KADOKAWA Technology Review
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If design is everything, is it anything?

エディターズ・レター:いま語るべき「デザイン」とは何か?

テクノロジーのデザインには責任が伴うという考え方に、人々はようやくたどり着いた。私たちは典型的な「デザイン」の物語ではなく、これまでデザインとは相容れないとされてきた「デザインの社会的責任」に注目した。 by Allison Arieff2023.04.11

良いデザインは、物事を簡潔にする傾向がある。時には簡潔過ぎるほどだ。例えば、初代アイポッド(iPod)を見ると、誰がデザインしたのか、どこで誰によって作られたのか、どのような原材料を必要とするのか、さらにはどれくらいの期間使えるのかさえ気にかけることなく、そのミニマリストの優雅さに驚嘆するかもしれない。

使いやすさと優美な形状が、その物体からコンテキストを切り離してしまったのだ。確かに、これはアップルに限ったことではない。米国のデザイン教育者であるキャサリン・マッコイは、アイポッドが発売されるわずか7年前の1994年に、「デザインは価値と切り離された中立的なプロセスではない」にも関わらず、「デザインという職業は政治的・社会的な問題とは無関係、もしくは(そうした考えは)不適切だと感じるように教育してきているのです」と述べている。

デザインは非常に長い間、このように考える世界で機能してきた。そして、今でも往々にしてそうだ。

確かにそれは真実だが、建築家でありデザイナーでもあるニコラス・ド・モンショーは、MITテクノロジーレビュー米国版『The Design issue』の序文で次のような所見を述べている。デザインは、世の中で多くの善を成し遂げてきたが「同時に、現在の環境危機をもたらした責任も共有しています。すべての新しい物は、おそらく古い物よりそれほど優れているわけではないのです」。

もちろん人々は、以前の物よりも優れた新しい物を作ろうとする。だが、大転換と言っても良い変化でさえ、事は複雑だ。例えば、電気自動車。化石燃料こそ使わないが、それに取って代わる問題はつきまとう。バッテリーを作るのにコバルト、銅、リチウムといったさまざまな素材を採掘しなければならない。結果として生じる環境問題を解決したとしても、二酸化炭素排出量をはるかに削減できる別の変化、つまり「自動車の運転」を減らす方法を見つけ出すきっかけにはならない。

サンフランシスコを拠点に活動している作家兼デザイナーのレベッカ・アッカーマンは、デザイン思考についての事後分析で、図らずも問題解決のための反復過程が、マッコイが表明した懸念を正確に例証していたことを示している。だがアッカーマンは、今日のデザインに対する評価を記事にして、「多様なコミュニティに公平にサービスを提供し、さまざまな問題を将来にわたって解決できるような」デザイン・ツールを作成する新しい取り組みには、楽観的な理念があると考えている。

デザイナーという専門職は、これまでになかった質問に目覚めさせられたのだ(今に始まった問いかけではなく、もちろん今後も続く)。デザインは誰のためのものなのか。誰が恩恵を受けるのか(そして、誰が、あるいは何が損なわれるのか)。誰が排除されるのか。意図しない結果を探究したのか。正しい問題を解決しているのか。

こうした質問はまさしく、私たちがこの『The Design issue』を企画していたときに考えていた問いかけのほんの一部であり、典型的な「デザイン」物語ではない特徴のある雑誌になった。掲載記事から見えてくるのは、今日、デザインの括りに含まれるものが驚くほど幅広いということだ。

MITテクノロジーレビューのAI担当上級編集者であるウィル・ダグラス・ヘブンは、新薬の設計で人工知能(AI)による自動化を活用するというアプローチを詳しく説明している。これは、医薬品がより安価に、より短いタイムラインで提供できるようになる可能性を秘めている。ロンドンを拠点とするフリー記者のマシュー・ポンスフォードは、大規模な国際空港プロジェクトの中止により、かつて繁栄していた自然と文化を蘇らせようとする、メキシコシティー郊外で起きている変化を丁寧に調査している。論争を巻き起こしているこの自然地帯は、環境に優しいデザインの未来を示しているのだろうか。

ジャーナリストで作家のジョン=クラーク・レビンは、デザインの相対的な成功または失敗が、いかに人間の行動に左右されるかを示す記事を寄せている(メタバースの先駆けともいえる多人数参加型オンライン・ロールプレイングゲーム『ウルティマ オンライン』の25周年を記念した記事)。人間は、デザインした者の意図通りに行動するのか、しないのか。

また、オルタナティブ義肢の動きについての記事もある。「正常な」手足の外観を模倣するのではなく、敢えて日常に溶け込まない装置を作るというものだ。順応主義的な考え方からコストまで、さまざまな障害がデザイナーたちに新しい道を切り拓くように促してきた。この新たな道は「義肢利用者が自己イメージのコントロール権を取り戻し、より自信を持てるようになり、それと同時に障害や肢体不自由にまつわる偏見を打ち破ることができる」とフリーランスの科学ライター、ジョアナ・トンプソンは書いている。

すべてがデザインであり、そこから転じて誰もがデザイナーだと認めるならば、この分野に対して人々が抱いてきた考えは非現実的であり、見当違いでさえあるのかもしれない。1999年にデザイナーのリック・ポイナーは、「デザイナーは、少なくともこの時代の現実を作り出す仕事をしている、と言っても過言ではない」と書いている。今違うのは、そのプロセスの一環として生じる責任を、人々が認識しているということである。

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