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移動はどこまで高速化すべきか? 超音速飛行復活に潜むジレンマ
Boom Supersonic
What a return to supersonic flight could mean for climate change

移動はどこまで高速化すべきか? 超音速飛行復活に潜むジレンマ

航空業界は地球温暖化の原因の約4%を占め、1年間に飛行機を利用するのは世界人口の約10%でしかない。そうした中、新たな超音速旅客機が試験飛行に成功した。人類は、どれだけ速く飛べば十分なのだろうか。 by Casey Crownhart2025.03.25

この記事の3つのポイント
  1. 超音速飛行の復活は気候変動を加速させる可能性が高い
  2. 現在の航空業界の脱炭素化ですら持続可能な航空燃料の供給は不十分だ
  3. 飛行速度を落とすことで航空機の二酸化炭素排出量を大幅に削減できる
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

以前から認めている通り、私は飛行機に乗るのが大好きだ。気候専門記者として、これが大胆な発言であることは分かっている。空の旅には多大な温室効果ガス排出が伴う。それでも、事実なのだから仕方がない。だから、超音速飛行の再来の取り組みを、私は大勢の人々と同じようにワクワクしながら見守っている。

ブーム・スーパーソニック(Boom Supersonic)は1月末、試験機「XB-1」の最初の超音速飛行試験を成功させた。私は生中継を見ていたが、離陸と加速の瞬間の主催者たちの高揚感、試験機が音速の壁を突破したことが確実になった瞬間の歓喜の様子がとても印象的で、その雰囲気に引き込まれた。

それでも、気候の現状をそれなりに知っている身として、超音速飛行の再来への期待は少し色あせた。私たちは気候変動の真っ只中にいて、二酸化炭素排出量を劇的に減らさなければならない。だが、超音速飛行はそれとは真逆に向かうものだ。私は中継を見ながら、どのくらいの速さで飛べば十分なのだろうかと考えた。

現時点で、航空業界は地球温暖化の原因の約4%を占めている。そして現状では、1年間に1度でも飛行機を利用する人は世界人口の約10%にすぎない。所得が増加し、空の旅がますます多くの人に身近になるにつれ、飛行機による移動はさらに増え、それに伴って温室効果ガス排出量も右肩上がりになるだろう。

現状のペースが続いた場合、航空業界の二酸化炭素排出は2050年までに2倍になると、国際民間航空機関(ICAO: International Civil Aviation Organization)による2019年の報告書に記されている。

超音速飛行はこの傾向に拍車をかけるだろう。飛行速度が上がれば上がるほど、大量のエネルギーが、すなわち大量の燃料が必要になるからだ。試算にはばらつきがあるが、超音速旅客機は乗客1人あたり、現行の民間ジェット機の2〜9倍の燃料を消費する(最も楽観的な2倍という推定値はブーム・スーパーソニックによるもの。座席数が少ないファーストクラスと超音速旅客機を比較しているため、乗客1人あたりに換算すると差が少なく見える)。

燃料消費量の増加に伴う温室効果ガス排出に加えて、超音速飛行では概して通常よりも高高度を飛行するため、窒素酸化物、硫黄、ブラックカーボン(黒色炭素)といった汚染物質がもたらしうる気候への追加的な悪影響も懸念される。詳しくはこちらの記事をご覧いただきたい。

ブーム・スーパーソニックはこの問題の解決策として、持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuels)を挙げている。確かに、このタイプの代替燃料は、ジェット燃料の燃焼に伴う温室効果ガス排出を全廃する可能性を秘めている。

問題は、SAF市場が事実上、初期段階にあることだ。SAFは2024年のジェット燃料供給の1%にも満たず、価格はいまだに化石燃料の数倍だ。そのうえ、現段階でのSAFの典型的な排出削減率は50〜70%で、実質ゼロには程遠い。

ブーム・スーパーソニックが超音速飛行の復活へと歩みを進めている間に、技術が発展することを願いたい。同社は2026年中には実用機「オーバーチュア(Overture)」の生産に着手する計画だ。しかし、専門家はSAFが現在の航空業界の脱炭素化に必要なレベルの供給量と低価格を実現する見通しにすら懐疑的だ。まったく新しい規格の、しかも同距離の移動に、より多くの燃料を消費する(超音速の)機体にまで供給することなど、望みは薄い。

超音速ジェット機のコンコルドは、1969〜2003年まで運行し、ニューヨークとロンドンを3時間あまりで結んだ。こんなフライトをぜひ経験してみたい気持ちはある。音よりも速く移動するのは紛れもなく未知の体験だ。それに、短時間のフライトで大洋を超えられるようになれば、旅に新たな選択肢が生まれるだろう。

記事を執筆するために取材したある専門家は、超音速飛行とそれが気候にもたらす影響についての議論のあと、自身はむしろ航空業界に、飛行速度を少し落とすべきだと働きかけていると語った。飛行速度をたった10%落とすだけで、航空機の二酸化炭素排出量は劇的に減少する可能性があるのだ。

テクノロジーは私たちの生活をより良いものにしてくれる。だが時には、一部の人たちにもたらす快適さや便利さと、気候変動という地球規模の危機を加速させるという、明確なトレードオフがある。

私はラッダイト(機械化反対労働者)ではないし、間違いなく平均的な人よりも多く飛行機を利用している。それでも、こう思わずにはいられない。私たちは飛行速度を落とす方法を見つけるか、少なくとも気候変動の最悪の被害に猛スピードで突っ込むことを避けるべきではないだろうか。

MITテクノロジーレビューの関連記事

MITテクノロジーレビューは持続可能な航空燃料を、2025年の「ブレークスルー・テクノロジー10(世界を変える10大技術)」の1つに選出した。

代替燃料の世界は複雑だ。さまざまなタイプのSAFについて抑えておくべきことは、記事『解説:航空業界の脱炭素のカギ「SAF(持続可能な航空燃料)」とは』に詳しい。

航空機の航路変更により、飛行機雲を、ひいては航空業界の気候影響を抑えられるかもしれない。詳しくはジェームズ・テンプル編集者による記事『低コストで即効性あり、飛行機のルート見直しが温暖化対策になる理由』をご覧いただきたい。


気候変動関連の最近の話題

  • ドナルド・トランプ大統領は中国からの輸入品に10%の関税を課すという。メキシコとカナダに対しても関税を課す計画が発表されたが、2月第二週、即座に停止された。一連の関税が米国民にもたらす影響についてはこちら。(NPR
    →中国は鉱物輸出の規制で即座に反撃に出た。対象となった鉱物には、代替ソーラーパネルの重要原料であるテルルも含まれる。(Mining.com
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  • 研究者たちは、米海洋大気庁(NOAA)などの連邦機関の公共利用データのアーカイブ化を急いでいる。トランプ政権が、連邦機関に気候変動に関する情報提供の停止を命じたためだ。(インサイド・クライメート・ニュース
    →2月5日時点で、大気中の二酸化炭素濃度を追跡するリアルタイム・データは、もはや米海洋大気庁のWebサイトからアクセスできなくなっている。(こちらを試してもらいたい
  • イーロン・マスクの「政府効率化省(DOGE)」の職員が2月5日の朝、米海洋大気庁のオフィスに立ち入ったことで、同庁の今後に暗雲が立ち込めている。ガーディアン
  • 米国を代表する科学・工学研究支援機関である米国立科学財団(NSF)は、職員の25〜50%のレイオフ(一時解雇)を計画中だと報じられた。ポリティコ
  • いまある道路は、気候変動の下で利用されることを想定して建設されたものではない。気温上昇と気象パターンの変化は路面損傷をもたらし、管理コストを増大させている。(ブルームバーグ
  • 研究者たちは、イネを水田で耕作した際、メタン生成量を大幅に抑えられる新品種を開発した。この新品種は、従来の交配技術(遺伝子組み換えではない自然交配)によって開発された。(ニュー・サイエンティスト
  • オーツ・ミルク(燕麦ミルク)メーカーのオートリー(Oatly)は、産業用ヒートポンプやその他の電化テクノロジーを利用して、生産プロセスからの化石燃料の全廃に取り組んでいる。しかし、食品・飲料生産においてガス燃料との決別は容易ではない。(カナリー・メディア
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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