KADOKAWA Technology Review
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死にゆくサンゴ
地球工学は海を守れるか
UNSPLASH / SCOTT WEBB
気候変動/エネルギー Insider Online限定
The desperate race to cool the ocean before it’s too late

死にゆくサンゴ
地球工学は海を守れるか

気候変動のペースについていけない海洋生態系が失われようとしている。手遅れになる前に、テクノロジーには何ができるのか。 by Holly Jean Buck2020.02.05

白く変色したサンゴ礁は、腐った肉の臭いがする。サンゴ礁は黄色、すみれ色、空色が多彩に混じり合っているが、サンゴの柔らかな体の部分が透明になって剥がれ落ちると、色はぼんやりした白色になり、クモの巣のような藻が付いた骨格が現れる。

SDGs Issue
この記事はマガジン「SDGs Issue」に収録されています。 マガジンの紹介

サンゴは、ある種の藻との共生関係にある。日中は藻が光合成をし、宿主のサンゴに栄養を与える。夜間はサンゴのポリプが触手を伸ばし、前を通る食べ物を捕まえる。たった1°Cの海洋温暖化が、このサンゴと藻との関係を壊してしまう。サンゴは温暖化のストレスを受けると藻を追い出し、上記のような白化が繰り返され(または長期間にわたって起こり)、熱のストレスで死んだり、藻から栄養がもらえずに死んだり、病気にかかりやすくなる。

オーストラリアのグレートバリアリーフは、実にほぼ3000もの別々のサンゴ礁が集まって2300キロメートルにも渡って広がったものだが、ここ数年深刻な白化に悩まされている。オーストラリア人の海洋学者で、グレートバリアリーフを少しでも長く生存させるための方法を探しているダニエル・ハリソンは、状況はひっ迫しているという。「人為的な変化の起きる前の時代と比べると、浅水域のサンゴの覆い(柔らかい体部分)はわずか25パーセントしか残っていない可能性があります。正確に言えないのは、1985年まで誰も調査を始めていないからです」。ハリソンは言う。「海洋のうち、サンゴ礁がある部分は1パーセント以下ですが、海の生命の25パーセントがそこにあります。我々は、そのすべてが生態学的に非常に早く失われるのを目の当たりにしています。人間の一生程度の期間に、という意味です」。

サンゴ礁は、単に色とりどりの魚や珍しい生物が住んでいるだけのものではない。まず嵐から海岸を守っている。太平洋では、もしサンゴ礁がなかったら、届く波の高さが2倍にもなる島々がある。5億人以上の人々が食物と生活をサンゴ礁の生態系に依存している。もし今後の温度上昇率が最終的に1世紀あたり1.5〜2°Cで安定したとしても、サンゴ礁の生態系が現在以上の温度にどれだけ耐えて生き残れるかは分かっていない。

サンゴは炭鉱のカナリアと同じだとハリソンは言う。「サンゴは温度に非常に敏感です。現在のサンゴの状態は、これから起こるいろいろなことの前兆だと思います。サンゴ礁の生態系が最初に崩壊するかもしれませんが、その後を追って崩壊する生態系が少なくないと考えています。生き物の生命は回復力に富んでいますが、生態系の回復力が高くないのは我々の知るとおりです」。

北極圏の生態系、山岳氷河、カリフォルニアのレッドウッド国立公園(セコイア森林)にとっても、地球のわずかな平均気温の変化が高い危険性を持つ。すばやく移動して別の適当な場所を探すことのできない種にとっても同様だ。「つまりすでに一種の極限的環境に生息しており、移動できない生物のことですね」とハリソンは言う。「ですから、ご存じの通りサンゴ礁は既に最も温かい海に生息しています。もしそこの海水がサンゴにとって高温になりすぎた場合、サンゴは移動できず、しかも移動すべき場所がどこにもありません。極限的低温の生態系でも同様のことが起こります。セコイア森林でも同様です。セコイアの森は、気候変動のペースに追いつけるほど早く植生域を変えることはできません」。

塩のスプレー

ハリソンの作業グループでは、サンゴ礁を生き残らせるアイデアを探すため、いくつかの研究チームを編成した。たとえば海洋の深水部には温度の低い海水が豊富にある。チームはこの深水部の海水をポンプで浅水部に汲み上げられないかと考えたが、グレートバリアリーフ全体の水温を下げられるだけの量の海水を汲み上げるのは不可能だと分かった。

研究者たちは海洋上の雲の白色化(marine cloud brightening:MCB)に的を搾った。雲の白色化とは太陽光地球工学(ソーラー・ジオエンジア)の一形態で、地球の太陽光反射を増やすことだ。海水から取った塩の微粒子を、海洋表面の大部分を覆う雲の下層部まで噴射すると、雲の微小粒子ができる。この粒子は雲の太陽光反射を増やし、雲の存続時間を長くするので、雲の下の地域の温度が下がる。ハリソンのチームがこれまでに行った数理的モデル化によれば、この方法で海水の温度を0.5〜1°C冷やせる可能性がある。

ワシントン大学の大気科学者ロバート・ウッドらが率いる国際共同研究「海洋上の雲の白色化プロジェクト」では、この方法が大規模に実行できるものであると考えている。プロジェクトの上級顧問であるケリー・ウォンサーは、研究者たちがサンゴの維持のために考えている他の方法として、サンゴが海水の温度上昇に耐えられるようにするために遺伝子を組み替えたり、養殖したり、また丈夫なサンゴを新たな場所に移植したりすることについて説明してくれた。しかし、彼女は「これは、例えばロッキー山脈を補強する、というのと同じほど大きな規模の問題です。余りに広範囲なのです」と言う。

対照的に、海洋上の雲を白くすることは比較的簡単だ。基本的には、この方法では海水をスプレーする装置を建設するだけだ。「もちろん克服すべき技術的課題はいくつかありますが、基本工程として海水を取り、ろ過し、(ミクロン以下の粒子にして)スプレーすることはそれほど難しくありません」とハリソンは言う。彼のモデル化の結果からは、大陸棚の端から少し沖に出たところに、粒子を空中に噴霧する装置(船上型)を何基か設置する必要があると考えられる。プロジェクト全体で年間1億5000万〜3億ドルの費用がかかるかもしれない。たしかに高額だが、グレートバリアリーフはオーストラリアに推定で年間60億ドルの経済効果をもたらす。ハリソンの考えでは、海洋上の雲を常 …

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