量子コンピューターの課題の一つは、環境のゆらぎや熱による「ノイズ」と呼ばれる量子状態の崩れに起因する計算エラーをいかにして抑制するかということだ。遠藤 傑は、世界で初めて実用的な量子エラー抑制法を確立し、同手法がNISQコンピューター(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer、ノイズがある中規模量子コンピューター)において有用なノイズ対策であることを示した。
現在、グーグルやIBMなどで開発が進んでいるNISQコンピューターはノイズが極めて大きく、その影響を抑えないことには現実世界では使い物にならない。遠藤はオックスフォード大学博士課程在学中から現在に至るまで、NISQコンピューターのアルゴリズム、およびその計算エラーを抑制する方法である量子エラー抑制の研究に取り組んでおり、執筆した論文の総引用数は1700件を超える。
量子エラー抑制の概念自体は遠藤の研究以前にも提案されていた。だが、特定のエラーが起こることが事前に完全に分かっているときにしか使えないなどの制約があり、実用性がなかった。遠藤は、実験で実際に測定できるような不完全なエラーの特徴づけに基づき、不特定なエラーに対して量子エラー抑制が機能する方法を世界で初めて示し、量子エラー抑制法の適応範囲を大幅に拡張した。
遠藤はさらに、NISQコンピューターに適していると考えられている量子-古典ハイブリッドアルゴリズムも並行して研究している。同アルゴリズムが提案された当初は分子の基底状態の計算などの限られた用途しかなかったが、遠藤は、物性解析、機械学習などに必須の線形代数演算、量子センサーの設計、ナノデバイスの解析に必要な量子開放系のシミュレーションなどを可能にするアルゴリズムを開発、NISQコンピューターの可能性を大きく広げた。
現在はNTTコンピュータ&データサイエンス研究所に勤務し、誤り耐性量子計算機に対する量子誤り抑制の研究など、量子誤り抑制の新たな可能性を切り開いている。「研究を遂行し、世の中に広めていくことにより、量子コンピューターの社会への普及を少なくとも5年早める」と語る遠藤の言葉には、それだけの重みがある。
(中條将典)
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