地球のための気候変動対策が、地域に持ち込んだ厄介な問題
米国ミネソタ州の小さなコミュニティで起こっている採掘をめぐる争いは、気候変動に対処するエネルギー転換の未来について何を語っているのだろうか。 by Casey Crownhart2024.02.11
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
世界は、太陽光パネルや風力タービン、電気自動車(EV)などの重要な気候テクノロジーを、かつてないスピードで構築している。 しかし、そのペースが上がるにつれて明らかになってきた課題がある。すべてを構築するには、大量の材料が必要になるのだ。
セメントやスチールからニッケルにリチウムに至るまで、クリーン・エネルギーへの移行に要する材料は極めて多い。それらすべてを手に入れるのは、場合によっては簡単ではなく、トレードオフを免れないことが鮮明になり始めている。
MITテクノロジーレビューのエネルギー担当上級編集者であるジェームス・テンプルは、重要鉱物の採掘をめぐって高まりつつある緊張について、1年以上をかけて徹底的な調査を実施してきた。 新しい記事で、テンプル上級編集者はミネソタ州の田舎町にあるコミュニティと、その近隣で計画されている採掘プロジェクトをめぐる争いに焦点を当てている。
まだご覧になっていなければ、記事を読むことを強くおすすめする。私は、テンプル上級編集者にインタビューし、この特集の取材と執筆のプロセスについて質問した。その一部をここでご紹介しよう。
重要鉱物の重要性とは何だろうか?
気候変動に対処するには「膨大な量のものを作るだけでいいのです」とテンプル上級編集者は言う。そして、そのすべてを構築するには、大量の材料需要が発生する。
国際エネルギー機関(IEA)によると、2040年には2020年の年間供給量の20倍近くのニッケルが必要になる可能性があるという。この倍数は、黒鉛なら25倍に、リチウムならば現在の数値の40倍以上になる。
仮に、気候変動対策のモノ作りのために材料を取り出して加工する必要がある、という要旨に人々が同意したとしても、そのすべての入手経路を考えることは口でいうほど容易ではない。「採掘計画が発表されると、基本的にはそれが米国内のどこであっても緊張を生み出していることに気づきました」(テンプル上級編集者)。
あらゆる種類の気候テック・プロジェクトに対して反発が起こっている。例えば、計画されている集合型風力発電所に猛反対の声が上がるのを我々は目にしてきた。しかし、採掘に関してはいっそう深い懸念が生じているように見える、とテンプル上級編集者は指摘する。 他にも理由はあるものの、採掘は環境への影響という点では、特に揉め事の多い過去を持つレガシー産業なのだ。
近隣コミュニティが新しい採掘プロジェクトに懸念を提起しているのに、「クリーンテックと気候目標への潜在的な利点を強調し、プロジェクトを提案している企業もありました」 とテンプル上級編集者は言う。そこで、気候変動に対する明確な潜在的恩恵と地域コミュニティの懸念という組み合わせは、調査する価値があると考えたという。
ミネソタ州の小さな町の近くで持ち上がったニッケル鉱山計画が、重要鉱物をめぐる争いについて語っていることとは何だろうか。
ミネソタ州タマラックの町の人口はおよそ70人だ。
タマラックは小規模ながらもうすぐ、気候テクノロジーにとって極めて重要なランドマークとなる可能性がある。この町の外で、タロン・メタルズ(Talon Metals)が72万5000トンもの原鉱石を毎年掘り出すことができる巨大鉱山の建設を計画しているからだ。その主な採掘対象は、高性能のEVバッテリーを製造するのに不可欠な金属、ニッケルである。
タロン・メタルズは、この鉱山が地球に利益をもたらすとして声高に主張している。「グリーン・ニッケル(Green Nickel)」という言葉の商標登録を申請しているほどだ。テンプル上級編集者がこの特定の場所に興味がそそられた理由の1つがそれだった。
一方で、地元の懸念は高まっている。採掘によって、鉱山は1日あたり980万リットルの水を放出する可能性がある。タロン・メタルズは、その水が近くの湿地へ流出する前に汲み出して処理するという計画を立てている。最も大きな不安を引き起こしたのは、この放出水の処理計画だった。地域の淡水は、周辺コミュニティの経済と独自性にとって欠かすことができないものだからだ。
タマラックと周辺コミュニティへの約1週間の出張では、緊張の核心は極めて明白だったとテンプル上級編集者は話した。同上級編集者はライスレイク国立野生生物保護区を訪れ、そこで自生する野生のイネと、先住民グループにとってのその重要性を学んだ。そしてタロン・メタルズが掘り出した鉱石のサンプルを見に行き、地域の資源について地質学者に話を聞いた。また同上級編集者は、やや白熱したコミュニティの会合にも出席し、地元参加者らとの論争に参加さえした。
「問題になっているのは、異なる2つの非常に貴重な資源についての話です。それらの資源は、対処が非常に困難な紛争を作り出しました」 とテンプル上級編集者は話す。「この緊張を解くことは、最終的に非常に困難になるでしょう」。
気候変動への取り組みという大仕事に関して、簡単に答えが出ることなどは滅多にない。この複雑に交錯した取引について理解を深めたいという人は、 ぜひテンプル上級編集者の記事をじっくりお読みいただきたい。この鉱床がなぜそれほど重要なのかについての詳細を網羅し、今後可能性の高い展開について詳しい情報を得られるだろう。
そして、この話はこれで終わりではない。テンプル上級編集者は、大規模プロジェクトの記事をもう1本公開している。その中で同上級編集者が取り組んだのは、1つの鉱山がどのようにして数十億ドルにもなる政府の補助金を引き出せたのかという謎の解明だ。 詳しくはこちらでどうぞ。
MITテクノロジーレビューの関連記事
そう、クリーン・エネルギーで世界へ電力を供給するのに十分な材料はある。ただし、それらすべての採掘と処理は困難かもしれない。
重要鉱物のサプライチェーン確保に向けて、中国が期待をかける方法を紹介しよう。
一部企業は、エネルギー転換に不可欠なニッケルやその他の金属の新たな採掘場所として、深い海の底に目を向けている。鍵を握るのは、ジャガイモのような見た目の深海の岩石なのかもしれない。
◆
気候変動関連の最近の話題
- トラック運転手の中には、EVに惚れ込んでいる者もいる。依然として走行距離が限られている電気トラックは、道路を走っているトラックのほんの一部に過ぎない。しかし、EVへの移行について早すぎると指摘する批評家がいる一方で、運転手はその利点に気づき始めている。(ワシントンポスト)
- 米国ではガソリン価格が低下しているが、それでもEVを充電する方がはるかに安くすむ。それぞれの州で、EVの充電価格に対抗するにはガソリン価格がどれだけ下がる必要があるのかを紹介しよう。(イェール・クライメート・コネクションズ)
- 古い携帯電話は、切望されている希土類金属の供給源になる可能性がある。それらの金属はEVや風力タービンなどのモーター製造に欠かすことができない。リサイクルは、2050年までに米国での需要の40%を満たすようになるかもしれない。(ニューヨーク・タイムズ)
→ バッテリーのリサイクルに関して2023年に公開した記事に書いたように、個人の古いデバイスはリチウムやコバルトといった他の金属の供給源になる可能性がある。(MITテクノロジーレビュー) - 米国において、次の原子力発電所がいつ稼働することになるのかは誰にも分からない。以前の最有力候補はニュースケール(NuScale)のモジュール炉アレイだったが、その計画は現在、先が見えない。(カナリー・メディア)
- 最新報告によると、地域でのビニール袋の禁止は、1人当たり年間300枚近くの削減につながる可能性があるという。 結論:この政策は役立っている。(グリスト)
→ あなたが捨てたビニール袋はリサイクルされていると考えているだろうか。考え直した方がいいだろう(MITテクノロジーレビュー) - 欧州では、洋上風力発電の増加に対応するために、5万4000キロメートルの送電線が追加で必要になる。インフラの整備が追いつけば、2050年までに欧州で3番目に大きなエネルギー源になる可能性がある。(ブルームバーグ)
- 人気の記事ランキング
-
- These AI Minecraft characters did weirdly human stuff all on their own マイクラ内に「AI文明」、 1000体のエージェントが 仕事、宗教、税制まで作った
- The startup trying to turn the web into a database Webをデータベースに変える、新発想のLLM検索エンジン
- 3 things that didn’t make the 10 Breakthrough Technologies of 2025 list 2025年版「世界を変える10大技術」から漏れた候補3つ
- OpenAI’s new defense contract completes its military pivot オープンAIが防衛進出、「軍事利用禁止」から一転
- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。