MIT発ベンチャーの「溶融塩」、送電網向け蓄電池の主流になるか
再生可能エネルギーの普及に伴って、送電網向け蓄電池への期待が高まっている。現在普及しているリチウムイオン電池とはニーズのミスマッチがあるため、多くの企業が新しいエネルギー貯蔵手段を研究中だ。 by Casey Crownhart2022.12.30
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
私は電池に大きな関心があり、成長するエネルギー貯蔵市場にゆっくりと広がる代替化学の波に、常に注目している。新素材の中には、最終的には業界標準のリチウムイオン電池よりも安価となる(およびいろいろな面でより優れた)ものもあるが、導入に当たってはしばしば現実の壁に直面している。
今回は、超高温の塩を使ったエネルギー貯蔵を目指す、あるスタートアップ企業の取り組みを紹介しよう。
なぜ新しい電池が必要なのか?
世界は今、再生可能エネルギー、特に天候に左右される太陽光発電や風力発電の増強に力を注いでいる。つまり、一言で言えば、エネルギーを貯蔵する必要があるということだ(以前の記事でも詳しく説明しているので、こちらをお読みいただきたい)。
2020年の時点で、揚水式水力発電(揚水発電)は、世界のエネルギー貯蔵量の90%以上を占めている。揚水発電は安価で効果的な蓄電手段だが、環境への配慮や、広大な水域を必要とするゆえ、設置場所に大きな制約を受ける。
エネルギー貯蔵容量の残りのほとんどは、蓄電池が占めている。今後数十年間、エネルギー貯蔵市場は新たな電池の開発に多くを費やすことになるだろう。現在のところは、携帯電話や電気自動車(EV)に搭載されているリチウムイオン電池が最も一般的だ。
数十年にわたる開発と規模拡張によって、リチウムイオン電池は安価になり、その生産量は爆発的に増加している。新しい電池のギガファクトリーが数週おきに世界中で建設されるような状況だ。
だが、リチウムイオンの強みと、定置型蓄電池に求められるものの間には、いくつかのミスマッチがある。
- 価格:送電網向け蓄電池の価格は大幅に低下させる必要がある。再生可能エネルギーを低コストで利用可能にするためだ。昨年、米国エネルギー省は、2030年までにコストを90%削減することを目標に掲げた。リチウムイオン電池は年々安価になってはいるが、材料不足が予測されていることもあり、頭打ちになる恐れがある。
- 大きさ: リチウムイオン電池は、小さなスペースに大きな電力を詰め込むことができる。電池の大きさは携帯電話や自動車などにおいては重要だが、送電網向けのエネルギー貯蔵ではそれほど重要なことではない。定置型蓄電池では、エネルギー密度の点で妥協することによって、価格を下げられるかもしれない。
- 寿命:産業プラントでは、メンテナンスを欠かさなければ何十年も使える機器を導入することが多い。リチウムイオン電池は、一般的に5~10年ごとに交換する必要があるため、価格が高く付く可能性がある。
熱い塩がどう役立つのか?
リチウムイオン電池と将来のエネルギー貯蔵のニーズとの間にミスマッチがあるため、多くの企業がエネルギー貯蔵の代替手段を研究している。本誌では昨年、空気鉄電池および鉄フロー電池、プラスチック電池、それに二酸化炭素を圧縮してエネルギーを貯蔵しようというスタートアップ企業も取り上げてきた。
今、実験室からビジネスの世界へと飛躍するもう1つの技術がある。溶融塩だ。
アンブリ(Ambri)はボストン近郊に本拠地を置くスタートアップで、カルシウムとアンチモンから溶融塩電池を製造している。アンブリは最近、マイクロソフトのデータセンター向けにエネルギー貯蔵機器を配備する実証プロジェクトを発表し、2021年には製造能力の増強を目的として1億4000万ドル以上の資金を調達した。
アンブリによると、この溶融塩電池の技術は、同等のリチウムイオン電池と比較すると、耐用年数まで使ったときにかかる総コストを30〜50%抑えられる可能性があるという。また、溶融塩電池の効率は80%を超える。つまり、充電に使われる電力のうち、熱で失われる電力量が比較的少ないということだ。
アンブリは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のドナルド・サドウェイ教授の研究をもとに、サドウェイ教授とほか2名が共同で2010年に設立した。共同創業者で最高技術責任者(CTO)を務めるデイヴィッド・ブラッドウェルによると、目標は、定置型蓄電池市場に向けて低コストの製品を開発することだったという。
きっかけとなったのは、意外にもアルミニウムの生産だった。アルミニウムの製錬に使われるのと同様な化学反応を利用して、研究チームは実験室規模の低コスト蓄電システムを作った。しかし、このコンセプトを実際の製品にするのは、それほど容易なことではなかった。
アンブリが最初に採用したマグネシウムとアンチモン・ベースの化学的構造は、製造が困難であることが判明したのだ。2015年、電池のシーリングに関する問題が続き、アンブリはスタッフの4分の1を解雇し、振り出しに戻ることとなった。
2017年、アンブリはカルシウムとアンチモンを使用した新しいアプローチの電池に軸足を移した。ブラッドウェルCTOによると、新しい化学的構造はより安価な材料を基盤とし、シンプルで製造しやすくなったという。この変革以来、アンブリは技術的な不具合を解消し、第三者機関による安全性試験を経て、マイクロソフトなどの企業と最初の商業契約を結ぶなど、商業化に向けて前進している。
だが、このスタートアップ企業にはまだ大きな課題がある。この電池は500℃以上の高温で動作するため、使用可能な材料が限られるのだ。また、弁当箱サイズの電池セルから巨大なコンテナサイズのシステムに移行したところ、システム制御や物流における課題が突き付けられた。
製品を現実世界に投入するということは、ブラッドウェルCTOが言う通り、「現実に起こることに対処していく」ことなのだ。落雷やネズミの被害といったあらゆることが、新しい電池システムを狂わせる可能性がある。
しかし、ブラッドウェルCTOによると、この10年で1つの変化があったという。それは「市場」だそうだ。かつては、投資家も一般人でさえも、誰もエネルギー貯蔵機器を欲しがらないだろうと考えていた。それが今では、この産業がどれだけ早く成長できるかということが、大きな関心事となっているのだ。
アンブリやその他の新しい電池メーカーが製造規模を拡大して作り出す新しい電池が、既存の電池の代替として、安価で現実的であると認められるまでには、まだ時間がかかるだろう。ブラッドウェルCTOが言うとおり、「旅は続く 」のだ。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。