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新型コロナ変異株、下水を遡ってたどり着いた6つのトイレ
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
How scientists traced a mysterious covid case back to six toilets

新型コロナ変異株、下水を遡ってたどり着いた6つのトイレ

ある研究チームが下水をたどって、非常に奇妙な新型コロナウイルス変異株の発生源にたどりついた。下水監視が1人の感染者探しに変わると、難しい倫理的な問題が浮き彫りになる。 by Cassandra Willyard2024.04.05

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

今回はミステリーを用意した。ある研究者チームがウィスコンシン州で見つかった新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異種の痕跡をさかのぼり、下水処理場から、ある1つの会社の6つのトイレにまでたどり着いた話である。しかし、それは下水道を使って珍しいウイルスをその発生源まで追跡する際に生じる、プライバシーに関する懸念の話でもある。

そのウイルスは、非常に奇妙な変異種をたまたま大量に排出していた、1人の従業員が発生源だった可能性が高い。研究者たちは、是が非でもその人物を見つけたいと考えるだろう。しかし、本人が見つかりたくないと考えているとしたらどうだろうか。

数年前、ミズーリ大学のウイルス学者マーク・ジョンソン教授は、下水サンプルの中で見つかる奇妙な新型コロナウイルス変異種に夢中になった。同教授が目を留めた変異種は、いくつかの点で風変わりだった。一般的な変異種のどれとも一致せず、また、拡散もしていなかったのだ。その変異種は1つの場所に突然出現し、ある程度の期間生き続けてから、しばしば消滅してしまう。神出鬼没だ。同教授はミズーリ州で最初にこの神出鬼没の変異種を見つけた。「気が変になりそうでした」と同教授は言う。「『一体ここで何が起こっているんだ?』 と」 。

その後、ジョンソン教授はニューヨークの研究仲間とチームを組み、さらにいくつかの変異種を見つけた。

もっと多くのウイルス系統を突き止めたいと考えたジョンソン教授は、ツイッター(現X)で下水を募った。そして2022年1月、ウィスコンシン州の処理場から届いた下水サンプルで新たな成果を得た。同教授は、ウィスコンシン大学のウイルス学者デビッド・オコナー教授と共に州の保健当局と協力し、変異種のシグナルを追跡し始めた。処理場からポンプ場、そして市郊外へと、「マンホールを1つずつ」追跡したとジョンソン教授は言う。「道路に分岐があるたびに、どの枝線から(シグナルが)来ているのかチェックしました」。

ジョンソン教授らは疑わしい手がかりを追った。研究者たちは、ウイルスの発生源は動物ではないかと疑っていた。ある時、オコナー教授は研究室のスタッフをドッグ・パークに連れて行き、犬の飼い主に頼んで糞のサンプルを採取した。「無関係なものが非常にたくさん見つかりました」とジョンソン教授は話す。

50個ほどのマンホールからサンプルを採取した後、研究者たちはついに目的のマンホールを見つけた。変異種が存在する枝線の最後のマンホールだった。運が良かった。「唯一の発生源が、その会社でした」とジョンソン教授は言う。その調査結果は3月にランセット・マイクローブ(Lancet Microbe)誌で発表された。

下水監視(下水サーベイランス)はパンデミック時に生まれた比較的新しいことのように思えるかもしれないが、その歴史は数十年前にさかのぼる。その過去の事例のいくつかを、カナダの研究者チームがこの記事で概説している。ある事例では、公衆衛生局の研究者が1946年に起こった腸チフスのアウトブレイクを追跡し、ビーチでアイスクリームを売っていた男性の妻が発生源であることを突き止めた。その当時でも、研究者は多少のためらいを示した。研究では妻や町の名前は明示されなかった。研究者は、おそらく「アウトブレイクが起こっている場合を除き」感染を個人にまでさかのぼるべきではないだろうと警告した。

1959年に発表された同様の研究では、科学者たちが別の腸チフスのエピデミック(局地的な流行)を追跡して1人の女性を突き止めた。その女性は飲食物のサービス提供が禁止され、ついには感染の可能性を排除するため胆嚢を摘出するように説得された。そのような情報公開は「感染者に壊滅的な影響」を与える可能性があると、この事例を取り上げた記事の中で科学者たちは述べている。「物静かで尊敬される市民であった彼女が、社会から疎外される存在になってしまうのです」。

ジョンソンとオコナーの両教授がウイルスを追跡して最後のマンホールまでたどり着いた時、事態は厄介なことになった。その時点まで、研究者たちはこの不可解なウイルス系統が動物に由来するのではないかと疑っていた。ジョンソン教授は、さらに上流を源とする有機肥料が関与しているという仮説を立てていた。そしてついに同教授らは、従業員30人ほどの会社が入る1棟のビルにたどり着いた。誰かに汚名を着せたり、プライバシーを侵害したりしたくはなかった。しかし、その会社の誰かがおびただしい量のウイルスを排出していた。「その時点で問題をその会社に伝えないことが倫理的なのだろうか?」と同教授は逡巡した。

オコナーとジョンソンの両教授は、当初から州の保健当局と協力していた。そして、その会社に接触して状況を説明し、自発的な検査を受けてもらえるかどうか尋ねることが最善の道だと判断した。この判断は簡単ではなかった。「パニックを引き起こしたり、危険な新種がコミュニティー内に潜んでいるなどと言ったりしたくありませんでした」とウィスコンシン州保健局(Wisconsin Department of Health Services)の伝染病疫学者であるライアン・ウェスターガード博士はネイチャー誌に語っている。しかし、感染者を助ける努力もしたかった。

その会社は検査に同意し、30人の従業員のうち19人が鼻腔ぬぐい液の採取にやって来た。全員が陰性だった。

検査しなかった人の中に感染者がいた、ということかもしれない。あるいは、腸内に感染している大量の新型コロナウイルスが、鼻腔ぬぐい液には現れなかったということなのだろうか。「もしこの話をメールでしていたなら、ここで首をすくめる絵文字を使うでしょう」とオコナー教授は言う。

当時、研究者たちは便のサンプルでウイルス検査をする能力があったが、承認が下りていなかった。現在は承認されており、研究者たちは、便がそれらの奇妙なウイルスの1つに感染している個人へと導いてくれることを期待している。その人物が、研究者たちの疑問のいくつかに答えを出す助けとなる可能性がある。ジョンソン教授は、下水の中にいるそれらの不可解な新型コロナウイルス変異種を50種類ほど確認した。「これらの系統を研究すればするほど、新型コロナウイルス変異種が消化管内で複製されているという確信が強まります」と同教授は言う。「そこが変異種が複製されている唯一の場所であったとしても、驚きません」。

しかし、そのような人たちをどこまで探し出すべきなのか? それはまだ未解決の問題である。オコナー教授は、そのような稀な変異種の1つを排出している個人を特定した場合に生じる可能性がある、膨大な数の問題を想像できる。最もありそうな仮説は、免疫障害があって感染を排除することが困難な個人に、それらのウイルス系統が発生するというものだ。その仮説が、他の多くの厄介な問題を提起する。もしその人物が奇妙な新型コロナウイルス変異種を保有しているのに加え、HIVによって免疫系が損なわれているとしたらどうだろうか? もしその人物がHIV陽性であることを知らなかったり、HIVステータスを明かしたくないと考えていたりしたら? 研究者が感染のことを伝えたが、その人が治療を受けないとしたら? 「最悪のシナリオをいくつか想像すると、それらはかなり悪いものになります」と同教授は言う。

一方、オコナー教授によると、そのような人々は国内外に大勢いると考えられるという。「それらのウイルスを保有している人々を助ける努力ができるように、私たちにはできることを学ぼうとする倫理的義務もあるのではないでしょうか」と同教授は問いかける。

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