米国のeコマース調査会社eMarketerによれば、2017年に各国の小売り販売額に占めるEC化率は英国が1位で16.9%、2位は中国の15.5%、米国は8位で8.3%、日本は10位で6.2%になる見込みだ。買い物の習慣はもちろん、国土面積や都市部の人口密集度など、EC化率は各国の事情があり、一概に横並びでは比較できない。
経済産業省のレポートによれば、日本の物販系EC化率(2015年)は4.75%。2014年から6.4%成長したとはいえ、小売り市場に占める割合は実店舗のほうがはるかに大きく、ECの影響力は過大評価されている、ともいえそうだ。だが、オプトの消費者行動調査(2014年)によれば、どの業種でも消費者の約3~5割は「ネットで商品を比較し、どの商品を買うか決めて店舗に行った」と答えているほか、調査によっては8割の顧客がネットで価格を調べてから実店舗を訪れている。現在、大型チェーン店を中心に、各社のアプリは店内でバーコードを読み取り、欲しい商品をリストに追加できるようにするなど、小売りの現場では、eコマースと小売りの融合が確実に進んでいる。
日本のEC化率を業種別に見ると、また別の面が見えてくる。以下は経済産業省がまとめた「平成 27 年度我が国経済社会の 情報化・サービス化に係る基盤整備 (電子商取引に関する市場調査)」に掲載されている物販系の業種別EC化率だ。
- 食品、飲料、酒類 2.03%
- 生活家電、AV機器、PC・周辺機器等 28.34%
- 書籍、映像・音楽ソフト 21.79%
- 化粧品、医薬品 4.48%
- 雑貨、家具、インテリア 16.74%
- 衣類・服装雑貨等 9.04%
- 自動車、自動二輪車、パーツ等 2.51%
- 事務用品、文房具 28.19%
- その他 0.63%
- 全体 4.75%
物販系のEC化率は全体として4.75%だが、「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」と「事務用品、文房具」では2015年時点で約3割に達しており、製品選定、価格比較の段階を含めれば、購買行動に与えるECの影響力は巨大だとわかる。ガートナーの調査部門の責任者を務めるクリス・フレッチャーは2013年に「POSデータを分析しようとか、Webアクセスを解析しようとか、スマホ対応をどうするかといったことは、もはや重大な決断ではありません。もうEC(Eコマース)ではなく、単に『コマース』、もしくは『拡大型コマース』と呼ぶべきです。しかも拡大型コマースは未来の話ではなく、今取り組むべき問題。実店舗、ネットショップ、スマホアプリがすべて引っくるめてひとつの購買体験になる考えに、企業はようやくたどり着いたのです」と述べていた。
家電や文房具市場が「拡大型コマース化(オムニチャネル化)」した一方、EC化率がなかなか高まらないのが「食品、飲料、酒類」の小売り市場だ。実は、日本の2015年のEC市場の規模は「食品、飲料、酒類」「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」「事務用品、文房具」とも、約1兆3103億円~1兆7070億円で規模に大きな違いがあるわけではない。このうち、EC化率が2.03%にとどまっている「食品、飲料、酒類」(おおむね食品スーパーが扱っている領域)には伸び代が見込めたため、その後日本ではスーパーとネット広告、ネット販売をつなげる動きが広がった。
何が食品、飲料、酒類のEC化を妨げているのか?
食品スーパーの事業領域で、なぜEC化が進まなかったのだろうか。まず、食品スーパーは2000年代以降商品販売額が横ばい、しかも2012年以降は総合スーパーに押されて売上が減少に転じ、営業利益率が低く、新規投資しにくい環境にあったのが理由だろう。イオングループを除く主要スーパーマーケットの営業利益率は1~5%だ。一方、実店舗にも進出してきたアマゾンは「副業としていろんなモノも売っているソフトウエア企業」といわれるほどで、次々と新分野に投資し、実店舗まで展開するようになった。また、世界のネットスーパーが各社の課題をどうテクノロジーで乗り越えたのかを見ると、EC化が進まない事情がいろいろと見えてくる。
理由①人手では出荷コストを最小化できないから
食品スーパーが扱う生鮮食料品は、配達に時間がかかりすぎれば腐ってしまう。魚や加工食品には、入荷日に売り切らないといけない場合がある。巨大倉庫を構え、コンビニの店舗数よりはるかに多くの顧客向けにコストを最小化しつつ、商品を梱包して出荷するのは、量子コンピューターで解決が期待される最適化問題の一種だ。
イギリスのネットスーパー大手オカドは、出庫作業の効率を高めるため、数千台のロボットが最高時速14kmで走り回る、究極の自動化倉庫を建築中であり、2017年中に全面稼働の予定だ。新倉庫では数万点の商品を5段重ねのケースに入れて保管し、ロボットはその上を移動する。出荷時に、ロボットは商品の入ったケースを他のロボットの協力を得て持ち上げ、人間の出庫担当者がいる作業エリアまで運ぶ。人間はケースから商品を取り出し、顧客ごとの配達箱に入れるのが仕事で、倉庫内を走り回る必要はない。
ケースから取り出す部分だけ人間が担当しているのは、タマゴは割れやすいから力加減が必要だとか、カボチャは重いから下側を持った方がよい、といった判断は、まだロボットで自動化できるほどには進化していないからだ。オカドはこの部分もやがては完全に自動化する考えで、ポール・クラーク最高技術責任者は「何が何でも最後まで戦うゲームなのです。世界中で起きていることであり(略)弊社のような英国企業が自動化を進めて改良しなければ、他の誰かがすることです。弊社はそんなことにはさせない、と決意しているのです」という。
すでにネットスーパーとしての地位を英国で確立しているオカドにとってネット小売りを推進するカギは、入荷した生鮮食料品を1秒も無駄なく消費者に届けるため、倉庫から人間の仕事をなくしてしまうことだ。
理由②スーパー単独では輸送コストを最小化できないから
消費者は食品スーパーで、少しでも新鮮な野菜を選び、消費期限までの日が長い商品を選ぼうとする。だが、商品をすぐに運んできてくれるなら、そんなことは気にしないかもしれない。だとすれば、消費者が欲しい商品をできるだけすぐに配達する仕組みを作ればいい。
ユニコーン(評価額が10億ドル以上の非上場企業)と称されるスタートアップ企業インスタカートは、買い物代行サービスの運営会社だ。自社ではスーパーも配達用の自動車も所有せず、顧客と買い物係をマッチングさせる、ウーバー型のオンデマンド系サービスを提供している。
顧客が商品を注文し、買い物係が商品を選んで顧客の自宅に届けるサービスを事業化するには、商品到着までの時間を短縮してサービス品質を高めると同時に、買い物係の報酬を抑制し、受注増が買い物係への支払増に直結しない仕組みが不可欠だ。そこでインスタカートはデータサイエンスを駆使し、スーパー内の商品の棚の位置まで把握して、買い物係の行動を細かくアプリで指示できるようにした。インスタカートは利益を出していないが、顧客が歯磨き等の日用雑貨を選ぶ際に広告を表示するサイドビジネスに乗りだし、粗利を出すまでには収益構造を改善している。買い物代行サービスは歴史的に何度も失敗してきたが、今度こそ収益化できる可能性がある。
食品スーパーでもネット小売りでもないインスタカートは、買い物係に行きも帰りもなく商品を運ばせ、稼働率を最大化することで、個々の食品スーパーよりも高い効率で日用品をEC化できる、と考えているだろう。
理由③手に取って商品を確認したいから
売り手がEC化を進めたくても、消費者が望まなければ市場は拡大しない。特に食品、飲料は毎日ニーズがある分野であり、アプリで発注し、どんなにロボットやコンピューターを駆使して出荷や配送ルートを最適化しても、到着までには最短で数十分はかかる。近くのコンビニまで歩いて5分なら、食品スーパー領域のEC化率を高めるのは不可能かもしれない。
2016年にシアトルに実験店がオープンした「アマゾン・ゴー」は、レジを廃止した食料品店だ。「欲しい商品を選んで、欲しいときにその場で買いたい」というニーズを実店舗で実現しつつ、会計までの待ち時間や決済の手間をテクノロジーで解決し、従来の食品スーパーにはないメリットを追加した。センサー付きの棚とコンピューター・ビジョンで、客が選ぶ商品すべてを記録し、会計用に各商品をリストに追加する(客が商品を戻せば、商品はリストから外せる)し、客が店を出るとき、アプリで客が持ち帰る商品を検出し、アマゾン・アカウントに代金を請求する仕組みだ。
ECの巨大企業であるアマゾンには、多くの顧客がいて、クレジットカードも登録済みだ。であれば、生鮮食料品を当日配送するサービス以外にも、顧客から店舗に来てもらう方にかけてもいいだろう。「食品スーパーのEC化」といえるかは疑問だが、消費者がそう望むならこの形もあり得る。
食品スーパーEC化の先にある雇用ゼロ社会
「食品、飲料、酒類」分野のEC化が他の業種より遅れている理由は、おおむね上記のような事情でEC化に向いていなかったからだ。しかし、ネットでの買い物が一般的になり、ネットスーパーも少しずつ受け入れられている。ただし、もともと利益率が高い分野ではなく、テクノロジーで解決するには、人件費を削って開発費を捻出しなければならない。
オカドのクラークCTOは、自動化が雇用に及ぼす影響に話が及ぶと気色ばんだというが、2017年1月の統計によれば、日本国内では飲食料品小売業で288万人が働いている。一方、3月上旬に東京で開催されたリテールテックJAPAN 2017の出展者に話を聞くと「効率化を追求しているのは海外の話。国内では雇用したくても、もう応募がない」という。日本には、自動化を進めざるを得ない、まったく別の事情があるのだ。
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