KADOKAWA Technology Review
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CRISPR Patent Outcome Won’t Slow Innovation

CRISPR特許の真の発明者が決まっても、イノベーションが止まらない理由

医学生物学と農業分野の企業が、CRISPRの製品化に躍起になっている。特許権の所有者が判明したとき、無効になった許諾を得ていた企業はどうなるのだろうか? by Emily Mullin2016.12.14

先週、バージニア州アレクサンドリアにある米国特許商標庁で審査員団が、現在まで今世紀最大のバイオテクノロジーの発見である「クリスパー(CRISPR)/CAS9」に関する権利を誰が所有するべきかの議論を審問した。CRISPRは精密な遺伝子編集システムで、深刻な人間の遺伝子障害を治療し、干ばつや病原菌に抵抗するデザイナー作物を作る可能性を秘めている。

この論争に巻き込まれているのは、CRISPRに関連する13件の特許を所有するマサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学共同のブロード研究所と、同テクノロジーの真の発明者あると信じるカリフォルニア大学バークレー校だ。2大学のグループは(人間、植物、動物の)真核細胞におけるCRISPR遺伝子編集の所有権を争っている 。争われているのはCRISPRでも最も利益を生み出す使用法に相当するテクノロジーだ。

何百万ドルもがかかっているテクノロジーの所有権争いの先には、生物医学と農業会社との多数の商業契約がある。衝突の成り行きによっては、契約のいくつかが無効になる可能性もある。しかし、2017年前半と見込まれている特許審査員の決断によって、CRISPR関連の会社が破綻したり、商業研究施設でイナズマのような速度で進む研究開発を遅らせたりすることはないだろう、と専門家はいう。

「どんな会社の成功や失敗も、特許だけにかかっているのではありません」と2000万ドルをエディタス・メディシンに投資したディアフィールド・マネジメントの知的財産弁護士であるマーク・シュティラーマンはいう。むしろ、資金繰りのほうが大事だとシュティラーマンはいう。

エディタスがブロード研究所からCRISPRテクノロジーのライセンスを受け取っている一方、インテラ・セラピューティック、クリスパー・セラピューティック、カリブー・バイオサイエンスなどのCRISPR系企業はカリフォルニア大学から特許実施権を受けている。鍵となる特許が宙ぶらりんのままでも、これらの会社はベンチャーキャピタルで総額10億ドル以上も集め、病気の原因となる遺伝変更を修正するためにデオキシリボ核酸(DNA)を使う治療法の開発を競っている。

特許審査団が、ブロード研究所がCRISPRの正式な発明者だと決定し、関連する特許を全て有効と認めた場合、特許は真核細胞でCRISPRを使用する基礎であるため、ほとんどの他の会社は、ブロード研究所またはエディタスから特許実施権を取得する必要が生じる、とシュティラーマンはいう。しかし、審査団がカリフォルニア大学に有利な裁定を下す可能性もあり、そうなればエディタスやブロード研究所と提携している会社は特許の実施権の許諾契約を新たに交渉しなくてはならない。

CRISPRの研究者で、エディタスの創業メンバーでもハーバード大学のジョージ・チャーチ教授(遺伝学)は、ブロード研究所が勝てば、エディタスはCRISPRに関連する製品を開発する他の会社が「仕事に取りかかれるように、」既知の研究の再許諾を認めるという。チャーチ教授は、勝者がそのような許諾を配当しないとすれば驚きの事態だという。

「勝者と敗者が出ることにこだわっても仕方がないのです」とチャーチ教授はいう。研究を進める観点では、CRISPRに携わる会社が多ければ多いほど、誰かが革新的な医薬品を開発する可能性が高まるからだ。

再許諾権と引き換えに、特許所有者はいくらかの利益配当金を得られるだろう。

農業分野では、デュポンがカリフォルニア大学からCRISPRの許諾を受けている一方で、モンサントはブロード研究所から許諾を得ている。デュポンはすでに
CRISPRに関連するトウモロコシの事業化を進めており、5年以内に発表される見込みだ。

デュポン・パイオニア研究開発部門のニール・ガターソン部長は声明書で、同社は法的手続きを続けるつもりはないという。しかしガターソン部長は、もしカリフォルニア大学から得た許諾が無効の場合、デュポンには「CRISPRの応用においてビジネスのリーダーとしての地位を確立するための戦略がある」という。

メイヤー・ブラウンで生命科学を専門とする知的財産弁護士のコリーン・トレイシー・ジェームズは、必要があれば、会社は正式な発明者と交渉して新たな許諾を得る数週間ほどしかかからないだろうという。ブラウンは、勝者は「契約を迅速に済ませ、売上を得ることに動機がある」という。

特許審問であり得る別のシナリオは、審査団がブロード研究所とカリフォルニア大学の両方に特許を認定する状況だ。その場合、CRISPRの許諾を得ている企業は、使用している特定の利用法の権利が、ブロード研究所とカリフォルニア大学のどちらの所有かを特定しなくてはならない。

ただし、生命を救う可能性がある医薬品を開発している会社は「セーフハーバー」条項によって免責され、法的に守られている、とシュティラーマンはいう。セーフハーバーは、ある会社にテクノロジーを使う許諾がない場合でも、特許である発明を使って研究できることを意味する。

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ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。
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