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「妊娠検査薬」並み、年内にも 在宅CRISPR検査キットが開発中
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The race is on for a covid-19 test you can take at home

「妊娠検査薬」並み、年内にも 在宅CRISPR検査キットが開発中

遺伝子編集ツールCRISPRの共同開発者らが設立したスタートアップ企業が、自宅で使用できる遺伝子検査キットを開発中だ。年内の提供を目指すといいい、実用化できれば新型コロナウイルスだけでなく、今後の検査方法に大きな影響を与える可能性がある。 by Neel V. Patel2020.05.22

熱っぽく、咳が出ている。ただの風邪なのか、それとも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)なのか。おそらく私たち皆は今後数年にわたり、こうした疑問を抱えることになるだろう。

現在、新型コロナウイルス感染症の検査を受けるには、医者に診てもらうかドライブイン方式の診療所に行く必要があり、その際に他の人々を新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染させる可能性がある。検査を受けるのが困難な可能性もあるだろう。米国疾病予防管理センター(CDC)は依然として、症状が軽い場合はただ自宅にとどまっているよう呼び掛けている。

現在いくつかの企業が自宅での新型コロナウイルスの遺伝子検査キットを開発しようとしているのは、そのためだ。カリフォルニア州サウスサンフランシスコにあるスタートアップ企業のマンモス・バイオサイエンシズ(Mammoth Biosciences)は、そのような企業の1つだ。同社は、遺伝子編集テクノロジー「クリスパー(CRISPR)」を用いた検査キットの開発を手掛けており、使い捨て可能な自宅検査キットを年内に利用できるようにする予定だと発表した。

検査キットの設計と製造は、グラクソ・スミスクライン(GSK)コンシューマー・ヘルスケアが担当する。グラクソ・スミスクラインはすでに、歯磨き粉、ニコチンガム、一般用(OTC)医薬品を消費者向けに販売している。

クリスパーは、動物の遺伝子を改変したり遺伝病を治したりするのに用いられるツールとして最もよく知られている。その一方でクリスパーは、(ウイルスの遺伝子配列のような)非常に特定された遺伝情報に狙いを定めることができ、自宅で使える妊娠検査薬の判定線のような目に見えるシグナルを生成できるため、診断検査に用いることもできる。

今回のパンデミックは、クリスパーを検査に使うアイデアを後押ししている。クリスパーが、すばやく使用でき、機械類をほとんど必要とせず、唾液や鼻水など生のサンプルを調べられるなどといった、ポータブルな検査を実現可能にする特徴を持つためだ。

「これこそ、クリスパーの究極の活用例です」とマンモス・バイオサイエンシズの最高経営責任者(CEO)であるトレバー・マーティンは話す。「当社は、それを妊娠検査薬のような形式で実現することを目指しています」。

現在、最も正確な新型コロナウイルス感染症の検査は、中央の検査機関が実施する分子検査で、複数の処理段階を必要とするPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)と呼ばれる手法を通常用いる。マンモス・バイオサイエンシズのような企業の目的は、PCRを使用しないことで、高価な機器と訓練を受けた技術者を不要にすることだ。

「自宅で実施するタイプの検査を、研究施設での検査と同程度に正確なものにしたいと考えています」とマーティンCEOは述べる。「妥協すべきではありませんし、これまでのところ妥協できない状況となっています」。

 

Covid-19 test prototype
マンモス・バイオサイエンシズによる新しい新型コロナ検査キットのプロトタイプ

4月に、マンモス・バイオサイエンシズと共同研究をしているカリフォルニア大学の研究者が、クリスパーが新型コロナウイルスを検知できることを実証した。クリスパーを用いた研究開発に取り組んでいる他の2社の検査開発企業、シャーロック・バイオサイエンシズ(Sherlock Biosciences)とキャスパー・バイオテック(Caspr Biotech)も同じことを示した。シャーロック・バイオサイエンシズのラフル・ダンダCEOは、「クリスパーが新型コロナの検査に使えると実証しても、製品を市場に出せません。検査に使えることは1日で示せました」と3月のインタビューで語っている。

シャーロック・バイオサイエンシズはその後、研究施設でのみ使用できるクリスパー検査の緊急販売許可を取得したが、同検査はまだ使われていない。

自宅検査

自宅検査キットがパンデミックの制御や新規感染の抑制に実際どれだけ効果があるかは不明だ。インペリアル・カレッジ・ロンドンの分析によると、医療従事者の検査を毎週実施する場合など、高リスクのグループには通常の新型コロナウイルスのスクリーニングを用いるべきだという。同分析の結果、自宅検査キットで住民全体を検査して、症状のある人に自己隔離を求めるだけでは、たいしたメリットがないことが分かった。

自宅で検査をした場合、人々が結果を保健機関に報告しないかもしれず、パンデミック拡大の可視性を制限することにつながる可能性がある。医師が関与しなければ、隔離や接触者への通知に関する医学的アドバイスを受けたり、従ったりできなくなる可能性もある。

「報告を義務付けることなく自宅検査キットを個人に提供することは、人々が重要な公衆衛生の情報を見逃す可能性があることを意味します」。ボストン大学の国際保健学のドナルド・テア教授は話す。

現在のところ一般向けの検査を販売していないグラクソ・スミスクラインは、自宅検査にどのようなメリットがあると考えているのかという質問には答えなかった。マンモス・バイオサイエンシズのマーティンCEOによると、同社の検査がどのように機能するかについての詳細は決まっていないが、匿名化された検査結果を記録・報告するアプリを取り入れる可能性があるという。「概して、特にパンデミックの状況下では、情報が多ければ多いほど良いのです。私は、人々がその情報に基づいて行動すると信じています」とマーティンCEOは話す。

米国ではすでにHIV、コレステロール値、アレルギーの自宅検査キットがドラッグストアで販売されているが、そのいずれも遺伝子検査ではない。(父子鑑定や祖先調査のための)現在の消費者向け遺伝子検査では、人々は唾液や毛髪のサンプルを郵送することが求められる。

米国食品医薬品局(FDA)は4月、採取したサンプルを郵送する新型コロナウイルス検査キットの販売をラブコープ(LabCorp)に許可した。しかし、同検査キットは結果が出るまで数日を要するものとなっている。

消費者向けに加えて、ウイルスが国内に持ち込まれないことを水際対策で保証したい政府や航空会社などの企業向けに、すばやく容易に実施できる新型コロナウイルス感染症検査が必要になる可能性がある。マーティンCEOは入国者のスクリーニングは「明確な活用例」であるとし、その可能性について「さまざまな政府機関」と話し合っていると述べている。

検査の未来

マンモス・バイオサイエンシズは、クリスパーの共同開発者であり、この用途の広いテクノロジーが病気の診断に革命をもたらすのに有望なツールであると考えているカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授などの科学者たちによって設立された。新型コロナウイルスのパンデミックによって史上初の自宅遺伝子検査キットが実現すれば、次の新たな感染症の検査や、(性感染症や連鎖球菌性咽頭炎の検査などの)新たな消費者向け検査にクリスパーが適用される可能性が高い。

「クリスパーのテクノロジーを簡略化、簡素化して容易に自宅で使えるようになれば、理論的にはDNA(デオキシリボ核酸)またはRNA(リボ核酸)を持つあらゆる病原体の検査に使用できます」とテア教授は述べる。「ウイルスの診断に真の革命がもたらされるでしょう。今回の新型コロナウイルスのパンデミックによりその動向は明らかに加速しています。本当に悲惨な状況によってもたらされた、意図せぬ、希望の持てる成果の1つです」。

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ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。
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