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困難な二酸化炭素除去、「海藻」は切り札になり得るか?
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The hope and hype of seaweed farming for carbon removal

困難な二酸化炭素除去、「海藻」は切り札になり得るか?

地球温暖化対策においては、CO2排出量削減と大気中のCO2除去が両輪となる。最近になり注目されている、海で海藻を使ってCO2を除去する方法について掘り下げてみよう。 by Casey Crownhart2023.07.04

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

理論上の話をしよう。自宅のバスルームのパイプから水が漏れ出したとする。まずい状況だ。だが、良いこともある。それは、あなたがしなければならないのは、2つだけだということだ。 水道を止めて、すでにこぼれてしまった水を拭き取るのだ。

同じように、気候変動に対処するため私たちがすべきことは、大きく言って2つある。まず、化石燃料の使用量を減らすなどして二酸化炭素の排出量を削減することだ。これは、水道の蛇口を閉めるようなものだ。その後で、こぼれた水をモップで拭き取る必要もある。これに当たるのが、大気中から炭素汚染を取り除くことを目指すプロセスである二酸化炭素除去だ。 

このプランの後半部分には問題がある。私たちの掃除道具箱の中には、あまり用具が入っていないのだ。二酸化炭素除去については、研究者やスタートアップ企業が取り組んでおり、大気からの直接回収植林などの実証プロジェクトを世界中で立ち上げようとしている。さらに、地球の3分の2を覆う海に目を向けるベンチャー企業も増えている。海には、炭素を貯蔵するための大きな可能性がある。

しかし、課題もある。海洋ベースの二酸化炭素除去手法として一般に推奨されている海藻養殖について、ある新しい研究がいくつかの問題点を指摘している。そこで、この記事では、海における二酸化炭素除去について掘り下げてみよう。二酸化炭素除去とは何か、なぜ非常に多くの人々がそれほど関心を示しているのか、そして海で大量の海藻を炭素の巨大な吸収材として利用することを阻んでいるものは何か

海の景観

国連の気候変動委員会が昨年の報告書で指摘したように、二酸化炭素除去は、気候変動への対応において不可欠な一部となっている。具体的に除去が必要な二酸化炭素の量については、さまざまな推定値が出されている。しかし、気温の上昇を産業革命以前のレベルよりも2℃以下に抑え、気候変動の最悪の影響を回避するのであれば、今後数十年のうちに年間10億トンを超える量の除去が必要になるというのが一致した意見である。

誤解のないように言っておくが、大気から二酸化炭素を除去する取り組みをすれば、今後、二酸化炭素排出量を削減せずに済むわけではない。しかし、私たちはすでにあまりにも多くの汚染をしてしまっているため、掃除を怠ることもできないのだ。

大気から二酸化炭素を除去するため、研究者たちが幅広いさまざまなアプローチを研究している。その中には、大規模な大気直接回収施設で巨大なファンと特殊な膜を使用して二酸化炭素を捕捉するという非常に技術的なものもあれば、木々を育てて二酸化炭素をバイオマスの中に閉じ込めて地下に埋めるというものまである。

海は地球の大部分を覆っており、実際、人間が原因となって排出される温室効果ガスのおよそ30%を、すでに多くの経路を通じて吸収している。

研究者たちは、このような自然のメカニズムを強化したり、独自の方法を考案したりすることで、さらに多くの二酸化炭素を捕捉し、海の深い場所に貯蔵できる大きな可能性があると考えている。 

アルカリ度強化と呼ばれるプロセスを通じて、海の化学的性質を微調整することを目指しているグループもある。アルカリ性の化学物質が増えれば、海水はより多くの二酸化炭素を吸収できる。海水を電気分解して二酸化炭素を除去するといった、より直接的なアプローチもある。

そして、海藻が本来持っている可能性を二酸化炭素除去に利用することを目指すグループも増えている。光合成をする他の植物と同様に、海藻は成長の過程で二酸化炭素を吸収し、バイオマスに変える。

植物や藻類が死んで腐敗が進むと、最終的には、吸収された二酸化炭素のほとんどが大気中に戻ることになる。しかし、ごく一部は、それらの生物が沈んで分解されない場所に留まり続けることで、固定化されて隔離される。海藻の場合、水があまり攪拌されない深海まで葉状体が沈むことで、毎年1億7500万トンもの二酸化炭素が隔離されている可能性がある

こうした自然のプロセスを真似て、海藻を育ててわざと沈め、より多くの二酸化炭素を回収しようとするグループも増えている。

障害となるもの

海藻を沈める取り組みを拡大することは、二酸化炭素除去を達成するための簡単な方法のように思える。しかし、私の同僚のジェームズ・テンプルがこの話題に関する2021年の記事で概説したように、残されている課題は多い。

まず、この方法で二酸化炭素を除去する本格的な取り組みには、正直なところものすごい量の海藻が必要になるだろう。おそらく、数百万トン規模になると思われる。そして、何百万トンもの海藻を海に沈めることが、生態系にどのような影響を与える可能性があるか、分かっていない。

現実的な制約もあるかもしれない。ある新しい研究によれば、10億トンの二酸化炭素を捕捉するのに十分な海藻を育てるには、海に100万平方キロメートルの空間が必要になる可能性が高いという。海に沈める海藻を育てるためだけに、カリフォルニア州の2倍以上の広さを確保しなければならないのだ。この研究については、本誌のリアノン・ウィリアムズ記者が最近の記事で詳しく書いている。

また、深海でそのような力学のすべてがどのように働くのか、完全に理解できているわけでもない。海における二酸化炭素除去プロジェクトが、実際に主張されているのと同じくらい多くの二酸化炭素を回収していることを追跡・検証する方法については、大々的な議論が続いている。

それでも海は、私たちが気候変動によって起こしてきた混乱の後始末において、重要なパートナーとなるかもしれない。しかし、1つの解決策だけで魔法のように問題が解決する可能性は、波の下に深く沈んでしまうほど低い。

MITテクノロジーレビューの関連記事

海藻養殖の制約については、リアノン記者の記事で詳しく読むことができる。

海藻を使った二酸化炭素除去の取り組みに関する科学的な課題については、2021年の特集記事をチェックしてほしい。

同僚のジェームスも、海藻を使った二酸化炭素除去の効果測定を目指すX(旧グーグルX)のプロジェクトを取り上げている

新たなイニシアチブが、海洋アルカリ度強化に大金を投じている。6月初めにこのスクープを伝えた

気候変動関連の最近の話題

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  • 船が海を渡るのに必要なエネルギーの量を決定づける重要な要素は、船底に使われているコーティングの種類である。滑りやすいことが船にとってそんなに重要だったとは、意外な事実だ。ハカイ
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    → そう、私たちは、再生可能エネルギーで世界に電力を供給するのに必要な材料を持っているのだ。(MITテクノロジーレビュー
  • 気候変動は世界中の野生生物に適応を迫っている。博物館にある1900年頃のヒタキの標本と、現在のこの鳥の姿を比較すれば、そのことは明らかだ。(ネイチャー
  • 直接大気回収(DAC)は、扱いにくいティーンエイジャーのような段階に入っている。研究室からまったく抜け出せないわけでもなく、本格的な商用利用の準備が十分に整っているわけでもない。(ブルームバーグ
    → 手頃な価格の二酸化炭素除去を実現するために必要となることを、ここで紹介している。(MITテクノロジーレビュー
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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