

日本では生活保護を受けるためにさまざまな制約があり、捕捉率は2割程度といわれている。つまり、本来、生活保護が必要な人の8割が受給できていない。また、働いて賃金を得る受給額が減らされるため、給付対象者の労働意欲を削ぎ、貧困から脱却しにくくしている側面もある。その点、ベーシックインカムは誰にも一律に給付するため、「貧困の完全な撲滅を目指せるのが一番の利点」だと井上准教授は話す。

井上准教授は、「今すぐ導入するなら」という条件で、月7万円のベーシックインカムを提唱している。7万円である理由は、「多すぎると、会社を辞めてしまう人が多数出る。現状では、そうすると経済が回らなくなってしまう。労働意欲を削がずに、最低限の生活保障は実現できる額」ということだ。「ただし全ての社会保障制度を置き換えることはできないし、そうすべきではない。高齢者、障害者、重い病気を患っている人には、別途手当が必要」と補足した。

AIに雇用を奪われた労働者の多くは低所得層へ移る

オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授が論文「雇用の未来」を2013年に発表して以降、「AIによってどの職業がなくなるか」という議論が盛んだ。

「しかし、職業が丸ごと消滅するかどうかは重要な論点ではない」と井上准教授はいう。それぞれの職業において、雇用が減るのか・減らないのか、減るならば「どれだけ」減るかを見る必要があるということだ。そこで、「ある特定の職業で雇用が減っても、今までなかった新しい職業が生まれ、全体として雇用の数が減らなければいい」という主張が出てきてもいる。はたしてそれで問題はないのか。

井上准教授は、米国の労働市場での動きを示した。米国では今、就業者の実数は増えている。しかしそれ以上に人口の増加率が高い。労働参加率を見ると右下がりになっており、「働きたいのに働けていない」人が増えていることが分かる。

MITスローン経営大学院のエリック・ブリニョルフソン教授と、同大学院の主任研究員であるアンドリュー・マカフィー氏が著した『機械との競争』の内容から、米国では中間所得層の雇用が減っている状況を井上准教授は説明した。

「低所得者=肉体労働、中間所得層=事務労働、高所得層=頭脳労働、と単純化してみると、事務労働の雇用が減っている。その人たちが、IT産業や金融関係などの頭脳労働のほうへ移行できれば所得が増えるかもしれないが、実際には清掃員、介護スタッフなどの肉体労働のほうへ行っている」(井上准教授)。

ここから、「AIが普及しても、AIに関する新しい仕事が生まれるから雇用は減らない」という言説の欺瞞が明らかになる。現実では、ITが破壊する雇用に対し、ITが創出する雇用が足りていないのだ。

これまでの工業社会では、製造業が大量生産するために、雇用を生み出してきた。しかし限界費用ゼロの情報社会に移り変わると、工業社会と同じ経済法則が働かなくなる。テクノロジーが進歩すると、先端技術とは関係ない産業のほうへ多く人が移っていく。これは「労働市場の両極化」とも表現される。

「労働市場の両極化」が起きているため、米国では一般的な労働者の収入が増えない、あるいは減る傾向にある。1人当たりのGDPは右肩上がりに増えているにもかかわらずだ。そして、日本でも「労働市場の両極化が起こっている」と井上准教授は指摘する。

つまり、中間所得層が減り、代わりに低所得層がぐっと増え、高所得層は微増している状況。このまま進むと、圧倒的大多数が低所得層となる社会になっていくと考えられる。

そのために、ベーシックインカムの必要性が議論に上がっているのが現状である。AI・ロボットが十分に発達すると、雇用、つまり労働力需要の減少とバランスをとる形で労働意欲を減らしていかなくてはいけない、というのが井上准教授の考えだ。その労働意欲を、ベーシックインカムの給付額の上げ下げによってコントロールできるとしている。

ベーシックインカムの財源をどう考えるか

ベーシックインカムの議論でたびたび指摘されるのが、「財源」の問題だ。井上准教授は「財源を税金で賄うとするなら、富裕層からより多く税金を取ることになってしまう」という。つまり、富裕層が首を縦に振るかどうかだけが、財源の問題の中心だと指摘している。

国民1人当たりに月7万円給付する仮定だと、井上准教授の試算では年間100兆円もの支出が必要ということになる。所得税だけで考えると25%もの税率引き上げが必要で、最高税率は現在の45%から70%へ。「それでは富裕層の反発が強くなるので、相続税率を30%引き上げつつ、所得税の引き上げが10%程度に抑えたほうがいい」と井上准教授は述べる。

ただ、100兆円が財源として本当に必要かという点には議論の余地があるとして、井上准教授は「負の所得税」の仕組みを紹介した。負の所得税とは、納税額がベーシックインカムの給付額より多い人は、給付額を差し引いた額だけを税金として納め、納税額がベーシックインカムの給付額より少ない人は、税金を納めるのではなく、逆にベーシックインカムとの差分を「受給」する課税の仕方。「ベーシックインカムにも似た『負の所得税』の仕組みを用いれば、そこまで財源は気にしなくてもよい」という。

「あるいは、個人の税金ではなく、GAFAなどように人々の個人データを集めているプラットフォーム企業により多く課税するといったことも考えられる」(井上准教授)。

さらに最近話題のMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)にも触れた。MMTの考えでは、「政府は自国通貨建ての借金では財政破綻しない」としており、すると政府の借金によってインフレにならないようにだけ気をつければよい、ということになる。

「このような新しい考え方を取り入れていくと、必ずしも税金をベーシックインカムの財源として考える必要はないのではないか」と井上准教授は語った。

「よく勘違いされるのは、ベーシックインカムが雇用を奪っているわけではなくて、AIが雇用を奪うからベーシックインカムが必要になるということ。ベーシックインカムにはメリットも副作用もあるが、実際にやってみないとどうなるか分からない部分もある。退路を確保しながら、徐々に導入することが大事だと考えています」(井上准教授)。

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畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。
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MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

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