KADOKAWA Technology Review
×
日本発・世界を変える「U35 イノベーター」募集中!
「ボールを蹴り出せ」
それが得点を生む
AIが暴くサッカーの逆説
AP Images
カルチャー Insider Online限定
Inside soccer’s data renaissance

「ボールを蹴り出せ」
それが得点を生む
AIが暴くサッカーの逆説

ベルギー・ルーベン・カトリック大学のジェシー・デービス教授は、AIと機械学習でサッカーの隠れた戦術を解き明かしてきた。同教授の研究室は「最も影響力のある分析拠点」と呼ばれる。たとえば、ゴール近くでわざとボールを外へ蹴り出す——一見すると損なこの動きが、実は得点チャンスを生むと、140万のパスの分析から突き止めた。 by Andrew Zaleski2026.06.16

この記事の3つのポイント
  1. ルーベン・カトリック大学のデービス教授が機械学習でサッカーの隠れた戦術的価値を定量化し、プロクラブの意思決定を変えつつある
  2. 140万回超のパスデータ分析など高度なモデルを用い、意外な戦術の有効性を統計的に裏付けてきた
  3. 試合データの標準化やオープンソースツールの無償公開により、業界全体の分析基盤の底上げを図っている
summarized by Claude 3

ワールドカップの試合開始のキックオフで、ある選手が意図的にボールをピッチの端まで蹴り、相手側のタッチラインの外に出してしまう場面を想像してほしい。サッカーをあまり知らないファンなら首をかしげるだろう。試合開始わずか数秒でボールを手放すことに、どんな意味があるのか? しかし、ジェシー・デービスならば、この一手が得点への絶好のセットアップになり得ることを知っているはずだ。

デービスはベルギーのルーベン・カトリック大学のコンピューターサイエンス教授であり、同大学のスポーツ・アナリティクス研究室を率いている。この研究室は10年以上前に設立されて以来、サッカーにおけるデータ革命の最前線に立ち続けてきた。バスケットボール、バレーボール、フィールドホッケーなどさまざまなスポーツに機械学習モデルを応用しているが、その影響が最も色濃く表れているのはサッカーのピッチ上だ。

デービス教授らの研究チームは高度なデータ分析を駆使し、プロクラブの意思決定を変えつつある、まさにゲームチェンジャーとなる数々の知見を明らかにしてきた。「デービス教授の研究室はサッカーにおいて最も影響力のあるスポーツ・アナリティクス研究室です」と語るのは、ベルギーのロイヤル・スポーティング・クラブ・アンデルレヒト(Royal Sporting Club Anderlecht)でデータ活用を統括するウーゴ・リオス=ネトだ。デービス教授らは、チームの選手評価の精度向上に貢献し、戦略の効率性を測る手法を考案し、隠れた戦術パターンを発見するアルゴリズムを開発してきた。

その一例が、ゴール近くでボールをわざとタッチラインの外に蹴り出し、相手にスローインをさせるという戦術の価値だ。この動きは近年、世界トップリーグのいくつかで見られるようになっている。

一見すると逆効果に思えるこの動きを統計的に裏付けるため、デービス教授の研究チームは2022年ワールドカップのデータを一部含む140万回以上のパスと約6万回のスローインからなる訓練データセットを構築した。そして決定木のアンサンブルモデル(本質的には複数の決定木を組み合わせたもの)を用いてこの戦術をシミュレートした。研究チームが2024年の論文で『Boot it(ブート・イット、大きく蹴り出せ)』という的確なタイトルのもとに発表した結論はこうだ。ボールがピッチの中央3分の1のゾーンにある場合、相手陣地側でボールをタッチラインの外に蹴り出すことで、パスやドリブルなど10アクション以内にゴールチャンスを迎えられる可能性がある。1試合あたり1500回以上のアクションがありながらほとんど得点が生まれないこのスポーツにおいて、それは大きな意味を持ち得る。デービス教授が説明するように、この戦術の狙いは有利な状況でボールを奪い返す体制を整えることにある。

試合当日の個別の知見を提供するにとどまらず、デービス教授はスポーツ・アナリティクスの世界において独自のニッチを占めている。現在、多くのクラブが競争上の優位性を保つために独自のデータチームを内部に抱えているが、デービス教授は自身の研究のほとんどをオープンソースの分析ツールとして無償公開している。しかしその一方で、学術の世界に身を置くことで、試合中のデータを標準化するプロジェクトのような、より複雑な問題に取り組む自由も得ている。このプロジェクトが実現すれば、試合映像の解析や勝利戦略の立案がより容易になるだろう。

45歳のデービス教授は米ウィスコンシン州で育ち、幼少期はバスケットボールとアメリカンフットボールに夢中だった。サッカーは大学時代まで彼にとってほぼ無縁の存在だったが、ブラジルが圧倒的な強さで優勝したことで知 …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. The UK’s generational tobacco ban might not work. I’m supporting it anyway. 2009年以降生まれには一生売らない——英「たばこ根絶」への賭け
  2. Promotion Call for entries for Innovators Under 35 Japan 2026 「Innovators Under 35 Japan」2026年度候補者募集のお知らせ
  3. Four nuclear reactors hit a big milestone in the US 米原子炉スタートアップ4社が臨界達成、原発新時代の幕開けか?
  4. Interview with Prof. Keisuke Fujii 量子コンピューター、「設計思想」を問う段階へ——藤井啓祐教授に聞く
MITテクノロジーレビューが選んだ、AIの10大潮流 [2026年版]

AIをめぐる喧騒の中で、本当に目を向けるべきものは何か。この問いに対する答えとして、MITテクノロジーレビューはAIの重要なアイデア、潮流、新たな進展を整理したリストを発表する。

特集ページへ
MITテクノロジーレビューが選んだ、 世界を変える10大技術

MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る