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研究室育ちの人工「和牛」肉バーガーを試食してみた
Stephanie Arnett/MITTR | Getty, Envato
Here’s what a lab-grown burger tastes like

研究室育ちの人工「和牛」肉バーガーを試食してみた

気候変動問題が深刻さを増す中で、生産過程で二酸化炭素を大量に排出する牛肉の代わりになる「代替肉」に対する関心が高まっている。研究室で培養したという和牛で作ったハンバーガーを試食してみた。 by Casey Crownhart2023.05.31

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ブルックリンのあるホテルのロビーの1区画に座った私は、竹の皿に乗った複数のスライダー(小さめのハンバーガー)を見つめていた。左側はインポッシブル・フーズ(Impossible Foods)の植物ベースのハンバーガーで、右には昔ながらのビーフバーガーがある。 そして真ん中に鎮座するのが今回の主役。研究室で培養した肉を使ったハンバーガーである。

私はビーガンではないし、ベジタリアンですらない。全乳を使ったカフェラテを飲んでいるし、夏の屋外バーベキューでもホットドッグを断ることはない。しかし、気候について報じている者の一人として、肉食が地球に及ぼしている影響はよく認識している。畜産業は全世界の温暖化ガス排出量の15%近くを占めている。牛肉の割合は特に高く、基本的にほかの肉よりもグラム当たりの排出量が多い

そのため、培養肉を使えば、気候にそうした負荷をかけることなく肉食を再現できるという展望にとても興味を引かれている。今回の試食には大いなる期待を抱いていた。研究室から生まれたハンバーガーは、果たして私の想定をすべて満たしてくれるのだろうか? 

左から、インポッシブル・フーズの植物由来バーガー、オハヨー・バレーの研究室培養肉のバーガー、普通のビーフバーガー。

食べくらべ

「当社では食品の安全が保たれています」。培養肉の開発を手掛けるオハヨー・バレー(Ohayo Valley)の創業者、ジェス・クリーガー最高経営責任者(CEO)はそう言いながら両手に黒いビニール手袋をはめ、私が試食する3つのハンバーガーを並べた。同社の研究室から生み出された和牛バーガーのサンプルが、この試食会のクライマックスとなる。

まずは、インポッシブル・フーズの植物由来バーガーからだ。2011年創業の同社は植物から代替肉を製造しており、特別な原料としてヘムタンパク質を使用している。遺伝子操作された微生物が生成したヘムタンパク質を散りばめ、肉のような食感を生み出しているのだ。インポッシブル・フーズのハンバーガーをかじってみた感想を言うと、本物にかなり近い。だが質感は牛肉ほど締まりがなく、柔らかい(米国在住の方なら、すでに食べたことがあるかもしれない。欧州ではヘムタンパク質は未認可のため、現地のインポッシブル・フーズ商品には含まれていない)。

お次はビーフバーガーだ。ところで、これらのハンバーガーにはソースやトッピングはついていない。クリーガーCEOによると、公正に比較するために同じ味付けがしてあるという。このビーフバーガーについて特に感想はない。本当に普通のハンバーガーだった。咀嚼している最中、私の目は本日最後の品である研究室培養肉のバーガーに向けられていた。

未来の肉?

オハヨー・バレーの和牛バーガーは、若いウシの筋肉組織の小片が元になっている。筋肉の試料から採取された細胞(大部分は筋肉細胞と繊維芽細胞で、後者はウシの成長とともに脂肪細胞へと変わる)は研究室で培養することができ、何度も成長と分裂を繰り返す。最終的な製品において筋肉細胞・繊維芽細胞・成熟した脂肪細胞が混ざっていることが、味の重要な要素になるとクリーガーCEOは説明する。

細胞が十分に増殖したら培養に使った液を塩水で洗い流し、冷蔵庫で一晩寝かせると、翌日には早くもハンバーガーとして提供できる。「当社の取り組みの大部分は、まだ小さな研究室の規模に過ぎません」とクリーガーCEOは話す。そのため、私が試食したものや、その日の別のイベントで提供する予定だった4個のハンバーガーに使用された細胞すべてを育てるのに3週間ほどかかったという。

クリーガーCEOの話では、私が食べたハンバーガーのうち、研究室由来の部分は20%程度に過ぎないという。同社は、植物由来肉のベースに細胞を混ぜることを計画している(ベースにした植物由来肉について同CEOは多くを語らなかったが、オハヨーが開発したものではないという)。植物は代替肉の構造を生み出す助けになるとクリーガーCEOは言う。こうしたブレンド製法のもう1つの大きな利点はコスト面にある。研究室で育てた素材は高価なので、植物と混ぜることでコストを抑えられるのだ。本誌のニアル・ファース編集者が、この研究室培養肉と植物ベース肉をブレンドするプロセス(ならびにオハヨー・バレー)について取り上げた記事を2020年に書いている。 

2013年の記者会見で提供された世界初の研究室培養肉バーガーの推定コストは33万ドルだった。培養肉分野はそこから大きく発展し、2020年にはシンガポールが研究室で培養された肉の販売を世界で初めて解禁した。そして2022年11月、米国企業が米食品医薬品局(FDA)の最終的なハードルの1つをクリアした。

研究室から生まれたハンバーガーを手に取って食べている際、そうした一連の経緯が脳裏に浮かんだ。

食感は牛肉とは明らかに異なっていたが、それは悪い意味での違いではないかもしれない。個人的に、このハンバーガーはインポッシブル・フーズの商品にかなり似ていると思った。質感が似ていたわけだが、大部分が植物由来であることを考えれば、それは理にかなっている。

味の面で言うと、研究室の培養肉の方がビーフバーガーに近いのではないかと思った。しかし、「それぞれのハンバーガーのどれがどれかを知らなかった場合でも同じように感じるのだろうか」という疑問が頭をよぎった。動物の細胞が含まれていることを知っているために、肉に近い味がすると思い込んでいるのだろうか? はっきりさせるため、私はもう一度3つのハンバーガーを食べてみた。だが、今でも確信はない。

研究者で培養された肉については、答えの出ていない問題がたくさんある。「商業規模での生産は可能なのか?」「最終的な価格はどれくらいになるのか?」「気候面で実際にどれほどの効果があるのか?」「そもそも、食べたいと思う消費者はいるのか?」などだ。

全体的に見れば、現在の牛肉よりも気候に優しい選択肢をもっと活用することは可能だろう。私も大豆や豆腐、レンズ豆があることは知っているし、ベジタリアンの素晴らしいレシピも時々利用している。それでも、ハンバーガーを完全に諦める準備はできていない。私だけでない。世界の人類の大多数が、今も肉を食べているのだ

気候変動の圧力が年々高まる中、妥協案を求める人は増えている。すなわち、肉を食べる経験を再現できたり、少なくともそれに近い体験ができたりする代替案である。研究室で培養した肉が、従来の肉から私たちを引き離す効果を持ちうるのか、私は関心を持って見守っている。

MITテクノロジーレビューの関連記事

・植物ベースのフィレミニョン(厚みのあるヒレ肉)を目指すインポッシブル・フーズの取り組みはうまくいっているようだ。

・バイオテクノロジー担当の同僚記者ジェシカ・ヘンゼローが、昨年の記事で研究室培養肉に疑問を呈している。

牛のいらないハンバーガーは、2019 年の「ブレークスルー・テクノロジー 10」のリストに含まれていた。これを機に、編集部のナイル・ファースが、研究室培養ステーキの開発競争を追った。

気候変動関連の最近の話題

  • 米国西部の州がついにコロラド川の干ばつを防ぐための合意に調印。水利権を持つ人々が一時的に利用を減らした場合、連邦政府に約12億ドルの拠出を求める内容だ。(ニューヨーク・タイムズ
  • 持続可能な猫のトイレバッグを探し求める記者の話。とても愉快な内容だが、同じくらい失望も覚える。(控え目に言っても)ビニール製には用心することや、気候変動に関して個人にできることには限界があることを教えてくれる。(ヒートマップ・ニュース
  • 原材料の採掘から精製、製造に至るまで、バッテリー開発のあらゆる段階が中国に支配されていることを示す図が素晴らしい。ニューヨーク・タイムズ
    → 電気自動車のバッテリーが米中の政治的緊張における重大な要素に。(MITテクノロジーレビュー
  • ドリー・パートンの最新曲が一部で気候運動のテーマソングと見なされている。はっきり言って、パートンは国宝級の人物に思える。しかし過去には、立場を明確にしないまま時代の空気を利用したこともあった。(グリスト
  • 中国にある世界最大手の電気自動車用の電池メーカーであるCATL(寧徳時代新能源科技)の新たな「半固体」バッテリーの確かな解説。これらの新型セルのエネルギー密度は現在市販されているほとんどのリチウムイオン電池の2倍あり、今年中にも大規模生産が始まる可能性がある。(インサイド・クライミット・ニュース
  • 二酸化炭素除去に取り組むスタートアップ企業、チャーム・インダストリアル(Charm Industrial)が、2030年までに大気から11万2000トンの炭素を取り除く費用として5300万ドルを確保。テック企業が支援するフロンティア(Frontier)連合との合意は史上最大規模。(ブルームバーグ
    → 新興企業のチャーム・インダストリアルのバイオ燃料油が二酸化炭素を貯留する仕組みや、どんな問題があるのかを知りたい方は、同僚記者のジェームズ・テンプルの昨年の記事をご覧あれ。(MITテクノロジーレビュー
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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