KADOKAWA Technology Review
×
日本発・世界を変える「U35 イノベーター」募集中!
測るほどに見えなくなる——
「数値化」で失うもの
Selman Design
カルチャー Insider Online限定
The inevitable weakness of metrics

測るほどに見えなくなる——
「数値化」で失うもの

「測定できなければ改善できない」。この信念のもと、私たちは歩数も睡眠も生産性も数値化してきた。だが、数字を増やすほど自己理解が深まるわけではない。指標は理解を助ける一方で、対象を単純化し、微妙な意味を切り捨ててしまう。外部の指標に、何が重要かの判断を明け渡す状態にある。 by Bryan Gardiner2026.06.25

この記事の3つのポイント
  1. 自己数値化を10年以上実践した筆者は、指標が自己認識をもたらすどころか否定的感情を強めると気づいた
  2. 哲学者グエンの「バリュー・キャプチャー」概念が示すように、指標は微妙な目標を単純化し本来の価値観を外部に委ねさせる
  3. 数字ゲームで人間は機械に勝てず、指標に還元できない人間性を取り戻す言語と問いが今こそ必要だ
summarized by Claude 3

数値指標によって明らかにできる有用なことはたくさんある。しかし、不明瞭になったり、歪められたりすることは、さらにたくさんある。私がこの二面性を十分に理解するには、10年をはるかに超える年月にわたって、自分自身の生活をどんどん詳細に追い続ける必要があった。このことはおそらく、私自身と、測定という行為の本質の両方について、何かを明らかにしているのだろう。

自己数値化に取り憑かれた多くの人々と同様に、私は当初、漠然とした一連の目標や願望の達成を追求するために、個人的なデータを集め始めた。座ってばかりのテック系ジャーナリストとして、私は、心身ともにもっと健康になりたい、もっと外に出たい、そして(可能であれば)日々の生活の乱雑さや不確かさの一部に秩序をもたらしたいと考えていた。これらはすべて、数字が持つ冷徹な明快さによって改善できることのように思えた。

自分を数値化する人々は、しばしばステレオタイプ的に、自分を最適化することに取り憑かれていると言われがちであり、多くは実際にそのとおりだ。しかし、私が個人的なデータを作成し収集した理由は、人生の質を最大化するというよりも、むしろ人生の意味を見つけることだった。少なくとも、最初のうちは。私を知る人のほとんどが証言するだろうが、私には現在もかつても「生産性指向」というものがない。ライフハックやショートカット、あるいは他人と自分を比較するための新しい方法にも、それほど興味がない。その代わりに、私が指標に求めたもの、つまり、自分の健康、仕事、社会生活に関する数字の終わりなき流れから読み取れることを期待したものは、もっと捉えどころのないものだった。自己認識である。これが私の最初の過ちだった。

「知れば知るほど良い」という考え方は、指摘することさえおかしく感じられるほど私たちの文化に深く根付いている。少なくとも啓蒙主義の時代以来、私たちの誰もがより多くのことを知るための主な方法として認めてきたのが、測定と数値化だった。結局のところ、知識(つまりデータ)が増えればより良い判断につながり、その結果、人々はより幸せになり、より充実感を得られる。あるいは、そう言われてきた。そして人工知能(AI)の時代になり、ますますそう言われることが増えた。

2007年に『ワイアード(Wired)』誌の編集者であるゲイリー・ウルフとケヴィン・ケリーの2人が「自己計量(QS)」という新しい言葉を作り出し、今や私たち全員が否応なく巻き込まれているそのムーブメントが始まるのを促した。その際に2人が本質的に売り込んでいたのが、まさにこの考え方だった。「測定できなければ改善できない」と、ケリーは初期のブログ記事に書き、まるで著名な物理学者であるケルビン卿のような主張をした。「だから私たちは、自分自身を数値化可能な方法で測定するのに役立つ個人的なツールを、できるだけ多く集めようとしているのです」。それから20年近くが経った現在、数字を通して自己認識を深めることを目的としたデバイス、アプリ、Webサイトがあふれかえっている。そのおかげで、その探求の旅はかつてないほど容易になっている。

私の最初のツールは、2011年に使い始めた小さなプラスチック製のクリップ式「Fitbit(フィットビット)」だった。その機能はただ1つ、1日の歩数を数えることだった。生まれながらのビデオゲーム・プレイヤーとして、私はすでに、シンプルな採点システムの持つ動機付けの力を熟知していた。そしてこの新しいガジェットが、数字で優しく後押ししてくれることを期待した。Twitter(ツイッター)から離れ、芝生に触れないにしてもその横を散歩するためには数値化が必要であると、私は考えていた。また散歩は、控えめに言って、賢明なアイデアと呼べるようなことが頭に浮かぶ、数少ない時間の1つのように思えた。それが、より多く歩くことで得られる、もう1つの有望な副産物のように思えたのだ。

悲しいかな、それは短命に終わった。「もっと自然の中へ出ていく」ことや「より賢いことを考える」ことが、私の目標として重要ではなくなった時期を正確には言えないが、数週間もかからなかったと思う。確実に言えるのは、1日6000歩だった当初の目標が、すぐに1万歩になり、次に1万5000歩へ跳ね上がって、最終的には何年もの間2万歩で定着してしまったということだ。「歩数マニア」になるという話は、今ではどこででも聞かれる。そして、そうなるのにはちゃんと理由がある。

私が歩数計から、心拍数モニター(ランニングも始めた)、スマートウォッチ、睡眠トラッキングリング、そして恥ずかしいほど大量の主要栄養素集計アプリに乗り換えるようになるまでに、長くはかからなかった。健康やフィットネスの分野は別として、私のジャーナリストとしてのキャリアの初期は、たまたま、ソーシャルメディアや、Chartbeat(チャートビート)のようなWeb解析ツールが台頭してきた時期とも重なっていた。それらのツールは、ページ閲覧数やフォロワー数、リツイート数、いいねの数、および今では非常に重要視されるようになったその他のあらゆる種類の注目度指標を追跡することで、「仕事の成功」や「影響力」といった、私の人生の測定が難しい側面をさらに数値化してくれると約束していた。

最終的には、心拍数、歩数、活動消費カロリー、睡眠、物語没入時間、ストレス・レベル、その他の指標を熱心に追跡し続けた10年以上の間、私は自己認識を深めるという点で実質的に何も得なかった(自分が数字を上げたり下げたりするのが好きであることは学んだと思うが、誰でも同じだろう)。どこにいても私を追いかけてきた目まぐるしい数のデータは、自分自身や仕事、あるいは人生で大切な人々との関わり方に、新たな意味や洞察をもたらしてはくれなかった。実際のところ、数値という代理指標を使えば使うほど、私はほとんど何にでも否定的な感情を抱くようになった。

私が学んだことは、生活の些細な事柄を数値化しようとすると何が起こるかということ関する、2つの重要な教訓だった。何よりもまず、現時点で自分自身に関するデータをどれだけ集めようとも、十分だと感じることは決してないということだ。常に新たな指標が登場し、追跡デバイスが計測データを組み立て直して、「重要な」ことをより正確に測定するためのより優れた方法を生み出している。心拍変動、日々のストレス、運動への「準備度」、心血管年齢や「フィットネス」年齢などだ。測定がさらなる測定を生むのだ。信じてもらっていい。

2つ目の教訓は、1つ目ほど明白ではないものの、重要性は劣らない。自己数値化を始める際に、目標が個人的であったり、微妙な意味合いを持つものであったりすればするほど、最終的にその目標が、単純化された指標やランキングに置き換えられてしまう可能性が高い。より優れたジャーナリストになりたい? それなら、ページ閲覧数やランキングを成功の代理指標として使ってみたらどうだろうか? 料理が好きで、もっと上達したい? グルメ関連の指標が、より多くの …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. Promotion Call for entries for Innovators Under 35 Japan 2026 「Innovators Under 35 Japan」2026年度候補者募集のお知らせ
  2. Entrepreneurs in Nairobi make the case for going solar 電気の届かないケニアの町で、なぜ電動製粉機が売れるのか?
  3. This man with ALS is “the first power user” of a brain implant that lets him speak 脳インプラント3年、「声」を取り戻したALS患者は初のパワーユーザー
▼Promotion
社会実装都市「ひろしま」の魅力に迫る ローカル ✕ イノベーション
MITテクノロジーレビューが選んだ、AIの10大潮流 [2026年版]

AIをめぐる喧騒の中で、本当に目を向けるべきものは何か。この問いに対する答えとして、MITテクノロジーレビューはAIの重要なアイデア、潮流、新たな進展を整理したリストを発表する。

特集ページへ
MITテクノロジーレビューが選んだ、 世界を変える10大技術

MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る