KADOKAWA Technology Review
×
シンガポールで人工培養肉に初認可、チキンナゲット販売へ
Just
Cultured meat has been approved for consumers for the first time

シンガポールで人工培養肉に初認可、チキンナゲット販売へ

シンガポールで、米国の培養肉企業イート・ジャストの培養肉製品に初の認可が下りた。一般消費者が初めて口にする培養肉は、チキンナゲットになりそうだ。 by Niall Firth2020.12.08

実験室で作られた培養肉の食用としての販売に、初の認可が下りた。この画期的な認可において、シンガポールの規制当局は、米サンフランシスコを拠点とするスタートアップ企業のイート・ジャスト(Eat Just)に、チキンナゲットという形で培養鶏肉を一般消費者に販売する権利を付与したのだった。

イート・ジャストは、過去2年間にわたって規制当局と協働してきており、2020年11月26日に正式に承認された。シンガポールの規制当局は、食品毒性学、バイオインフォマティクス、栄養学、疫学、公衆衛生政策、食品科学、食品技術をそれぞれ専門とする7人の専門家からなるパネルを集め、イート・ジャストの製造工程の各段階を評価し、食用としての培養鶏肉の安全性を確認した。「規制当局は、完成品だけを見るのではなく、製品に至るまでのすべての工程を検証しました」と、イート・ジャストの共同創立者兼CEOのジョシュ・テトリックは述べる。「私たちは、規制当局の思慮深さと厳格さに感銘を受けました」。

まだ名前が公表されていないシンガポールのとあるレストランでは、まもなくイート・ジャストの培養鶏肉がメニューに登場するが、テトリックCEOはその後も拡大を計画しているという。「1軒のレストランから5軒、10軒と増やしていき、最終的には小売にも進出し、その後はシンガポール以外の国にも展開していく予定です」とテトリックCEOは語る。

ほとんどの培養肉は同じような方法で製造されている。細胞は動物から採取されるが、多くの場合、生体の組織片やすでに樹立された動物細胞株から採取される。採取された細胞は、栄養素が含まれた培養液に浸され、ミートボールやナゲットを作るのに十分な量まで増殖するためのバイオ・リアクターに入れられる。倫理的または環境的な理由で食べる肉の量を減らしたいが、完全に辞めたいわけではないという準菜食主義者に訴求するという考えに基づき、多くのスタートアップ企業はこうした製造方法に変化を加えた手法を用いて設立されている。

この新進気鋭の産業は、2013年に33万ドルの培養肉ハンバーガーがテレビで有名になって以来、大きく前進してきた。培養肉のアイデアを適切に用いれば、温室効果ガスの排出量を大幅に減らし、動物に苦痛を与えずに食肉を生産できるという考えに後押しされたためだ。しかし、コストが未だにハードルとなっている。細胞の培養に必要な成長因子が高価であるため、純粋な培養肉の製品価格は1ポンド(454g)あたり数百ドルとなっている。通常の食肉と競争するにはあまりにも高価である。そのため、イート・ジャストの最初の鶏肉製品は、培養鶏肉に植物性タンパク質を混ぜ合わせたチキン「バイト(bites)」だが、テトリックCEOは詳しい配合の割合を明かしていない。「チキンナゲットはすでに混合されたものですから、この商品も何の違いもありません」とテトリックCEOは言う。チキンバイトは、レストランのメニューに「培養鶏肉」として記載される。

この度のシンガポールの判断により、世界各国の規制当局が培養肉を食用として承認し始める可能性がある。

「私たちは、シンガポールが叩きつけた挑戦状を、米国や中国、そして欧州連合(EU)が受け取ってくれることを期待しています」と話すのは、代替肉の分野で活動する非営利団体グッドフード・インスティテュート(Good Food Institute)のブルース・フリードリック事務局長だ。「工業的畜産からの脱却ほど、気候変動にとって重要なものはありません」。

イート・ジャストに打ち負かされた大企業の多くは、すでに規制当局と協働して自社製品を市場に投入しようとしている。培養肉の市場投入は急ぐべきことではないと、フリードリック事務局長は言う。「食用の培養肉製造企業は、細心の注意を払い、消費者の期待を上回るほど、消費者に安心して製品を食べてもらえるような状態を確保することが重要なのです」。

ビル・ゲイツ、リチャード・ブランソン、昔ながらの食肉企業のタイソン・フーズ(Tyson Foods )を含む多数の出資者を持つメンフィス・ミーツ(Memphis Meats)は、イート・ジャストをはじめ、培養魚肉企業のブルーナル(BlueNalu)やフィンレス・フーズ(Finless Foods)など、その他多数の企業と協力してロビー活動グループを結成し、米国の規制当局との協働により、自社製品の認可を受けようとしている。

実現性のある方法は、比較的最近になって打ち出されたばかりだ。2019年3月には、細胞バンクや細胞増殖を含む培養肉製造の初期段階を、米国食品医薬品局(FDA)が規制することが発表された。その後、米国農務省の食品安全検査局が細胞の収穫段階を引き継ぎ、生産施設の検査や、培養肉製品に使用されるラベルの承認を実施する予定である。欧州では、企業は認可を申請し、新規食品に関する欧州連合の基準を満たさなければならない。この申請プロセスには18カ月以上の時間がかかるとみられているが、どの培養食肉製造企業も未だに申請には至っていない

シンガポールとイスラエルの両国は、植物性の食肉や培養食肉のスタートアップ企業を積極的に歓迎していると、フリードリック事務局長は言う。各国政府は、シンガポールとイスラエルに倣って、再生可能エネルギーや世界規模の健康増進への取り組みと同様にこの分野を扱うべきだと、フリードリック事務局長は語る。

「植物から食肉を作ったり、細胞培養で食肉を作るためには、宇宙開発競争のような取り組みが必要です」とフリードリック事務局長は述べる。「食肉の刷新に注力するマンハッタン・プロジェクトが必要なのです」。

人気の記事ランキング
  1. A long-abandoned US nuclear technology is making a comeback in China 中国でトリウム原子炉が稼働、見直される過去のアイデア
  2. Here’s why we need to start thinking of AI as “normal” AIは「普通」の技術、プリンストン大のつまらない提言の背景
  3. AI companions are the final stage of digital addiction, and lawmakers are taking aim SNS超える中毒性、「AIコンパニオン」に安全対策求める声
ニアル・ファース [Niall Firth]米国版 ニュース担当責任編集者
MITテクノロジーレビューのニュースルームの責任編集者として、オンライン版全般を監督し、記者チームの管理を担当している。以前は、ニュー・サイエンティスト(New Scientist)誌のニュース編集者、テクノロジー編集者を務めた。ロンドンを拠点に活動。
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る