KADOKAWA Technology Review
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Stop “Gene Spills” Before They Happen

遺伝子流出による生態系崩壊を特許制度で防ぐ方法

特許を利用して、実験室での遺伝子編集の作業を公開し、精査しようと、CRISPRの開発者が提案した。 by Antonio Regalado2016.10.21

MITのケビン・エスベルト教授(生物学)は、特許を特別な方法で利用することを計画している。遺伝子編集に携わる科学者に、公開を義務付けるためだ。

エスベルト教授は、「遺伝子ドライブ」と呼ばれるテクノロジーの共同発明者だ。遺伝子ドライブは生物の進化に手を加える技術で、マラリアの原因となる蚊や太平洋諸島のネズミなどの侵入生物を絶滅させるのに応用できる。

遺伝子ドライブは、「クリスパー(CRISPR)」と呼ばれるDNA切断テクノロジーを利用し、生殖時に「利己的な」遺伝子が動物の野生集団で広まるようにする。19日にEmTech MIT 2016に登壇したエスベルト教授は、生態系における「事故」やテクノロジーの早すぎる利用に対する懸念について述べた。

現在エスベルト教授は、これまでにない特許の利用方法を提案している。大学の科学者に、実験前にその内容の公表を求めているのだ。

「生態系に関わるテクノロジーを秘密裏に開発しないことは非常に重要です。実験室で何がされ、何が計画されているかを議論する余地が必要なのです」

Kevin Esvelt speaking at EmTech MIT 2016.
EmTech MIT 2016で講演するケビン・エスベルト教授

米国では、学術系の科学者は特許をほとんど無視できる。基礎研究に従事する者に知的財産権を押し付けない伝統があるからだ。しかし法律上は、特許権者は誰に対してもテクノロジーの創出や使用を中止できる。

法制度を試したいのだ、とエスベルト教授はいう。「(特許を出願して実験内容を)100%オープンにするか、さもなければ他のことをしてください」というわけだ。

この計画がうまくいくのか、ニューヨーク大学ロースクールのジェイコブ・シャーコウ教授に尋ねると「単純にいえば『イエス』です。特許権の実施者に、自分の求める通りに行動させることは可能です。しかし許諾を取得させ、自分に従わせるためには訴訟を起こす必要がある場合もあるでしょう」という。

エスベルト教授は、自身の構想を 「コピーレフト」(ソフトウェアの開発者が、利益を求める代わりに著作権を利用してコードをオープンソースにすること)に例える。また、エスベルト教授が他の科学者とともに2015年に合意した、遺伝子ドライブの成果物の漏出を防ぐための安全手順を他の研究所が順守することも求めている。

ハーバード大学が申請した遺伝子ドライブ特許の共同執筆者という立場を考えると、エスベルト教授は計画を実現するだけの影響力を持ちうるだろう。ハーバードやMITのクリスパー遺伝子編集に関する基礎的な特許を利用して自身の開示義務構想を実現することについて、すでに両大学の弁護士と相談しているという。

「すべての開示を求められるのを嫌がる科学者もいるかもしれませんが、大抵は『皆さんがやっているならば、私もOKです』となるでしょう」とエスベルト教授はいう。生物学者は厳密な秘密主義を貫くこともあるが、それは大抵、スクープされるのを恐れているからだ。

遺伝子ドライブテクノロジーの広がりを抑えるために特許を利用する前例はすでにある。9月に、モンサントが新植物の遺伝子を操作するため、MITとハーバードが運営するブロード研究所からクリスパーのライセンスを取得した。しかしこのライセンスには通常では見られない条件が付帯されている。モンサントは遺伝子ドライブの開発を「禁止」されているのだ。ブロード研究所は、この制限に関する声明で「遺伝子ドライブには『生態系を崩壊させる力』があると説明している。

エスベルト教授は2014年に最初にクリスパー遺伝子ドライブの概念を考案し、特許を申請した。研究のほとんどは紙上だったが、数カ月後、カリフォルニアのある研究所が独力で同じアイデアにたどり着き、黒色のミバエを黄色に変える実験をしたが、安全管理は不完全だった。この時、リスクのある研究所での実験に対するエスベルト教授の懸念が理解されたのだ。

もしハエが1匹でも逃げ出したらどうなるのか? 「国じゅうに黄色いハエの集団が広がっていくという悪夢が頭に浮かびました」とエスベルト教授はいう。当然、否定的なメディア報道や科学者に対する信頼の失墜も想定される。

エスベルト教授自身は、米国東部のライム病に対抗するため、シロアシネズミの遺伝子ドライブをつくり出すという長期計画に従事している。ライム病に耐性のあるマウスを生み出す遺伝子を広めることになる。

エスベルト教授は実験室での作業前に、内容を公表し、ナンタケット島とマーサズ・ビンヤード島(マサチューセッツ州ケープ・コッド沖にある島)で会合を開き、両島で自分のアイデアを実験することを目指している。

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MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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